第90話 本命

 待ち続けてから数十分後、ようやく潮が引いて来た崖下の浜辺をクリスとレグルは疾走していた。靴や足元に砂利や海水が纏わってしまい、ひどく不格好ではあったが文句は言っていられない。しばらく走っている内に、血液が貼り付いている方角は小瓶の底から移動しており、どこか違う方へ目掛けて側面で蠢いている。


「… !あれを見てみろ !」


 レグルが指さして叫んだ先には、真っ暗な空洞が口を開けていた。潮が満ちている間は隠れるようになっており、海側からでないと見えない絶妙な位置にその穴は出来ている。よく見れば数人程の人影が立っており、休憩がてら外で見張りをしているらしかった。


「おい、誰か来るぞ… !ってクリス・ガーランドじゃねえか!?」

「何だと⁉全員出てこい !例の裏切り者がいるぞ !」

「マジか!」

「手柄は俺のもんだ !」


 見張っていた連中が次々と控えていた仲間達を呼び出し、あっという間に二十人近い魔術師の集団が待ち構えていた。


「相棒、どうやら大当たりみたいだぜ」

「だな。ご愁傷さま」


 昔を思い出すように二人でそんなやり取りをした直後、クリスは一気に駆け出して瞬間移動で彼らの目の前へ躍り出た。すかさず一人へ殴りかかって倒すと、続けざまに拳銃で周囲にいる者達を制圧していく。 その時、洞穴の奥深くから微かに声が聞こえた。


「…!?今のは… !」

「仕方ねえ !ここは俺に任せろ !」


 嫌な予感がしたクリスに対して、同じような心持でいたレグルは先に行くよう促す。クリスが洞穴へ向かったのを見計らって、岩を操ってレグルは入り口を塞いで見せた。


「これでも、”ホグドラムの怪物”と同期なんだ。嘗めるなよ」


 周りを魔術師達に囲まれたレグルはそう言いながら、ライターで付けた火を増幅させて辺り周囲一帯を包み込む。そして構えを取りながら指でかかって来いと合図をしてみせた。


 レグルに見張り達を任せたクリスだったが、案の定まだ中には相当な数が残っていた。無論、全員を倒しながら進んでいくが洞窟は蟻の巣と見紛う程に入り組んでいた。手当たり次第に調べていく内に、最深部へと辿り着いたらしいクリスが鋼鉄製の扉を蹴り開けると、そこにいたのは鎖でつながれた女子供と周囲に転がる死体や髑髏であった。


「騎士団の方ですか… ?」


 クリスの着用している制服を見て安心したのか、女性が泣きそうな声で問いかけて来た。


「何があった ?」

「全員、誘拐されてここへ連れてこられたんです !さっきも一人、新しい子が…」

「どこにいる ?」

「そこの扉を通った先にある部屋です…!早くしないと…」


 女性がクリスに説明している最中にも、再び悲鳴が聞こえる。離れている内はおぼろげであったが、ようやくその声の主が誰なのかをクリスは頭の中の記憶から突き止めてゾッとした。


「クソッ…!!」


 舌打ちしながらクリスは呟き、後で解放してやるとだけ口約束をした後に扉を開けて先へと進んでいく。魔法で作ったにしてはあまりにも整然としすぎている通路を走り抜け、最後の部屋への入り口を勢いに任せて開ける。そこには意気揚々と汗だくの上半身を露にしているテッドと、鎖で吊るしあげられたまま全身に火傷や殴られたような痣が出来上がっているアンディがいた。


「君はもしかして、クリス・ガーランドかね ?信じられない !まさかあなたと――」


 彼が驚いたように反応している事もお構いなしに、クリスは彼の顔面へ飛び蹴りを食らわせる。部屋の奥へ叩きつけらたテッドへ目を向ける事も無く、クリスはアンディを繋いでる鎖を無理やり引きちぎってから彼を解放する。


「…も、もう少し早くても良かった気がしますよ…?」

「これでも急いだ。文句言うな…まあ、よく耐えたよ」


 傷ついた体に鞭を打ってアンディは立ち上がりつつも、心配をかけまいと気丈に振舞って見せる。その真意に気づいてるかは知らないが、クリスは彼を少しだけ褒めた。


「やはり、伝説と言われた男だ…腕っぷしはやはり健在…おぶっ」


 テッドもどうやら堪える事が出来たらしく、クリスの事を褒めながら立ち上がろうとしていたが、すかさずクリスは膝蹴りで顔に追い討ちをかけた。後方の壁と、正面から叩きつけられる勢いの乗った膝によって彼の頭は、脳味噌が破裂しそうな衝撃に見舞われてしまう。


「少し、彼と話をさせて貰えますか… ?」


 苦痛でのたうち回るテッドの元に、アンディは聞きたい事があると言って近寄って行った。クリスは無理やり彼を引き起こしてからアンディの方へ顔を向けさせる。


「私の名前を知っていたのは何故です ?騎士団にいる事まで知っていた様でしたが」

「…ハハハ。情報は既に行き渡っているよ。さらに言うなら、あなた方がこの場所へ襲撃に来る事さえも想定済みだ」


 質問に対し、テッドは驚くべき回答を告げながら笑った。


「どういう事だ ?」


 クリスも思わず彼の元へ詰め寄る。脳裏によぎった密林の火災が、彼の発した言葉と繋がるのかもしれないという答え合わせも兼ねた問いかけであった。


「ここまで来れば手遅れ…勝利宣言としてお話ししましょう。私は命じられただけです。『拠点の守りが手薄になるよう仕向けろ』と…あなた方が囮捜査をやって、こうして動いてくれたおかげで見事に絶好の機会が出来たのです。守り人達への侵攻をする機会がね」

