第33話 交換条件
「や、やっぱり信じてもらえませんよね?」
いきさつを話し終えたリアムは、神妙な顔つきの二人に対して恐る恐る聞いた。
「…まあ、心当たりがないわけではない。一応は参考にさせてもらう。他に何か知らないか?」
「それなんですが、最近になってこの辺りの労働者が突然いなくなるって事がしょっちゅう起きているんです…何がどうなっているのか、上の人間に聞こうとしても知らぬ存ぜぬの一点張りでして」
「そうか…それについても調べておこう。何にせよ協力に感謝する」
取り調べが終わり、リアムを見送ってからイゾウはクリスの見解を伺う。見た限りでは嘘はついているとは思えなかったらしく、クリスは首を横に振りながら彼に伝えた。最後に話を聞くのはケイネスである。非常に自信たっぷりな様子で椅子に座りながら二人と向き合っていた。
「事件が起きた日は何をしていた?」
「家で寝ていましたよ。次の日に友人たちからローンボウルズに誘われていましてね」
遊びの約束があった事から早めに床に就いていたと語るケイネスは、文句があるのかと言いたげな風に生意気な視線を送って来る。その後の質問についても大した情報は得られないままであった。リアムの話が気になっていたイゾウは、他の者達にしてきたものとはかなり異なった話題を振り始める。
「風の噂で聞いたのだが、この辺りで失踪する労働者がどうも増えているらしい。騎士団としては人為的なものであるとして捜査を行おうと考えているのだが、これについて知っている事は?」
「いやあ、何も。仕事に耐えられなくなった者達が逃げ出すなんていうのは良くある話。今回もきっと同じようなものでしょう」
「…そうか。これで終わりだが、最後に一つ聞きたい。俺達に何か隠してる事は無いか?」
「あったら話してますよ。騎士団を敵に回したらどうなるか…散々報道されていますからね」
やはり知らないと言い張るケイネスを見たイゾウは、これ以上話すのは無駄そうだと考えて取り調べを終えた。
「失踪者についての話題と最後の質問の時、心拍数が急激に変化した。呼吸のペースも速まっていたな」
工場を後にして街を歩いている間、クリスは分析できた点を彼に伝える。
「やはり嘘をついているか。調べるにしても状況を整理…ん?」
イゾウが今後どう動くかについて考えていた時、人の往来がやけに増えている事に気づく。階級や老若男女問わず、多くの人々が先にある何かを目指して向かう先にあるのは処刑場であった。
「ああ、そういえば今日だったな」
「知ってるのか?」
「勿論、俺が捕まえてやった”元同胞”の公開処刑だよ」
嫌味ったらしく言ってくるクリスに、イゾウは渋い顔をする。どうも司法解剖の結果について話していた時の事を根に持っていたらしい。時間もある事から一目見ていこうと二人が処刑場へ向かうと、既に人だかりが出来ていた。
「見納めってとこか」
「どういう事だ?」
群れる人々を掻き分けて近くへ行った時、意味深な言葉を漏らすイゾウにクリスが尋ねた。
「議会が公開処刑の正式な廃止を決定しただろ。今の時代、人を殺す事を娯楽にするのはマズいんだと。新聞を読んでないのか?」
「ああ、全く。興味ないもんで」
「…親の顔が見てみたい」
「親はいなかった。物心ついた時からな」
相変わらず言い返さなければ気が済まないと二人して言い合っている最中、不意に背後から自分達の名を呼ばれた。
「まさかな~と思ったけどやっぱり来てた」
「あ、クリス!」
振り返ってみればシェリルとディックの二人が立っていた。手を振りながら近づくディックを制服姿であるシェリルが処刑台を眺めながら後を追う。仕事の合間を縫って来たらしかった。
「ディック。どうやってここまで来た?」
「へそくりを使ったんだよ。もうウェイブロッドにいる理由もなくなったしさ」
「ほお、それはまた随分と思い切ったな」
ディックが自分の荷物だと思われるボンサックを担ぎなおしながら故郷を出た事を告げると、クリスは言葉にして驚きを伝えた。
「あのガキはお前の知り合いか?」
「ええ、顔馴染み。そっちは殺人事件の調査をしてるって聞いた」
「ああ。ちょうど休憩に入るところだ」
クリス達を横目にシェリルとイゾウは互いの近況を語る。その時、シェリルが思い出した様にクリスに向かって話しかけた。
「この後って時間は空いてる?」
「ああ、食事にしようと思っていた」
「少し話を聞いて欲しい」
準備が進む中でシェリルは二人に打ち明ける。いつもの飄々とした人情味の無い彼女の姿と違う、不安や躊躇いをクリスは感じた。
