第8話 赦しの懇願
「それが原因だったの…?」
「ああ」
絶句していたキャシーはどうやら言葉を上手く見つけられなかったらしく、再び聞き返してしまった。それに対してクリスはポケットから出していた弾丸を指先で弄りながら、呑気に答えて見せる。
「その後は、俺も殺された家族たちと同じ目にあわされた。最後には馬を使ってあちこち引きずり回され、捨てられた。『せいぜい楽しく暮らせ』と言われたよ」
「…復讐は考えなかった?」
「勿論、したさ」
弾丸を指で弾いてはキャッチをしていたクリスだったが、復讐をしたのかという彼女の問いに手を止めてから即答した。
「追放をされてから暫く放浪の旅を続けていた時に、俺の事が不安で様子を見に来たって魔術師達から聞かされたんだ。あの処罰を提案したのが他でもないヨハネス・クラークだった事や、宥め役だった俺やその家族がいなくなったせいで、奴が好き放題やり始めてるとな。言っちゃ悪いが、大義名分ってのは本当に素晴らしいものだと思えた。耳障りの良い言葉で他人や自分の思考にさえ本心を誤魔化せるんだからな。元々人間達が作る武器に興味を持っていたもんで、すぐに調べ上げて知人から弾丸をこしらえて貰った」
そこまで言ったクリスは弾丸弄りに飽きたらしく、体熱ですっかり温くなってしまった弾丸をポケットに戻した。
「行動に起こしたのはすぐだった。魔術師達の会合を終え、帰路に就こうとしていたあいつを襲ってありったけぶち込んでやったよ。『てめえの出世のために俺の家族を犠牲にしやがって』とそれらしい事を言ってな。今にしてみれば、実際はただの私怨だ。魔術師達の中にはあいつの死を喜んだ連中もいるそうだが、結果として俺はますます元の生活には戻れなくなった」
「…魔法を使わなかったのは?」
「罰の一環によるものだ。魔術師が魔法を使えるようになるためには、「ホープ因子」と呼ばれる物質を赤ん坊のころから植え付けるのは知っているだろう?それによって魔力への耐性を強めた後に悪魔と契約を結ぶことで晴れて魔術師になる資格が与えられる。魔法は、悪魔がホープ因子を経由させて貸し与えてくれている力だ。肉体に宿るホープ因子が無くなってしまえば契約は無効…俺は中和剤によって肉体に宿っていた因子を全て除去されたんだ」
復讐までの顛末を話し、自分が与えられた罰について語っているとデルシンが現れた。銃を使わせてほしいとねだる子供達から、クリスに唆されたと聞いたらしく疲れを見せながらクリスを呼んでいる。
「お取込み中の所悪いが、クリス!お前子供達に何を吹き込んだんだ!」
「後で行く。だから時間を稼いでてくれ」
「お、お前なあ…!」
クリスにあしらわれたデルシンは服の裾を引っ張って来る子供たちに対して、銃の危険性を必死に説きながら渋々外へと出て行った。
「…まあ、そういう事だ。ヨハネスは殺したが結局何も変わらなかった。魔術師達は今と同じように騒いでは暴れるだけ…人間もそれにやり返して何度も同じことを繰り返す。そういうしがらみから逃れたくて、自分に良くしてくれた村に一人で住んでたんだがな。騎士団の熱意に負けたって所だ」
クリスそうは言ってからふうと一息ついて部屋の中を少し歩いた。部屋の隅の床に紙屑が残っていたらしく、それを拾ってから広げてみる。使うクレヨンの色を間違えたのか、書きかけで終わっているその作品には大勢の人々が笑顔で遊んでいる姿が描かれていた。
「ほら」
広げた絵をキャシーに見せると、彼女も微笑ましそうに受け取ってそれを眺めた。
「今となっては同郷の人間と話をする事なんてそうそう無いからな。喋り過ぎた…捕まった暴徒達と同じ言い分になってしまうが、俺の取った行動に悪気があったわけじゃない事だけは言っておく。懺悔代わりだ」
「…他の連中はどうだか分からないけど、少なくとも私にあなたを責める資格は無い。命も助けてもらったしね。これからあなたが何をするのかは分からないけど、良い方向に動いてくれる事は祈っておく。でも気を付けて…既にあなたの情報が行き渡っててもおかしくないわよ」
