第45話 Win-Winな関係
ネロが無駄に豪勢な応接間にて膝を組み、椅子の座り心地を確かめているとアンディが茶を持って現れた。
「急に来られたので大した用意も出来ませんでしたが、よければ…」
アンディがテーブルにティーカップを置くと、ネロはそれを手に取って味見をする。東洋から仕入れた物らしく特有の強い香りが鼻に入り、絶妙な苦さの後味が印象的であった。
「どうも。しかし、十年前だったか ?初めて会ったのは。全然老けてない…相変わらずの美人さんだな。君だけ時間が止まってるみたいだ。ミスター・ドラグノフが女に興味を示さないわけだよ」
「褒めてもなにも出ませんよ。ただ、お相手したければいつでも」
「いや結構。俺にそっちの趣味は無い」
「そういう人ほどハマっていくものです」
相も変わらず男とは思えない端麗な容姿をネロは褒めたが、それが嬉しかったらしいアンディは、ハスキーな声で欲求不満気に誘ってきた。断りを入れて待っていると、奥の扉から上半身裸のギャッツがタオルで体を拭きながら現れる。所々が爛れ、傷が傷によって上書きされていると言っても過言では無いほどに体が傷跡で埋め尽くされている。当然、壮年とは思えない程に鍛え上げられた体は仕上がっており、白塗りにでもして美術館に飾れば彫刻と間違えられるのではないかとさえ思えた。
「話し声が聞こえたぞ」
「ご安心を。ちょっかいを掛ける気は無い。あんたを怒らせると厄介そうだ」
先程の会話を良く思っていなかったらしいギャッツに、ネロは弁明をしてからもう一度だけ茶に口を付ける。ギャッツもそれ以上は追及する気の無さそうな様子で向かい側の席に腰を下ろした。
「面白い事をするつもりだと聞いてね。挨拶がてら真意を聞きたくなった」
「だから言っただろう。後継者を決めたいだけだと――」
「それは無いな。歳を理由に引退なんてアンタらしくない。真っ先に自分の手で殺してやると名乗りを上げる筈だ…それに報酬を吊り上げた所で、君の部下に倒せる相手じゃないとは分かっているだろうに」
「…バレてたか」
普段の自分ならば、絶対にやらない手段だとネロに指摘されたギャッツはお見通しだったかと肩を竦める。
「今の憶測が正解だとしたら、なぜそんな事を ?」
「そこまで言う筋合いも無いだろう」
「釣れないねえ…お互い持ちつ持たれつなんだ。少しは腹の内を見せてくれないか ?」
目的を聞き出そうとしたものの、面倒くさそうに断られてしまったネロは馴れ馴れしく言った。
「取引をしてるだけにすぎん…そんな奴に腹の内を見せる程、楽観的には生きていない」
「裏切ると思ってるか ?あんた達との取引のおかげでブラザーフッドも資金が増えて来た。わざわざそんな事をする理由が無い。まあ最近、生物兵器の研究打ち切ってくれたせいでせっかく仕入れた商品の在庫を抱える羽目になったけど」
相変わらず不愛想で他人行儀なオヤジだとネロは少しばかり呆れつつも、利益が出ている内は味方でいてやると彼に告げる。
「そうやって言い寄って来る者共に幾度となく裏切られた。貴様が生まれる何十年も前からな…それと在庫に関しては安心しろ。どちらにせよ買い取って、研究で得た成果と共に闇市に流すつもりだ」
「それはどうも。だけど俺が生まれる前から、ねえ…それって本当かな ?」
経験則や今後についてを語りながらギャッツは言い続けるが、どうも心の底から信頼しているとは言い難い雰囲気であった。ネロもそれに対して笑いながら頷いたが、どこか嘲笑しているようである。茶を切らしたティーカップに気づいたアンディが、注ぎなおしてウィンクをするとネロは一言礼を言って再び会話を続けた。
「まあ、何にせよだ。あんたの言う話が本当なら、ブラザーフッドも”祭り”に参加していいってわけだな ?いいのかい ?もしかしたら直接俺が出張っちゃうかも」
「いや、貴様はしないだろう。聞けばブラザーフッドは人員や資源的にも良好とは言えないそうだな。我々が起こす混乱に乗じて乗り込めるほどの余裕はない筈。ましてや指導者の右腕という貴様の立場を考えれば直々に出向けるわけがない」
ギャッツがこれから行う事について非常に気になっていたネロだったが、それが出来る様な状況では無いだろうと看破されて真っ向から否定された。
「まあ…それはそうだけども。ただ何人か送り込ませてもらうよ。上手く行けば手柄を取れるかもしれないしな…じゃあ、そろそろ帰ろう」
もう少しリアクションが欲しかったネロは、しょんぼりとしながら言った。闇を発現させて黒い靄を呼び出すと、また来るよとだけ言い残して立ち去ってしまう。ギャッツは一人になった応接間を出てから書斎へと向かった。そして軽食の準備をして欲しいとアンディに頼んで厨房へと向かわせる。
