第17話 事実陳列罪
戻って来たメリッサ達の目に入ったのは、店の中にあったらしい武器や銃を握っている村人、そしてなぜか彼らと一緒に隠れている青年達であった。
「…何だよ?仕事終わったから隠れてる。悪い?」
バツが悪そうに言ってテーブルの陰から青年は姿を現した。
「なら手伝ってくれても良かったでしょ?楽な仕事じゃなかったんだから…」
「ご主人様に向かってそんな口の利き方しないでくれる?アバズレ風情が」
「そうそう。ていうか騎士団の使命って弱者を守る事でしょ?私達が手を貸す必要無くない?せいぜい頑張って。それとそのきったない姿で近寄らないで。ただでさえ辛気臭い服してるのに汚物みたいな匂いするのよ、あなた…この間も見たけど、騎士団の連中ってそんな服着て仕事しないといけないの?」
呆れたらしいメリッサが苦言を漏らそうとしたが、それを遮る様に取り巻き達が口々に彼女を罵った。
「はあ?大人しくしてれば付けあがってんじゃないわよ×××共!!その××野郎の×××でも一生舐めてろ××女!大体あんたらみたいな×××××――――」
「おい…おいこら、よせ…やめとけ…」
騎士団がバカにされた事についてか、自分が臭いと言われたことのどちらが癪に障ったのか分からないが、淑女の使って良いものではない言葉で怒鳴りながら詰め寄ろうとするメリッサを抑えてクリスは面倒くさそうに宥める羽目になった。
「ご主人様~あの野蛮人が怖いです~」
「まあ止めなよ。ほら、そこの君も怖い顔しないでくれる?」
そんな風に取り巻きが青年に甘えると、彼はメリッサに対して落ち着く様に言った。すると村人のある発言がその場の流れを変える切っ掛けとなってしまった。
「クリスさん。奴らあんな事言ってますけど、守るどころか見張りすらこれっぽっちもしてくれませんでしたよ。真っ先にテーブルに隠れやがったんです!」
銃を持っていた村人がそう言うと、彼に続いて言われてみれば確かにそうだなと他の者達も頷いて同意し始めた。
「それはホントか?態度をとやかく言うつもりは無いが、金を貰うのならせめて仕事はしろ」
「『依頼はハーピィの巣の駆除』でしょ?わざわざ村人を助ける義理も無いよ。金をくれれば良い、それだけ」
青年の発言に村人たちの大半は険しい表情で反応し、村長も少々ショックを受けている様子だった。
「死者が出る可能性もあったんだ。今後のため…不必要な犠牲を避けるためにも協力をしてくれないか?」
「あんたが村人を守りたいのと同じ。俺だって仲間が不必要に巻き込まれるのを心配してるんだよ、分かる?」
クリスが説得を試みるも、青年はまるで相手にしてくれなかった。どんどん不穏な空気になっていたが、なぜか取り巻き達だけは自分達のもとへ戻って来た青年を尊敬する様な目で見ている。
「あいつらは…あのクソ野郎のどこを見たらあんな顔が出来るんだ?」
小声でクリスはメリッサに聞いた。
「『金にがめつくて冷酷だけど、仲間の事は大事にするご主人様素敵』とでも思ってんでしょ。あの××――」
「それ以上はやめとけ」
まだ根に持っているのかメリッサは女の勘とやらで考察しつつ、罵倒をしようとしたがクリスに阻止された。しかし、流石に良い気分がしなかったのかクリスは青年に対して、ふと出来心が湧いた。
「誰に嫌われようとも仲間だけは大事にしたいのか、立派だな…心の底から尊敬する」
クリスの言葉に反応した青年は意外そうに振り返った。周囲も突然どうしたのかと物珍しそうに見ている。
「へぇ、あんたもそんなお世辞が言えるんだ」
「お世辞じゃない。本当さ…酒場で殴られて無様に怯えてるのを助けてくれない奴らなんざ、俺なら守ってやろうとは思わないからな」
それだけは言ってほしくなかったらしく、急に黙り込んだ青年を余所に村人たちは彼らが会った際の妙な緊張感の原因を把握した。
「おい、それ以上言うな…!」
事情を知らない村の人々に知って欲しくなかったのか、青年は怒り心頭に詰め寄って来る。しかしクリスはその口を止めるつもりなど無かった。
「良く覚えてるぜ?勝手に因縁吹っ掛けて、銃や剣まで使いはじめたのに、手も足も出ずに顔面が血だらけになるわ挙句気を失うわ…取り巻き達もピーピー喚いてたくせにお前を引き摺りながら店を出て行ってたな。あの後はどうした?愛しの仲間とやらがキスで治してくれたか?」