「指揮しているのは誰だ ?」

「”炎王”…そう言えば貴方には分かるでしょう。私はただの時間稼ぎです」


 自身が先程目撃した異変と、アンディへの回答の辻褄が見事に合ったことが原因でクリスは動揺を見せる。誰が取り仕切っているのかを尋ねた所、彼から帰って来たのはある人物の異名であった。


「素晴らしいお方です。魔法の才能が無かった私にこのような役職を与えてくれ、あなたの様な戦士を育て上げるチャンスをくれた… !」

「もういい。喋るな」


 つらつらとその人物への忠誠心をアピールするテッドに嫌気が差したのか、クリスは一発殴った後に彼を射殺した。


「ハァ…”炎王”というのは何者です ?」

「ネロが抱えている四人の弟子の一人だ。火の魔法を扱うのが特に上手かった事からそう呼ばれている」


 だいぶ怪我の痛みが効いているのか、呼吸を荒げながらアンディは尋ねて来る。クリスはそれに対して不吉な予測をしながら素性を答えた。


「おお、二人とも !ここにいたか !」

「見張り達は ?」

「言わずもがな…黙らせてやったさ」


 岩に打ち付けられる足音と共に、レグルが二人の前に姿を現した。話からするに見張り達を倒したらしく、彼の後ろには解放された被害者達が立っている。


「…この後はどうします ?」

「ヤツの話が本当だったら間違いなく拠点は襲撃されている筈だ。俺は助太刀に行く」

「なら私も行きましょう。人手は多いに越した事は無い」

「だが、お前は怪我が…」

「これぐらいどうってことありません。血液さえ補給できればすぐに治せます。」


 拠点に戻るつもりであるクリスに、アンディは同行を申し出たが体を気遣われてしまって止められる。それでも問題無いと言い切るアンディにクリスも折れ、最終的に二人で急行する事になった。クリスは被害者たちの面倒を見るために残ってくれたレグルへ迎えを必ず寄越すと伝えてから、アンディが途中の部屋で装備を取り戻した後に守り人達の本拠地へと戻って行った。


 ――――話は、クリス達が追跡を開始した頃にまで遡る。密林での見張りを交代する時間になったという事もあってか、拠点にいた魔術師達に連れられてジョージもその役を買って出ていた。交流によって親交が深まった事で、守り人達のために何かをしてあげたいという善意に駆られての判断である。


「ではジョージさん、あちらの沼地の付近をお願いします。三十分経ったら我々と交代しましょう」

「ええ。皆さんも気を付けてください」


 そうして別れた後に、ジョージは気合を入れながら周囲を歩いて付近に異常が無いか目を光らせる。自分が敬愛しているグレッグをはじめとした面々に少しでも早く追い付きたいと、どんな仕事でもやり遂げて見せる覚悟を彼は胸に秘めていた。


 ところが警備を始めて間もなく、それは起きた。遠くで物音や騒ぎ声がしたかと思い、振り返って少し歩き戻ってみた直後、巨大な爆発を彼は目撃する。紅蓮の炎があがって黒煙のむさ苦しい臭いが鼻に届き、立て続けにあちこちで爆発が起きた。さらに火の手が上がっており、密林の木々に燃え移っていく事でたちまち火の海と化していく。


「そんな…何が ?」


 遠方で起きている突然の出来事に一瞬固まってしまったジョージだったが、すぐに状況を把握しようと燃え盛る密林の中へ戻って行く。


「植物は片っ端から燃やしていけ !アレがあるのと無いのじゃ、奴らの手強さは段違いだ」


 指揮を執っているらしい逆立った髪型をしている男が叫んでそう言った。恐らく百人は下らないであろう部下達もそれに応じて、次々と攻撃を始めていく。


「敵襲…!?」


 隠れ見ていたジョージは迷っていた。このままやり過ごせば確実に攻め込まれてしまう。かといって異変を報せるために信号弾を使えば、彼らがこちらに気づくのは必至であった。殺された他の見張りの死体を引き摺っている者もいる事から、誰も拠点に情報を報せる事が出来ていないという可能性もあり、ここから別の抜け道を使って戻る暇もなさそうである。


「やるしかない…」


 ここで自分が退いては、更なる被害に繋がるかもしれないと感じたジョージは覚悟を決める。信号弾を上空へ発射すると、轟音と共に火花が飛び散った。


「…ん ?」


 案の定、気づいたらしい魔術師達の目につく場所へジョージはわざと躍り出ると、片手に持っていた散弾銃を構えて彼らの方へ射撃を始める。


「良~い度胸してんねえ…」


 逆立った髪の男は笑い、発射された散弾を炎で作り上げた壁で溶かして見せながら呟く。自分では勝てないという戦力差を肌で感じてはいたジョージだったが、後には引けないと射撃を続けながら自分の方へ誘きよせようと移動を開始した。

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