第21話 バレなきゃセーフ

「例の実験についてですが、各地で生態系への異変やそれによる獣害が報告されています。大方は成功といった所でしょう…しかし、既に一部の地域では原因が特定され、対策が始まっているようです」


 魔術師の一人がネロの机の前で諜報班から受け取った報告の概要を説明した。彼に背を向けてコインを指で弾いていたネロは、なぜ原因が特定されたのかに興味を持つと椅子に座り直して報告書に目をやる。


「エイジス騎士団による協力で原因が特定された…か。クィランド村の付近だったな。騎士団の顔を確認した者はいるか?」

「ガーランドがいたそうです」


 ネロが対処にあたった騎士団の手先について聞こうとした時、そう来ると思っていた魔術師はすぐさまガーランドの名前を食い気味に出した。途端に少し動揺したネロだったが、すぐに笑って書類を机に置く。


「流石なもんだなあ。この実験については、しばらく様子を見ながらやっていこう。クリスの事だ、確実に俺がやった事に気づいてるはず」

「そんな簡単に気づかれるものでしょうか?」

「おおよそ魔物達を調べたはずだ。風土に似合わない個体が棲みついてるとなれば確実に怪しまれる。ましてやクリスは俺ほどでは無いが闇の力についても知っている」


 クリスについて憶測を語るネロに対して、部下の魔術師は珍しく奥手になろうとしているネロに対して疑問を漏らした。ネロは出来る限り分かりやすく説明しながらクランベリーのジュースを器に入れる。目の前にいる部下にも勧めてみたが断られた事に少し気を落とした。


「…俺が背後にいる事くらい、あいつは容易に想像できるだろう。彼が騎士団に入る前から行い始めた計画とはいえ、解き放つ魔物の種類を選ばなかったのは迂闊だった」


 そう言い切ってからジュースを飲み干し、適当に器を置いたネロは再び書類を手に取って流し読みを始める。部下の魔術師は少し不安げな表情をしていた。


「では、この実験は諦めると…?」

「そういわけじゃないさ。エイジス騎士団が拠点にしている街…レングートだっけか。あそこの物資の大半は他の地域に依存している。差し押さえるか、損失を与える事で勢力の弱体化も出来る筈。だが、今回の対応を見るにもう少し慎重にやっていくべきだろうな。他に情報は?」

「騎士団について何やら動きがあるそうです。詳しい事は諜報班が戻って来てからになりますが、とりあえず一言でも伝えておいてくれと頼まれました」


 報告が終わった部下が立ち去った後、忙しい現在の状況を嫌いつつもネロは諜報班の手土産の内容がどの様な物なのか想像を膨らませる。そして、何だかんだで面白くなりそうだという不穏な期待を抱いた。




 ――――雨が降りしきるレングートの街にて、重厚に佇むエイジス騎士団本部の談話室では暇を持て余したデルシン、グレッグ、シェリルの三人がポーカーに明け暮れていた。


「それじゃ、手札見せて」


 シェリルが促すと、グレッグとデルシンはほぼ同時にカードをテーブルに置いた。ツーペアであるグレッグに対して勝ち誇ったようにキングのスリーカードをデルシンは並べる。その直後、溜息交じりにシェリルはフルハウスが完成している自分の手札を見せた。


「五連勝」


 テーブルに置いてた数枚の紙幣を掴みながらシェリルは愛想の無い顔と声でそう言って、テーブルから立ち去ろうとする。


「お前絶対に何か仕組んでるだろ!」


 デルシンは思わず席を立ちながら叫んだ。


「してないよ、イカサマは。まあ日頃の行いの差かもね」

「騙されんぞ!さっきからスリーカードとフルハウスばかり!どんな善行積めばそうなるんだよ!しかも俺の手札が良い時に限って勝負を降りるじゃねえか!」


 シェリルは潔白である事を伝えたが納得してもらえるはずも無い。抗議の最後の部分に関しては言いがかりの様な気もしたが、この日のデルシンは諦めが悪かった。


「こうなったらボディチェックだ。グレッグ、シェリルを捕まえろ」


 デルシンの要望にグレッグは当然の如く困惑し、一度だけシェリルの様子を窺う。

シェリルがそんな二人を無視してどこかへ行こうとした時、外套を脱いでシャツだけになったクリスとメリッサが談話室へ入って来る。任務の報告を終えた後だった。


「妙に騒がしいが一体どうした?」


 クリスはテーブルのティースタンドにあるサンドイッチを一つ手に取って齧りながら尋ねる。ローストビーフが入っていた。


「このスケベ野郎、ポーカーに負けた腹いせに体を弄りたいんだって」

「誤解を招く様な事言うな、身の潔白を証明しろと言ってるだけだ」


 食い違う二人の意見を前に、クリスは面倒くさい事に首を突っ込んでしまったと首を横に振った。


「メリッサ、お前が調べれば良いんじゃないか?」

「え」


 クリスの提案にシェリルの顔が僅かに曇った。それもそうかとメリッサが近づいた時、心なしか舌打ちが聞こえたような気がする。


「…ん、何これ」


 服の袖に何かを見つけたらしいメリッサが取り出してみると、トランプが幾枚か出て来た。目を逸らすシェリルといやらしい笑みを浮かべて彼女に近づくデルシンを見ながら、楽しそうで何よりだとクリスはソファに寝っ転がる。


「おや~?記憶が正しければ確かさっき…日頃の行いがどうとか言ってた気がするがなあ」

「ハイハイ…全部返すよ」


 ニヤニヤして詰め寄るデルシンに、諦めたようにしょんぼりとしたシェリルが金を渡す。デルシンは快く受け取ってからグレッグとそれを分け合った。


「そういえばイゾウは?」

「新しい任務に行ったよ。違法薬物の取引がどうとかって」


 メリッサが足りないメンバーの行方について口にするとグレッグが本を閉じてそれに答えた。その時、足音とノックが聞こえたかと思えば、令状を持った兵士が一礼をして部屋に入って来た。


「失礼します!ガーランド様、上層部から指令が来ております」

「俺が?また?」


 興ざめした様にクリスが令状を受け取ると、一週間後に西方にある港町へ向かえと書かれている。穏健派の魔術師コミュニティとの接触にあたって仲介役となって欲しいという物であった。


「確かに、お前じゃなきゃ無理そうだな」


 後ろから覗き込んでいたデルシンが口を開いた。


「だが…今の俺を見てこれまで通り接してくれるとは限らない。過激派に比べればマシってだけだ。魔法を使えない奴らや騎士団を嫌っている魔術師がいないわけじゃないしな。シェリル…お前と組むように書いてある」

「そっか、最悪」


 デルシンに説明をした後、クリスが渡してきた令状を見たシェリルは一言だけ文句を言った。心外だと感じたクリスは訝しそうに彼女を見る。


「イゾウもだが俺の事そんなに嫌いか?」


 クリスの言葉に我に返ったのか、シェリルは首を横に振った。


「…違う違う、私個人の問題…武器の調整してくる」


 そう言い残して部屋を出て行ったシェリルを一同は不思議そうに見たが、すぐに気を取り直して任務中の出来事について語り合う事となった。

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