第23話 スケープゴート

「血を吐いてるな…肩に矢が刺さっている上に、傷口から微かに甘い香りがする。毒か」


 死体に近寄って様子を調べる内に死因は外傷ではなく、傷口から入った毒によるものである事をクリスは突き止める。


「ねえ、情報を集めたけど少しマズいかもしれない。宿屋で話をしたいけど良い?」


 少し息を切らせてシェリルが戻って来たかと思うと、いきなり場所を変えたいと申し出た。二つ返事で応じたクリスは、駐在施設から派遣された兵士達に現場や死体の保護を任せて彼女と共に宿へと一時的に戻る。


「魔術師が空から飛んできて、そして置き土産に何も言わずあの死体を落としていったらしい。もう半年以上は続いてるってさ…ディックの父さんも、恐らく同じ手口で」

「空から飛んできた、成程。おそらく”風”の使い手…だが、練度はそれほど高くないな」


 調べた情報を語るシェリルに対して、クリスは風の力を使う下級魔術師であると断言する。


「何でそう言い切れるの?」

「魔術師は基本として武器を用いない。だが風の魔術師だけは例外的に認められている。魔法を使うのに素材が必要な他の属性と比べて空気さえあれば良いという手軽さが魅力だが、習得して使いこなすのにも苦労が多い流派だ…下級程度ではまともに攻撃にすら使えない。しかし、魔術師の犯行となれば確かに問題かもしれん…」


 理由を聞きたがるシェリルに魔術師の仕来りの一部を語り、相手が決して強大ではないという根拠の補足を行う。ちょうどその時に二人が使っている部屋の外からノックが聞こえた。クリスが出てみると、宿屋の亭主がのんびり屋気質を垣間見せる穏やかな笑顔を浮かべている。


「失礼、客人がお話をしたいと」


 そんな予定は無かった筈であったクリスは怪しんだが、亭主の背後にいる深く帽子を被ったみすぼらしい服装の老人が手を振ると、まさかと思い亭主に礼を言った。


「大した変装だな…ボス」

「そうだろう、得意中の得意だ…しかし、あの亭主はどうも不用心だな。金を渡されたくらいで君達のもとに案内してしまうとは」


 部屋に押し入り、服を脱ぎながらアルフレッドはクリスに言った。


「ボス、それよりも問題は――」

「みなまで言ってくれるな、殺人事件だろう。それも魔術師による犯行。おおよそ明後日に行われる調停の締結に影響してしまうのではないかと君たちは心配しているわけだ」


 シェリルの話を遮ったアルフレッドは推測を言いながら、持って来たトランクから服を引っ張り出して私服であるシャツやズボンに着替え、お気に入りのロングコートを部屋のコート掛けに掛けた。


「まさか…そこまで分かってるとは」


 クリスは驚いていたが、アルフレッドはその反応が見たかったと得意げに笑って見せる。


「それが分かる男がボスだからこそ、騎士団は今日まで栄えてきたのだよ。しかし、交渉の延期は考えていない。元はと言えば我々が提案をしたものだ。危うい目にも遭いながら使いを寄越し、ようやく漕ぎ着けた。それを「不都合が生じたので止めます」となってしまえば面目は丸つぶれ。下手をすれば怪しまれ、信頼を失う可能性だってある」

「ですが、このまま強行すれば町の人々は納得しない筈です。住民が魔術師の手によって殺されてる。穏健派がやったのではないという証拠が無い以上、素直に受け止められるわけが無い」

「ふむ、それが狙いだったのだろうな。調停の阻止…それが出来なくとも魔術師と人々との間にわだかまりを残せれば良いという事かもしれん、犯人にとっては」


 アルフレッドが計画に変更は無い事を伝えるが、シェリルは上手く行くはずがないと中止を促す。彼女の言い分の中に黒幕の動機があると、アルフレッドは推理を立てて椅子にもたれ掛かった。