捲し立てていると、段々村人たちもその内容が気になりだしたらしく青年の顔と喋るクリスを交互に見ながら話に聞き入っていた。
「クソッ…もういい!」
周りからの視線に耐えられなかったのか、とうとう我慢できなくなった青年は足音を響かせながら店を出ていく。取り巻き達もこちらを睨んだ後に彼を追いかけた。
「ざまあ見ろって思えた点は感謝するけど…過去の事は水に流そうって言ってなかった?」
嵐が収まったように静かになると、メリッサはクリスの隣でお礼を言いつつも過去の発言との矛盾を指摘した。
「もう少し協力してくれれば考えたんだが…反省してない様なんで懲らしめたくなった。東洋でいう所の『お灸を据える』ってやつだ」
クリスはそう言ってから気まずい空気になった事を村人たちに謝罪し、すぐに人材や物資の支援が行えないかを電報で尋ねると伝える。村人たちも若干積もっていた鬱憤が晴れたらしいのか、どことなく気分よさげに方針決めを手伝う。そうして一通り話が終わると、全員で早速準備に取り掛かった。
――――騎士団からの支援は想定上に早いものであった。この村を始めとした周辺一帯が農業地として重要であった事も功を奏してか、ハーピィの生態を良く知る生物学者や村や近辺の見張りを行う兵士、そして食料が迅速に支給された事で村の人々も飢えに苦しまないで済んだと大いに喜んだ。
そして調査を行う当日の明朝、村に見張りを残してからクリスとメリッサが率いる小規模の調査団が村の中央に集合して目的地である森に向けて出発をした。
「ねえねえ。デルシンから話を聞いてたんだけど…ほら、ホグドラムの怪物って伝説。何であんな戦いを起こしたの?」
進行している最中、メリッサが不意に尋ねて来た。
「いきなりどうした。今は仕事に集中だ」
「ケチ。この後死ぬかもしれないんだから教えてくれたって良いでしょ」
クリスが答えるつもりは無さそうに言うと、渋い顔でメリッサは縁起でもない文句を垂れる。仕方なくクリスはいきさつを簡単に語った。
「何でも無い。ただの規模がデカい弔い戦だ。ホグドラム付近は当時、休戦協定を設けてたんだ。互いに損害が激しくてな…だが、それを人間側に破られた。その結果魔術師の集落を一つ焼かれてな。あまり人付き合いが多い方じゃなかったが、そこに住んでいた数少ないの友人の家族が、命がけで知らせてくれたんだ。とても良くしてくれて、世話になっていた。そこからはまあ…怒りに任せた」
「仇討ちって事ね…」
森に入りながらも敬意を話し、メリッサもそれを興味深そうに聞き続ける。
「まあ、今となってはその友人も死んでいるがな」
全てを失ったあの日、拷問によって殺された同僚を思い出しながらクリスはその言葉で話を締める。メリッサは気まずそうに謝った後に話題を変えた。そしてしばらく歩いていると、目撃証言のあった森の開けた部分へ辿り着く。
「聞いた話じゃ、確かこの辺りです…妙だな。何だか焦げ臭い」
「…どけ!」
村人が違和感に気付きつつクリスに話しかけたその時、クリスはいきなり彼を突き飛ばした。直後、疾風の如く現れた大きな影が彼の腹に噛みつき、そのまま上空へ連れ去っていく。
「ハーピィクイーンか!!」
同行していた生物学者が声を上げる。兵士や村人たちが攻撃をしようとするが、メリッサがそれを中断させた。あの程度では死なないという事を、彼女は分かっていた。
「お前…せめて…頭をいくべきだったな…」
苦し紛れにクリスはクイーンに言いながら銃口を押し付け、そして全弾を叩きこむ。悲鳴を上げる間もなくハーピィクイーンは墜落し、それに伴ってクリスも木にぶつかりながら芝の上に叩きつけられた。鈍い衝撃が全身を打ちのめし、少しの間動けなくなったが当然のように体はいつも通りに戻った。
「クリスさん!大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だ」
「うわあ!」
心配そうに駆け寄って来た村人だったが、クリスが平気そうに起き上がると素っ頓狂な声を上げて驚いた。そのまま違う地点に落下しているハーピィクイーンのもとへ行くと、生物学者が調べている真っ最中であった。
「珍しい。まさかハーピィの突然変異体をこんな所でお目に掛かれるとは…!」
「そんなに凄いの?」
