第14話 人権屋にご用心 その③

 ウォッチホーク社の社屋に一足先に着いたイゾウ達は、受付嬢や警備員の制止も聞かずにオフィスへと乗り込む。輪転印刷機やらが並んでいる部屋をすり抜けていくと、妙に慌てふためいている髭の男が奥の事務室にいた。


「こ、これはこれは。騎士団の方だとお見受けしますが…失礼しました。私、代表取締役をさせていただいておりますエイブリーと申す者です。本日はどのようなご用件で?出来る事ならば事前に連絡をしていただけたら良かったのですが」

「事前に連絡しておけば、手厚くもてなしてくれたか?御託は良い。我々が来た理由は分かってるだろう?」


 わざとらしくエイブリーがへりくだった態度で挨拶をするが、イゾウはどうでも良いと話を遮った。ふと見ると、詰めかけの荷物や急いで取り出したかのような書類や小切手が散らばっている。


「何を仰いますやら。てんで見当が付かない」

「必死に荷物をかき集めて、逃げ出そうとしている奴が言って良い言葉じゃないな。そこにいる魔術師から話を聞いた。記事に出来る物が無いなら自分達で作ってしまえば良いというわけか…大したジャーナリズムだな」


 二人が問答を繰り広げる最中、シェリルは背後で動く社員たちの存在を感じ取る。どうやら警備を呼ぼうとしてるらしく、一人が外へ出て行った後に二人を逃がさないようにとドアに鍵をかけた。急ぎたい所だったがエイブリーはあくまでも白を切るつもりらしかった。


「そちらのお嬢さんですかな?そんな者は知りませんよ…さ、御用はそれだけですかな?でしたら今すぐにお引き取り願いたい。これから私は仕事の予定が入ってるのでね」

「こんな落ち目の新聞屋の癖に仕事の予定か。高飛びの準備の間違いだろ?」


 一歩も譲ろうとせずに言い合いが続いている時、鍵が掛かったドアのノブがせわしく回される。変に思った一人がドアに近づいた直後、何者かによって蝶番ごと蹴り壊されたドアが吹き飛んできた。躱す事も出来ずに社員に叩きつけられると、押し倒されるように壊れたドアの下敷きになってしまう。


「どうも失礼」


 倒れている社員に圧し掛かっているドアを踏み越えて部屋に入ったクリスは、周囲で自分やイゾウ達を睨みつける社員を見ながら状況が思いの外良くないという事を把握した。


「ど、どいつもこいつも礼儀という奴を知らんのか!警備は何をしてる!」

「聞き分けの良い奴ばかりだったよ。軽く説得したら大人しくしてくれた」


 クリスはそうやってリラックスした様に歩き出し、仲間達の背後に辿り着く。その頃、遅れて到着した騎士団の兵士達はへし折られた警棒や、その傍らで伸びている警備員達を見つけて誰がやったのかを察し、恐ろしい人物が味方に付いたものだと心の内で戦慄していた。


「まあ本題に入るが…騒いでた連中から面白い話を聞いてな。何でも金をやるから一仕事してほしいと頼まれたからやったそうだ。内容は簡単、差別主義者が経営しているとレッテルを張られた店の前で暴れるだけ。どこのどいつに頼まれたんだと聞いた所、偶然にもこの会社の名前が出て来た。関与が疑われる以上、調べる必要がある。騎士団にはその権利があるってのは御存知だろう」


 事のあらましを喋りながら近づいて来るクリスだったが、身の危険を感じたらしいエイブリーが付近に飾っていた散弾銃を手に取ると、少し警戒しているのか足を止めた。


「チッ、腐れ魔術師め。金を貰った癖に裏切りやがって!」


 銃をクリスに付きつけながらエイブリーはイゾウの背後にいる女性魔術師を怒鳴りつけた。


「お前が親玉ってわけだ。さしずめ、自社新聞への注目欲しさって所か」

「ああその通りだとも。偽善者どもはこういうネタが大好きだからな。俺が雇ったのなんてほんの数人。後は全て、この街の能無しどもが勝手に暴れてくれただけの事よ」

「認めたようなもんだな。教唆ってのは立派な犯罪だぞ」


 クリスを人質に出来たと分かった途端、強気な姿勢で開き直るエイブリーであった。壊されたドアから兵士達が入ろうとすると、人質を取っていると叫んで逃走用の馬車を用意するように言った。


「俺なんかより他を人質に取った方が良かったんじゃないか?」

「黙れ。今や貴様の命なんぞ、指一本で終わらせられる事を忘れるな!」


 エイブリーから銃口で小突かれて歩くよう言われたクリスは仕方なく背を向けた。しかし、その直後にクリスは頓珍漢な質問をぶつけ、それに対してエイブリーは激昂しながら言い返した。


「じゃあ…試してみよう」


 そう言った瞬間、クリスは全員に身を屈めて隠れるように言うと後ろを振り返ってエイブリーのもとへ歩き出した。たまらずエイブリーが引き金を引くと、銃口から無数の散弾が放たれた。喉や胴体を極小の弾丸によって穴だらけになるがお構いなしに突き進んでくる。そんな彼に恐怖を覚えたエイブリーは、必死に後退しながら次は頭を目掛けて弾を発射した。


 強烈な衝撃が頭部を襲い、肉が抉れ、顔中に刺さる様な痛みが広がるのをクリスは感じた。一瞬動きが弱まったのを見たエイブリーは、ようやく死ぬのかと淡い期待を抱く。人殺しという禁忌に踏み込んだにもかかわらず、安堵が訪れようとしているというのは異常という他なかったが、一発とはいえ散弾銃による射撃で仕留められなかったという恐怖と焦りが躊躇を忘れさせたのである。


 だが相手は人という範疇にある者では無かった。ボロボロに、そして血だらけになった頭を揺らしつつクリスは歩みを再開し、たまらず脇から逃げようとしたエイブリーの肩を掴んだ。そのまま無理矢理引き戻し、逃げられないように首を捕まえると生々しく再生していく自分の顔を見せつけながら静かに語り掛けた。


「ダメだったな」


 上手く声が出せないせいか、しゃがれた声で発せられたクリスの言葉を聞いた後、エイブリーは失禁して気を失った。

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