「じゃあ簡単だ。犯人を何とかしてしまえば良い」


 思案に暮れていた二人に対してクリスが提案をする。


「ほう、詳しく聞かせてもらえるかな」


 興味深そうに尋ねて来るアルフレッドに、クリスは頷いてから説明を始めた。


「情報をわざとばら撒くんだ。いくつか嘘も交えてな。ボスが穏健派魔術師の集落をいつ訪れるのかやそれに俺達が同行する事を言いふらす。来訪する時間については適当に理由を付けて今夜だと嘘をつこう。犯人に考える猶予を与えさせないようにするんだ。そして俺だけが出発して奴らが襲ってきたところを返り討ちにする。過激派にとっては目の上のタンコブな組織のトップと、裏切り者の二人を同時に始末できるとあれば食いつかないわけがない」

「囮作戦か。話が上手すぎるって怪しまない様な間抜けだといいけどね。私は何をすればいい?」


 クリスが説明をするが、シェリルは遠回しに上手く行くはずがないと伝えた後に自分の出番の有無を尋ねて来る。


「ボスと一緒に残っててくれ。万が一の事もある。少なくとも俺なら死ぬ事は無いしな」

「…なるほど。何にせよ情報を広めるんでしょ?どうするの?」

「新聞屋、それと町のゴロツキを使おう」


 役割を伝えられた後に情報の拡散の手段を尋ねられたが、クリスは既に考えていたらしく、町にいる人間を使おうと言った。こうして、警備に置く兵士達の手配をアルフレッドに任せ、二人は町へ行って早速準備を始める。様々な場所に駆け込み、パブでもどこでも良いから情報を広めるように依頼を行う。そして、その日の夕方には「発生した事件の調査も兼ねて、騎士団の者達が魔術師の集落へ深夜に出向く」という情報が町に流れ始めた。


「意外と上手く行ったかな…不良共をどうやって説得したの?」


 馬車の手配が終わり、部屋で準備を進めるクリスにシェリルは尋ねてみた。


「大人の交渉術ってやつだ」


 「やらないなら昼間と同じ目に遭わせてやろうか」と脅した事を言うのは流石にマズいと、クリスは少し迷った後に答えた。絶対嘘をついているという確信を持ったシェリルは適当に返事をする。


「それよりどうだ?いかにも低賃金の雇われ御者って見た目だろう?」

「ああ…えーと、良く似合ってる」

「なんだか語弊があるな、その言い方は」


 初めての変装に少しはしゃぐクリスと、冷ややかに見ているシェリルの部屋にノックが響く。アルフレッドとディックであった。


「ディック!何でここに?」

「何か騎士団の人が出発するとか聞いたからさ。犯人を追うの?」


 シェリルが思わず聞くと、ディックが事情を喋りながらこちらを不思議そうに見た事にクリスは気づく。そして彼に近づいてから目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「ああ、そうだ。もう出発する」

「そっか…頼みがあるんだけど、良いかな?」


 ディックから唐突に言われたクリスは聞くだけ聞いてみようと彼に頼みとは何なのかを尋ねてみた。


「俺の父さんも、もしかしたら同じ奴らに殺されたのかもしれなくて…昼間死んでた二人と死に方が同じだったんだ。もし犯人を捕まえたら、絶対ぶちのめしてやってくれよ!」


 いきり立ってそう言ってくるディックに対して、クリスは少し頷いてから肩に手を置いた。


「証拠が無い事にはこちらも迂闊には手を出せないが、やるだけやってみよう。だが、もし犯人が分かれば…そいつには死んだ方がマシだと思える様な目に遭わせてやる。約束するさ」


 子供相手にこんな事を言って良いものなのかと躊躇ったが、結局クリスは自分の意思を伝えた。ディックがそれに対して礼を言ってからその場を去ると、アルフレッドも話を切り出してくる。


「さあ、囮になってくれる代役や馬車も準備を済ませてあるぞ。後は君だけだ」


 アルフレッドから仕度を急ぐように言われたクリスは、問題ないとだけ伝えて宿の外に出る。既に馬車にはクリスと共に囮になってくれる者が乗っているらしく、それを確認したクリスは御者席に乗って遂に出発をした。作戦の開始である。

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