「相変わらず、何を考えてるのか良く分からん男だ…そんな事をしてる余裕など無いだろうに」
ギャッツはそう呟きながらパイプを吹かし、どこか不気味な雰囲気を持つビジネスパートナーの目的は何なのかと考えを巡らせ続けた。
――――兵士達の訓練が終わり、閑散としている騎士団の敷地ではジョンが芝生の上を呑気に歩いていた。専用の居住空間が出来るまでは監視付きで庭にいる事となり、日光浴をするかたまに付近を飛び交う虫を捕まえようと手を伸ばして見たりするなどして、時間を潰していた。
「おいジョン !うっかり外壁を壊したりするんじゃないぞ !あと何か大変な事があったら正直に言うんだ、いいな ?」
「ワカッタ」
時々危ういと感じれば兵士達はジョンに注意を飛ばすなどして、暇なときには彼との会話を楽しんだ。当初は彼を恐れて当番を嫌がる者が続出したが、聞き分けが良い上に穏やかな性格をしていた事もあってか、すぐに兵士達とも打ち解ける事が出来ていた。何より兵士達にはボーナスが付くので、今となっては断る理由も無かった。
「え 、戻せない ?」
「だって元の体は既に処分してるし、骨なんかも薬やらに使うために使い切っちゃったもの。当たり前でしょ」
素っ頓狂に声を上げるグレッグを、マーシェは牢屋の中から馬鹿にした。
「でも、成程ねえ…意思疎通も取れて体も問題なく動かせてるなんて。片言なのは声帯の調整が上手く行かなかったって事だろうけど、何はともあれ世界最初とも言える人間の脳の魔物への移植に成功だなんて。やっぱり私って天才だと思わない ?今なら安月給であっても雇われてあげるわよ ?」
「そろそろ殴られたい ?グーで」
勝手に結論をまとめて自画自賛を始める彼女に、メリッサも限界を感じたらしく脅しに掛かり始めた。しかし、それを遮る様に靴の音が聞こえると、研究開発部と人事部からの使いと思われる者達が彼らのもとへ現れる。
「失礼します。マーシェ・ベイカーの身柄についてですが…その、釈放の後に研究開発部に引き渡せと…軟禁状態で」
「は ?」
報告に対して殺意と困惑の籠った表情でメリッサが聞き返してくる。当の本人であるマーシェはコッソリとガッツポーズをしていた。クリスは少し理由を聞きたいと報告に来た二人の兵士の肩を掴んで廊下の隅へ連れて行った。
「どういう事なんだ ?普通じゃ間違いなく終身刑か死刑ものだろ」
「情報提供を完全に終わらせたいのと学会などで情報を集めた結果、良い意味でも悪い意味でも彼女の評判はかなりあったそうです。恐らく彼女を雇う事によって生じるリスクよりも利益を取ったのでしょう」
少々戸惑いながら聞いてくるクリスに対して、人事部を担当しているらしい職員が答える。
「そうです…それに、団長はあなたの力を借りたいと仰っていました」
「なぜだ ?」
「要するに彼女の問題は、目的を達成するならば非人道的な実験をする事さえ躊躇わないネジの外れた倫理観にあると言えます…つまり――」
「俺を実験台にすれば解決ってか…」
研究開発部から来たという職員が理由を補足しようとした時、食い気味にクリスは答えを当てて見せる。案の定そんな事だったらしく、職員はボサボサの髪を揺らして頷く。
「最近思うんだが、死ななければ何をしても良いってわけじゃないだろ。俺は生贄かよ ?」
「騎士団にいる以上、声高らかには言えませんが時には小さな犠牲ってのも必要です」
「そうです。それに再利用可能な生贄、とっても環境に優しいじゃないですか。資源の無駄遣いをしなくて済みます」
ここ最近いいように使われている気がしてきたクリスは、それも踏まえた上で彼らに愚痴をこぼした。しかし当の二人はどうも彼女という人材を手放したくないらしく、何やらそれらしいことを言って誤魔化そうとして来る。
「はあ…メリッサ、グレッグ、ひとまず出そう…後で文句でも言いに行けば良いさ」
諦めた様にクリスは二人に言うと、彼らは不愉快そうに牢屋の鍵を開ける。なぜか勝ち誇った様な顔をして出てきたマーシェの背中を、クリスは軽く押してから一緒に来るように促した。
「もう、乱暴ね。女の子には優しくしなきゃダメよ ?」
「その見た目で女の子呼びは無理があるだろ。口封じで死体にならなようにとだけ祈ってるよ」
身柄の安全が分かった途端に調子に乗り始めるマーシェであったが、クリスは面倒くさそうな事になって来たと内心では頭を抱えながら彼女を外の世界へと連れ出した。
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