第24話 標的同士
「なあ…」
「…何だ」
「何で俺達、こんな目に遭ってるんだ…?」
「知るかよ」
馬車に揺られながら、騎士団の外套を纏っている二人の新兵は自分達が置かれている状況に困惑しつつ、キッパリ断れば良かったと口々に後悔した。そもそも報酬も貰えるというアルフレッドの口車にまんまと乗せられた結果であるのだが、上司の命令である以上はどの道断りようも無かった。
「聞こえてるぞ。姿勢を正して大人しくしてろ」
「してられるわけないでしょ…こんな仕事だと分かってたら引き受けてなかったですよ。俺達」
中でぼやき始める兵士達に連絡窓からクリスは注意するが、ここまで来てしまえばどうとでもなってしまえとヤケクソ気味に喚き立てる。
「じゃあここで降ろしてやろうか?」
「冗談ですよ冗談…すいませんでした」
流石に苛ついて来たクリスが脅した途端、二人は掌を返して謝罪を始める。
「安心しろ。大人しく馬車の中にいてくれれば安全は保障してやる」
最後に一言だけ添えて、クリスは手綱を取ったまま周囲の警戒に意識を戻す。念のため防止のほかにマフラーも羽織り、一目で顔が分からないように心掛けた。時折神経を研ぎ澄まして当たりの気配を読み取ろうとするが、特に目立った様子は無い。
「その…ガーランドさん、やっぱり当てが外れたというか…戻りません?もしかしたら、あなたがこうする事を想定して村から引き離すのが目的だったのかも」
「参考にはしておくが、判断は俺がする。とりあえず静かにしてくれ。気が散るんだ」
そう言いながらしばらく進み、集落に近づいた目印でもある森に差し掛かった時、クリスは上空から気配を感じる。少なくとも五人の気配が自身達を追跡しているようだった。
「食いついて来たか…念のために武器だけ持っておけ。このまま森へ向かう。俺が良いというまで馬車からは絶対に出るな」
クリスは連絡窓から二人に告げると、着実に森へと近づいていく。少し離れた上空に浮遊して留まる魔術師の内、一人がその馬車の様子を観察していた。
「深夜とはいえ、あれだけ手薄な状態でいくつもりとは…正気か?」
リーダーである壮年の男が双眼鏡を覗きながら言った。
「アクセル様、気配からして馬車の中にも人がいるのを確認しました。もし手に入れた情報通りに会合の予定を早めたのだとすれば、騎士団のボスもガーランドもまとめて始末できる好機では?」
隣で気配を探っていた部下が疲れたように一息入れてリーダーに報告を入れる。しかし、リーダーは傷だらけの険しい顔を崩さずに少しだけ首を横に振った。
「あの頑固な連中がそんな唐突な提案に同意をするとは思えん…情報とやらが出回ったのは俺達が見せしめの死体を送り付けた後だぞ。手回しが良すぎる。情報網に簡単に引っかかったのも気がかりだ。まるで情報を掴んで欲しいかの様にな」
「罠かもしれないという事ですか?」
「その通り。幾度となく魔術師達と殺し合い続けて来た連中だ。今更ヘマをするとは思えん」
怪しすぎるが故に深追いを躊躇うアクセルは、自身が気になっていた点を述べた。手柄が欲しいと疼いていた部下達も、その話に納得したように落ち着きを取り戻す。一方で、気配によって彼らと馬車の距離が次第に離れている事を確認したクリスは、彼らが怪しんでいると考えて揺さぶりをかける。一瞬だけ後ろを振り返りるような仕草をした瞬間、馬を一気に走らせて森の中へ突っ込んで行った。
「…速度を上げた。アクセル様!」
「俺が行こう。お前達は町へ向かい、手筈通りにアルフレッド・ハミルトンを探せ…怪しまれるなよ?状況次第ではすぐに追いつく」
部下達に命じて町へ行かせると、アクセルは風の魔術を利用して滑空するように飛行して馬車を追跡する。狭い木々の間を巧みな風の操作により掻い潜りながら馬車との距離を詰めたアクセルは、クロスボウを片手で持って馬に向かって放つ。数種の植物により作られた毒が塗られている矢が発射された時、アクセルは御者がこちらに向けて拳銃を持っているのを目にした。
矢より少し遅れて発射された弾丸は、矢じりと真正面から衝突して粉々に砕く。音に驚いて暴れようとする馬を宥めてから、御者が大地に降り立つと帽子とマフラーを取っ払った。
「どうやら俺の話をしていたみたいだな。わざわざ出向いてやったぜ…名前は?」
クリスはホルスターから銃を抜いてアクセルに啖呵を切った。
「これは驚いた。俺の名はアクセル・ウォーデン…流れ者の盗賊だ。覚えておくと良い」
クロスボウがいつでも撃てる状態にある事を確認したアクセルは、挨拶をしながら再び視線をクリスに向け直す。暫し両者の間にはどこか耐え難い沈黙が続いた。
「…見ての通り、俺は囮だ。町に向かった方が良いと思うぞ」
「不意打ちされてはかなわん。それに…向かう必要があるか?獲物の内の一匹が目の前にいるというのに」
やはり自分も標的にされていたのかとクリスは思ったが、今だけはその状況に感謝をしていた。互いに睨み合ったまま動かず、刻々と時間が過ぎていった頃に鳥の羽ばたきが付近の木々から聞こえる。羽ばたき音が戦いの始まりを告げるゴングとなり、両者が一斉に得物を相手に向けて引き金を引く、轟音を響き渡らせるクリスの銃に対して、アクセルのクロスボウは音を立てることなく矢を飛ばす。僅差ではあったが、アクセルの矢が先に届いた。クリスは咄嗟に避けたが、その先にいる馬の太腿に命中してしまう。
思わず暴走し始めようとした馬であったが、数歩走り出した途端に血を吐いて力なく倒れた。痙攣をして、絶え絶えになりながらも必死に呼吸をして喘ぐ声が耳に入る。
「…すまないな」
思わずつぶやいてしまったクリスだったが、毒の威力を目の当たりにして背筋が震えた。一方でアクセルも木の幹を貫いて遥か彼方へ消え去った弾丸の威力に恐怖を抱く。何より彼の不安を煽るのは「何をしても倒せない生物」という未曽有の敵に対する己の無知さであった。
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