三章:蠢く影

第16話 ダックハント

 二日後、駅に到着したクリス達は装備を点検して異常が無いのを確認した。ふと彼が新しい装備の様子を見ている事に気づいたメリッサは、背後に回り込んでそれを眺める。


「ブラスナックルじゃないのね。それは?」

「ビリーが作ったらしい。ブラスナックルよりも便利だろうから使ってくれとさ」


 新しい装備を身に付けながらクリスは事のあらましを語る。ガントレットとはいえ非常に引き締まった見た目をしており、どちらかといえばグローブに近いものであった。ポールから譲り受けた拳銃も腰にぶら下げると、クリスはメリッサを連れて蒸し暑さに耐えつつ目的地である村に向かう。


 のどかな空気の漂う村は畑や森林に囲まれていた。息を吸うと、澄んだ空気と共に肥料や家畜の糞の匂いが僅かに鼻をくすぐる。麦や野菜の栽培を生業としている人々が多いらしく、この国における食料の自給に一役買っている地域であると言えた。


「ようこそ、おいでくださいました」


 温和さが顔に出ている人当たりの良い老人がクリス達を出迎えた。どうやらこの村の村長らしい。


「クリス・ガーランドだ」

「メリッサ・フランクリンです」


 二人と握手をした後、立ち話も悪いという事で付近にある村唯一の食堂に通された。簡素な造りの店の中で、村長はパンや牛乳を出して軽くもてなす。


「ハーピィの巣の駆除が以来だと聞きました。状況を詳しく教えていただけませんか?」


 せっかくだからと貪るクリスを余所に、メリッサはどういった経緯があるのかを尋ねる。村長も要求に快く応じて話を開始した。


「やつらが現れたのは最近の事でして…群れで襲い掛かって来ては作物を食い荒らし、家畜を容赦なく殺していくのです。おまけにやつらが撒き散らす唾液、吐しゃ物、糞尿…あの悪臭が無事な作物に染みついてしまい、商売道具にならないといった事もしょっちゅうです…遂には女子供が攫われるという事態も起きている」


