第74話 想定外

「何わけの分かんない事を言ってやがる」


 ソックリだというギャッツの発言に、クリスは眉をひそめた。


「本気でそう思っているのだ…俺は物心ついた時から、力で解決すること以外に生き方を知らなかった。右も左も敵しかいない裏の世界で、己の肉体のみを頼りに生き抜いて来た」


 特に尋ねた覚えは無いのだが、ギャッツは自分の身の上を語りながら近づいて来る。テーブルの間を通ってクリスへ近づくと、近くの椅子を引いてから再び腰を下ろした。長い話になる事を予測したクリスは少しだけ煩わしさを覚えたが、邪魔をするのもどうかと思いながら耳を貸す。


「魔術師だった頃の活躍を聞いたぞ。武闘派の代表格…とにかく厄介事は力づくで解決し、戦うその姿は残忍そのものだと。ブラザーフッドに入る前からそうだったらしいじゃないか。自分と敵対した者は誰であろうと容赦せず、その所為で多くの禍根を残してきた…今も変わらずな」

「昔の俺と同じだってか ?街に火をつけてまで騒ぎを起こした覚えはない」


 事情も知らないで言いたい放題言うなと、クリスは今回の暴動について問い詰める。しかし、それに対してギャッツは鼻で笑った。


「ならばホグドラムでの戦いはどうだ ?それとも…理由があれば数百人以上の兵士を殺戮する事さえも許されるのか ?」

「…」

「村人から頼まれたと、下らん建て前を使って賊の一派を皆殺しにしたそうだな。縄張りを荒らされて困ると取引相手に言われ、たてつく雑魚を始末してきた俺と何が違う ?」


 大義名分を盾に振るわれる暴力は正しいと言えるのか。ギャッツが断片的に述べた彼の仕事とやらと何が違うのか、クリスは答える事が出来なかった。それを好機と見たギャッツは、ここぞとばかりに捲し立て続ける。


「奪い合いこそが人間の本質、抗いようのないさがだ。どれだけおべっかを並べようとも、戦争や罪なんてものが存在するうちは証明され続ける真実だよ。騎士団だってそうやってデカくなってきのだろう。認めないかもしれんが、お前はそこの所を良く分かっているらしい。一度殺し合いになれば善悪というものは存在しない。生き残れるだけの強い者と、そうではない者に別れるだけだ。そして勝者が正義を作り上げる。俺はなガーランド…お前を利用したいと思っている」

「なんだと?」

「この一連の騒動も全てはお膳立て。お前の実力を見てみたかった…そして文句のつけようもない逸材だという事を改めて思い知らされた」


 再び立ち上がりながらギャッツは思いもよらない言葉を発した。


「近頃は中々言う事を聞いてくれない馬鹿が増えてな。お灸を据える機会を探していたんだ。今回の一件で国にいる犯罪者どもは身をもって知らされただろう…自分達では如何に足掻こうが勝てない相手がいると。そんな奴を、俺が倒すか仲間に引き入れたと知れば…再び私の持つ力に威光が戻り、さらなる畏敬を集める事が出来る」

「巻き込まれた連中はぜーんぶ…必要な犠牲だったと ?」

「その通りだ。引き立て役だよ。私の強さを見せつけるためのな」


 近づいて来る彼の姿は非常に圧迫感があった。自分より頭一つデカい体躯に威圧されながらも、クリスは僅かではあるが怒りを顔に滲ませて聞き返す。しかし返ってきたのは、一切の躊躇いと曇りの無いギャッツの腐れ切った思惑であった。


「だが俺も不必要に相手を痛めつけたくはない。お前がもし、考えてやっても良いというのなら返事を待とう。手を組んで裏社会で生きたいというのなら協力もする。俺は実力主義でな…単刀直入に言おう。お前が気に入った。俺とお前ならば天下を取れるぜ」


 自分を睨むクリスに対し、ギャッツは良い面構えだと言うかのように目を輝かせる。そしてシャドウ・スローンへの勧誘をし始めた。アンディもどうするつもりなのかと少し気になる様子でギャッツの背中を遠巻きに見ている。


「…金払いは良いもんなのか ?」

「働き次第だが、このご時世だ。お前の様な男ならばすぐにでも億万長者になれる」

「ハッ…お世辞がうまいな、あんた…ハハハ…」

「ハハハ――」


 満更でも無さそうなクリスの問いに、話に食いついてくれたかとギャッツは少し上機嫌に答える。少しだけ彼を見てから、クリスは目を逸らして笑いながらギャッツの口の上手さを褒めた。それに釣られてギャッツも笑った次の瞬間、クリスによる不意打ちの右ストレートが炸裂した。


「答えは”ノー”…というわけか」


 手応えの無さと拳に纏わりつく凄まじい圧に驚いたクリスは、自身の拳がギャッツによって掴まれている事に気づいた。青筋を立てて自分を睨むギャッツの姿がある。一方、交渉の決裂について少し残念そうにしていたアンディだったが、これはこれで面白い物が見られそうだという自分の性癖による胸の高まりが増すのを感じた。屈強な男や彼らによる戦いを見る度に、こんな相手に襲い掛かられたらどうなってしまうのだろうかと、良からぬ想像をしてしまうのが彼の悪い癖であった。


 クリスが振りほどこうとするも、強力な磁石でもくっ付けられたかのように拳は離れない。そのままジワジワと腕を捻られていった。抵抗しているにもかかわらず、ギャッツは涼しい顔をしている。


「しっかりしろ…ちゃんと鍛えているのか ?」


 ギャッツはそう呟きながら、静かに空いてる片方の手で握りこぶしを作った。準備する余裕を与えてくれているのか、非常にゆったりとしている彼の動作を見計らってクリスも空いている腕で可能な限り防御の構えを取る。直後、ギャッツの拳はガードをしている腕をへし折りながら、クリスの胸にめり込んだ。


 手を放されてしまった事で吹き飛んだクリスは、奥の壁に叩きつけられた後に床へ転がった。腕だけではない。間違いなく肋骨と肩、肺や心臓にまでダメージが入っている。血まみれの口で息を吹き返し、起き上がろうとした直後に丸太のような足が腹へ思い切り叩きつけられた。


「ごはぁ……っ!!」


 明らかに体の中で何かが潰れた。背骨も砕かれたのか、満足に動く事が出来なくなっており、腕で藻掻いて足にしがみ付こうとしているとギャッツはようやく足をどかす。肉体の再生が終わり、血反吐でむせながらクリスはようやく立ち上がった。


「お前は何が何でも俺の物にしたい…故にやり方を変える事にした。幾度も内臓を潰し、骨を砕き、目を抉り…這いつくばって許しを乞うまで貴様の体に教えてやる。死なない程度ではどうにもならん力の差というのをな」


 ギャッツの言葉にハッタリが無い事を五臓六腑で味わったクリスは、再び立ち直ると拳を構える。しかし、その心の内では未曽有の強敵との遭遇によって狼狽と恐怖が芽生えつつあった。

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