第44話 チェックメイト

 そこからはもう滅茶苦茶であった。ドアを蹴破ってクリスが押し寄せる度、抵抗しようとウィルの一味は撃ち返して来るが、躱されるなりしてすぐさま反撃をされてしまう。ただでさえ逃げ場の少ない列車の中では、彼の持つ拳銃の威力から逃れる術などありはしなかった。引き金を引くごとに誰かが必ず倒れていく有様を目の当たりにしたウィルは、仲間達を押しのけて車両の最後尾を目指し後退を始める。


「クリス !」


 リロードをしている彼の近くで敵が襲い掛かろうとすれば、すかさずグレッグが叫んで散弾銃を向けた。散弾や特大のマグナム弾によって腕や腹が穴だらけにされた敵を踏み越えて二人はさらに後部へと歩みを進めていく。


「どんだけいるんだこいつら…弾が切れたぞ」

「け、拳銃貸そうか ?」

「いや、押し通っていくさ。援護してくれ。俺ごと撃っても構わない」


 拳銃を仕舞って悪態をつくクリスに対して、グレッグは自身の装備を渡そうとする。しかし拳を鳴らしながらクリスは断り、散弾銃をぶっ放せと指示をした。次の車両に乗り込んだと同時に、銃弾をその身に受けながらクリスは片っ端から敵を殴り倒していく。時折、取っ組み合いにでも持ち込もうと彼の胸倉に掴みかかる者もいたが、すぐさま腕を捻りあげられて、幾度となく椅子の角や壁に叩きつけられた。歯や飛び散った血によって床が汚れていく。


 銃撃を行うよりも視野や対処できる数に限りがあるためか、残っている敵の銃口が彼へ向こうとする。その都度グレッグが散弾を浴びせてねじ伏せていった。リロードや敵の反撃もあるせいか、慌てて座席の裏などに隠れた場合はクリスの出番である。グレッグの隠れている場所へ攻撃を続ける者達を拳で黙らせていった。


「あいつ無事だと良いが…」


 静かになった客車を歩きながらクリスは言った。


「だ、大丈夫だよ。彼女すごく強いし」


 グレッグは散弾銃の実包を込め直しながら彼に答える。




 ――――最後尾へと引き返していたウィルと生き残った仲間達は、形成を立て直そうと待ち伏せるつもりだったがすぐに予定を変え、手遅れになる前に逃げ出すべきかと思っていたのである。既に弾薬も尽きかけており、何より不死身だという噂が誇張表現でも何でもなく、そのままの意味であった事も彼らの戦意を大幅に削いでいた。それに追い打ちをかけるように屋根伝いに回り込んでいたメリッサが、展望デッキから侵入をして来る。銃撃戦に気を取られて、気が付けば完全に挟み撃ちにされてしまった。


「死にたくないなら最後のチャンスよ」


 サーベルを携えるメリッサの警告に対して、目の前にいた一人の気弱そうな者が手を上げようとしていた。しかし、その背後で怪しげな手つきを垣間見せたウィルを目撃したメリッサは、咄嗟に手を上げた者の襟首を掴んで引き寄せる。直後に銃声が響き渡り、メリッサが掴んでいたウィルの仲間に銃弾が命中した。


「それが答えね」


 そう呟いたメリッサは、もたれ掛かって来た男の死体を押しのけて一気に駆け出した。すかさず手ごろな間合いにいた一人を斬りつけて怯ませると、服を掴んで無理やり自身の眼前へ向けて引っ張る。そして真正面に立ってくれた瞬間を見計らって蹴り飛ばした。周りが揉み合いになって照準が狂っているのを見計らい、メリッサは再び距離を詰める。一人の首をサーベルで掻っ切って、倒れこんだ死体を踏み台に跳躍してウィルを飛び越えた。低い姿勢で着地をして、彼の足にサーベルを深々と突き刺す。悲鳴を上げた彼の足を蹴って無理やり膝を着かせると、脚から抜いたサーベルの切っ先を彼の首に向けた。


「まだ続ける ?」


 目の前に広がる仲間の死体にしか目が行かなくなっている状況のウィルに、メリッサは背後から無慈悲に言った。時を同じくして、彼女達のいる車両に散弾銃を構えたグレッグ達も乗り込んでくる。周囲の状況に目を向けつつも、クリスはウィルの正面に回り込んだ。


「不慮の事故で死にたくないなら質問に答えろ。目的は俺の首か ?」


 クリスが尋ねると、諦めた様にウィルは笑いだす。


「ああ、そうだよ…クソッタレめ。マジモンの怪物だって知ってたらこんな事には…」

「ブラザーフッドが掛けた賞金目当てか。殺し屋を気取りたいんなら、次からはもう少し相手の事を調べておくんだな」


 捨てるように負け惜しみを吐くウィルに対して、クリスは下準備が足りないと批判した。兵士達が間もなく到着し、彼を拘束してから別の車両へと連行しようとする。


「一つ良い事を教えといてやる。レングートの街はもう少しすれば賑やかになる。祭りが始まるぜ、あんたのせいでな」

「…何が言いたい ?」

「悪いが俺に言えるのはそこまでだ。命が惜しい。ま、せいぜい頑張りな…クリス・ガーランド殿」


 何やら意味ありげに言い残したウィルは、兵士に連れられてその場から立ち去る。残った死体に囲まれたまま、クリスはその言葉が何を表しているのか少々考えこんでしまった。見当はつかないが、ハッキリ言えるのは間違いなく自分に掛かった懸賞金絡みだという事くらいである。


「か、帰ったら…もう少し詳しく調べてみた方が良いかもね」

「そうね。何か胸騒ぎがする…行きましょ」


 ウィルの言い残した言葉が気になっているらしい二人の後に続いてクリスも元いた場所に戻っていくが、その心はスッキリとしないままであった。

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