感激して慎重に観察をする生物学者にメリッサは尋ねた。
「ええ。ハーピィというのは大変燃費が悪い生き物でしてね。特徴である悪食もそのせいなのです。大半はあの姿のまま短い命を終えるんですが…ごく稀に十分な栄養を蓄えた個体が成長し、この”クイーン”と呼ばれる変異体が誕生するという訳です」
「…幸い、餌なら豊富にあっただろうしな」
「襲ってきたという事は縄張りや巣が近い証拠。この辺りを探してみましょう」
説明に対してクリスが納得をすると、生物学者は巣は決して遠くない事を悟っていた。しばらく周囲を探し続けていると、兵士の一人が周りの者達を大声で呼び始めた。駆け寄ってみると、森の岩陰の付近にはハーピィ達の焼け焦げた死体が散乱し、巣の材料に使ったと思われる焦げた枝なども散らばっている。
「これって…!」
「ふむ、人為的に行われた物ですね…ハーピィはエネルギーの消費を避けたいがために地上に巣を作る上、眠る際も大変熟睡します。体に外傷がある…寝ている所に火を放たれ、パニックになっている内に殺されたのでしょう。費用は掛かるし、卑怯ではありますが有効的な手です。手慣れた者がやっているのは明らか、だが…」
驚くメリッサに生物学者は至極冷静に解説を入れて来た。ふと例の青年が居ない事を思い出した調査団の面々は、手柄を取りたいがために彼が行ったのだと悟る。一方で面倒とはいえ比較的安全に達成できるこの仕事を、なぜ他の傭兵たちが途中でやめて逃げ出したのかが理解できないと不思議に思う者もいた。
「何にせよ解決か。あの野郎に金を払うのは何か嫌だが…仕事をしてくれたのなら仕方ない」
「その傭兵とやらは、もしかしたら村に戻ってるのかも…」
村人と兵士達は安心した様に話していたが、クリスとメリッサ、そして生物学者だけは険しい表情をしたままであった。
「どうかしましたか?」
「…妙だな」
兵士の一人が不思議そうに聞くと、クリスはそう呟いた。
「分かりますかガーランド殿。先ほど言った通り出来る事ならムダな体力を使いたくないというのがハーピィの基本的な生態。巣も洞窟など目立たない場所に作る。この大きな岩陰は確かに見えづらい場所ですし、努力はしてるようですが…こんな人間の目に付く様な場所に住処を設けるなどあり得ない」
「じゃあ何で?」
疑問を抱いている生物学者にメリッサはどことなく嫌な予感を感じつつも尋ねた。
「悪食なハーピィにとって、この辺りの森は餌に困るような場所では無い筈。動物もいるし、植物もある…そうか…そういえばハーピィはその体臭によって敵に気づかれてしまい、逆に殺されるという事があります。その大半は食事の最中などに起きているそうです。つまり彼らはこのような場所に巣を作り、リスクがあるにも拘わらず人里を襲う他無かった…!」
生物学者は自身の抱く違和感とそれによる推測を、メリッサを始めとした周囲の者に分かりやすく説明をする。そしてある結論にたどり着いた。
「つまりこいつらは…」
「ええ、元の住処を追い出されたのでしょう…より強い敵によって」
戸惑う村人に対して生物学者が結論を言った直後、クリスは洞穴の話を思い出した。
「洞穴を見たという奴がいたな。誰か中を確認した者はいるか?」
尋ねてみたが、当然誰も首を縦には振らなかった。場所を案内され、洞穴へ向かった後クリスは神経を研ぎ澄ませた。魔術師が体得する基本的な技能の一つであり、激しい動きが出来なくなる代わりに聴覚や視覚がより敏感なものとなる。青筋を立て、人の者とは思えない程に目を変貌させながら周囲を確認するクリスに、一同は少し怖さを感じつつも彼も見守った。
クリスは様々な方向から生き物の動く気配や音を感じ取り続ける。枯れた枝を踏みしめる音、木々が揺れるざわめき、洞穴から聞こえる風の音や何かが這う音に悲鳴…悲鳴?
「やっぱりか…俺が戻って来なかったら、或いは異変が起きたら全員を連れてすぐに逃げろ。良いな?」
「あっ、ちょっと――!」
何か良からぬ気配を感じ取ったクリスはメリッサに早口で指示を出し、彼女の返事も待たずに洞穴へ飛び込んで行く。メリッサを始めとした調査団の者達はその場で呆然と見送るしかなかった。
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