 村長が事のいきさつを話すと、クリスも村の農業の窮地に同情した。


「ハーピィの汚物は魔物除けにも使われるというからな。その臭いが食い物に付いたとあれば買い手が現れるはずもない。巣の場所は分かるのか?」

「飛んできた方向から崖の麓にある森の中かと…それに、近くまで訪れていた木こりたちが何かの巣と思われる洞穴も見つけています。引き受けてくださるのですか?」


 ハーピィの汚物の凄まじさを語りながらクリスは巣の所在を問うた。村長は自身の心当たりをひとしきり述べ、協力をしてくれるかどうかを改めて伺う。


「まずは調査から入る必要がありますね。そこから対策を講じた上で駆除を行いましょう…いずれにせよ、我々も協力させていただきます!」


 メリッサは段取りを軽く説明したうえで、威勢よく依頼を引き受けると伝えた。その場にいた村長を含める村の重役達は軽く歓喜して、改めて二人と握手をする。


「出来るかどうかは分からんが、必要な人材を寄越すように頼んでみよう。この辺りに電報を使える場所は無いか?」

「有難い!それなら駅の近くにある郵便局へ行くと良い。しかし村長、騎士団の方が協力してくれるんなら例の賞金稼ぎ達に依頼をする必要も無かったんじゃないですかね?」


 連絡手段を尋ねてきたクリスに村人は快く場所を教えてくれたが、それと同時に他の助っ人について言及した。


「他にも手伝いが来るのか?」

「私が指示をしたのです。人手が多いに越した事はありませんから…そろそろ来る頃だと思うのですが」


 疑問に思っていたクリスに村長が説明をしていた時、食堂の入り口から声が聞こえて来た。どこかで聞いた若い声である。


「どうも、村長がいるって聞いたけど?」


 そう切り出しながら以前酒場で叩きのめされていた青年が、懲りて無さそうな態度で女を侍らせながら店に入って来る。


「ああ、私です。それとこちらは騎士団のお二方。協力をしてくださるそうです」

「よお」


 村長から紹介を受け、挨拶をしながら振り返ったクリスの顔を見た青年達は一気に強張った。取り巻き達が自然と震える足で後ろに下がろうとまでしている。


「何だ、お前だったのか」

「知り合い?」

「ちょっとした顔馴染みだ」


 関係を尋ねたメリッサにクリスが軽く答えながら近づくと、青年の取り巻きはすぐにその場を離れた。


「何でお前がここに…お前のせいで俺は…!」


 青年の声には恐怖や恨みが滲み出ていたが、クリスはどうでも良いという風に彼の肩を叩く。


「同じ仕事をするんだ、過去のいざこざは無しにしよう。ついでに逆恨みって言葉を辞書で引いとくといい」


 揶揄うようにクリスが話しかけていた直後、見張りをしていたらしい村の男が息を切らしながら店へ駈け込んで来た。ハーピィが群れを成してこちらへ向かっているらしく、残り少ない家畜が殺される事を彼は危惧していた。


「メリッサ、行くぞ。お前は村人が外に出ないように見張っておけ」


 クリスは捨て台詞の様に指示を出してメリッサを連れ出すと周囲を見回し、見晴らしの良さそうな場所に彼女を待機させてから、両手に新品の拳銃を携えた。遠くの方から空で翼をはためかせて近づいて来る複数の影が見える。その年老いた老人のようにたるんだ皮膚や口に生えている牙、ザクロの様な赤さをしている眼は間違いなくハーピィであった。


「そ~ら来たぞ」


 一言呟いたクリスは深呼吸をして集中し、宣戦布告と言わんばかりに弾丸を一発放った。弾丸は先頭を行っていた個体の頭を貫き、そのまま後ろにいるハーピィも巻き添えを喰らった。二体ほどが力なく墜落していくのを見届けた後に、わざと両腕を広げて自分がいる事をアピールすると、仲間を殺されたことに怒り狂ったハーピィが猛然と射程距離に飛び込んでくる。


 屋根の上にある煙突の陰にいたメリッサも銃声を皮切りに射撃を開始した。ライフルで照準を定め、一発撃つたびにハーピィが悲鳴を上げて落ちていく。すかさずレバーを動かして装弾を行うと再び同じように撃ち落とした。


 迎撃を行う最中、弾切れに気づいたクリスは悠長にシリンダーから排莢を行ってリロードをするが、背後に回り込んだハーピィがそのまま不意打ちしようと突っ込んできた。弾を装填し終わった瞬間、飛び掛かって来たハーピィに向かって裏拳を叩きこむとハーピィは大きく吹き飛ばされ、砕かれた顎を痙攣させながら地面に転がった。当然、胴体を足で抑えつけてすかさず銃でトドメを刺す。そして引き続き向かって来る敵を片っ端から撃ち殺した。


 そうこうしている内にハーピィ達もこれ以上は危険だと判断したのか、元来た方向へ急いで飛び去って行く。


「ひとまず…撃退?」

「まだ油断はしない事だ。休憩はするがな」


 周囲を警戒しつつも戦いが終わった事に安堵しているメリッサに対して、銃に弾を込め直してホルスターに仕舞ってからクリスは言った。辺りにはハーピィの死体が散乱し、当然の如く強烈な異臭を放つ。山羊のチーズや腐った果実が混ざった様な強烈な物であった。


「吐き気がしてきた」

「掃除が必要ねこれ…それよりさ」


 臭いに若干悶絶していた二人だったが、不意にメリッサがどうにか笑顔を浮かべながら手の平をこちらにかざしてくる。


「…何だ?」

「何って…ハイタッチ?」


 不思議そうに聞いてくるメリッサに戸惑いつつも、クリスが恐る恐る手をかざすと強めの勢いでメリッサが嬉しそうに彼の手の平を叩いた。


「悪くない」


 軽い足取りで村長達のもとへ戻るメリッサの後ろで、クリスは叩かれた感触の残る手を見つめる。そして僅かに笑みを浮かべてそう言った。

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