――――クリスは陰鬱な面構えで処刑台へ上がっていくアクセルとその部下達を見ていた。どうやら付近にいるクリス達に気づいたのか、執行人たちの制止を振り切って大声でアクセルは罵り始める。
「何が秩序の維持だ、忌々しい騎士団め!自ら火種を撒いている事に気づかない暴力主義の偽善者ども!我が同胞達が黙っていると思うな!」
他にも負け惜しみの如く捲し立てていたが、やがて業を煮やした執行人たちによってずだ袋を被せられた。そして罪状を読み上げられ、観衆からの野次の中で執行人によって絞首台の落とし戸が作動させられた。落下の衝撃によって頸椎を破壊され、小刻み且つ一定の間隔で受刑者たちが痙攣をする。勢いによって振り子のように揺れ動き、緩み切った肛門から糞が垂れてズボンを濡らしていた。
クリスは仕掛けを見て思わず感心してしまった。魔術師が魔法を使えないように腕や足を徹底的に縛り上げて手錠を掛けて固定しており、体中に大量の重りを付けさせられている。ずだ袋を被せられることでいつ執行されるかも分からない状況下では、突然落とし戸が開いたとしても魔法の発動が恐らく間に合わない。仮に何とかできても、その後は周囲に待機している兵士達の持つ武器の餌食になる。徹底的であった。
その後は、心肺停止と死亡が確認された事で公開処刑はお開きとなった。
「人ってあんな風に死ぬんだ…」
清潔感のある新築らしい喫茶店にて、始めて目の当たりにした公開処刑に複雑な気持ちを抱えつつ、テラス席のテーブルで項垂れるディックは飲み終わったマグカップを弄っていた。
「子供には刺激が強すぎたか?」
「そ、そんな事ないや!父さんを殺した奴だよ、ざまあ見ろって感じ!」
クリスが小馬鹿にしたような物言いで彼を心配すると、平然を装ってディックは胸を張った。クリスは微笑ましそうに鼻で笑い、奢ってやるから他にも何か買って来ると良いと金を渡してディックを使いへやった。時を同じくしてシェリルとイゾウも遅れてやって来る。鉢合ったディックが二人から要望を聞いて店内へと向かった後に、三人は会話を始めた。
「しかし、ディックを騎士団に入れるってのは本当か?」
クリスは程よく混みあっている店の中を見てから話を切り出す。
「働き口を探すとなればあの子じゃ確実に工場行き。あの子自身も望んでいるし、兵士になれるのが一番良いかもしれない」
「俺ならあいつと接点もあるだろうし、その口添えをして欲しいってわけだな」
シェリルがディックの生活のためにも騎士団で働かせたいと語ると、なぜ自分を誘ったのかクリスは見当がついたらしくそれを言った。正解だったらしく、彼女も首を縦に振る。
「だが子供だろ?適正ってのがあるだろうし、まともなやり方じゃ…」
「そこは見習いとしてでも構わない。何でもするって意気込んでた。『あのクリス・ガーランドから財布を盗んで逃げきるだけの、技量と体力がある』なんて言えば案外お眼鏡にかなうかもよ?」
クリスは正式な手続きでは入れないだろうと語るが、シェリルはどうにかしてあの子が食って行けるようにしたがっていた。確かに騎士団に入れば少なくとも食べる物には困らなそうではある。
「盗みか…俺が当事者ならそんなヘマはせんがな」
「黙ってろ、これかけるぞお前」
嘲笑うイゾウにムカついたクリスはカップに入ってる湯気の立っているエスプレッソを見せて脅す。そして一口飲んでいた時、先程イゾウが言っていた盗みという言葉が脳裏に残った。そしてクリスの頭にある考えが閃く。
「なあ、お前も確か昔は盗みやらで生活してたんだよな」
「まあ…基本はそう。あんまり思い出したくない過去だけどね」
いきなり食いつく様に質問してくるクリスに、シェリルは少したじろいで答える。どうやらよほど毛嫌いしているのか目を背けながら答えていたが、今のクリスにとって重要なのはそこじゃ無かった。
「俺達の仕事で手伝ってほしい部分がある。もし引き受けてくれるんならディックの仕事探しに俺も協力しよう」
「おい、この件の担当は俺達だ———」
「…いいよ、やろう。その代わり覚えといて。約束を破ったら管轄にも無い仕事をさせられたってバラすから」
クリスが予定してない唐突な提案を始めた事にイゾウは憤慨したが、それを掻き消すように遮ってシェリルは同意する。大っ嫌いな同僚と盗人上がりの同僚が二人で話を進める中、どうなっても知らんぞとイゾウは溜息をついて頭を抱えた。
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