言葉を交わしてから彼女と別れて外に出てみると、デルシンが入り口の近くで座り込んで待っている。
「子供達はどうした?」
「『将来騎士団に来ればいくらでも撃たせてやる』と言ってキャンディをあげた。ちょろいもんだ」
そろそろ帰る時間だとデルシンに伝えられたクリスは、付近の兵士から預けていた荷物を受け取って駅へ向かい出す。
「どの道この辺りには騎士団の駐在所を作る予定があってな。必要性が改めて分かったわけだ」
数日前に来た道を戻りながらデルシンは今後の組織の予定をクリスに語る。よそ見をしながら聞いていたクリスは、付近に埋もれていた石に足を取られて躓きかけてしまう。
「おっと、気を付けろよ。あんたも初仕事にしては上出来だったよ。流石は歴戦の猛者…まあ、外套を焦がしたことに対する言い訳は考えといた方が良いかもな。仕立て屋のおばさん、ああ見えて怖いんだぜ?」
「覚悟しとくよ」
音を立てて砂利道を歩く二人は、他愛もない雑談で暇を紛らわせながら本部へと戻って行った。
――――国のどこかに存在する魔術師達の本拠地の砦では火、水、風、そして大地を象徴するそれぞれのレリーフが刻まれた石造りの椅子に座り、険しい表情で頬杖をついているギルガルドという名を持つ老人の姿があった。緊張のあまり震えながら話す下級魔術師の報告が、お世辞にも朗報とは言えない物であったことも拍車をかけていた。
「奴が寝返ったと…」
「はっ…ま、間違いありません!かのクリス・ガーランドが忌々しいあの紺色の装束を身に纏い、かつての同胞をいたぶっている姿を…確かにこの目で見ました!」
老人の隣で凛々しく立っていたネロという名の男は、老人に一礼をしてから跪いている下級魔術師の元へ近づいていく。そして静かに語り掛けた。
「君は、何をしていたのかな?」
「え…あの…それは…」
「魔術師は同胞の死を背負って生きていかなければならない。弔ってやり、時には仇を討つ覚悟を持て…教わったはずだろう。殺された仲間のために、一矢報いてやろうとすら思わなかったのか?…首の一つも持って帰らず、情報を渡せば許してもらえると…本気で思っていたのか?」
ネロに責められているこの下級魔術師、実は今回が初陣だった。しかし自分達を襲撃してきたクリスと自身の仲間達による戦いの最中、彼は頭を上げず、標的にされない事を祈りながら必死に隠れていた。彼は見てしまったのである。いかなる攻撃にも怯む様子を見せず、淡々と引き金を引いて息をするかのように仲間達を死に追いやるその姿を。
彼の前に飛び出した者や、攻撃をしたものから順に悲鳴を上げて殺されていくその姿をこっそりと見てしまった。顔を吹き飛ばされようが、氷や岩でズタズタに斬り付けられようが相手に死を宣告していくその男には、今まで味わったことのない不気味さがあった。攻撃をすることがむしろ自分の位置を知らせている様なものだと考え、忍び寄って接近戦を仕掛ける者もいたが、すぐに取り押さえられた後にこの世に別れを告げる羽目になった。そんな男の靴の音が遠ざかる瞬間を見計らい、彼は必死に逃げ帰って来たのであった。
「遊びをしよう」
唐突にネロが提案をしてくる。
「あそこにある出入口…そこへ行って扉に触るんだ。私は君を追いかけて始末しようとするが、どんな手段を使ってでも扉に触る事が出来ればもう一度チャンスを与える。その間に私に倒されれば終わり…今から五秒後に私は動くとする。時間が経つまでは何もしない」
「へ?」
「一、二、三…」
答えを待たずに数え始めたネロの声に反応して、下級魔術師は慌てて立ち上がると、脇目も振らずに走り出した。これでも訓練をしている頃から体力には自信はあった。どんな手段も使えと言われた事から、最悪の場合はネロに向かって攻撃をする事さえも覚悟して、ライターを取り出している。いつでも来いと思いながら様子を見るために、僅かな間だけ後方へ視線をやった直後にそれは起こった。
「度胸も逃げ足も三流以下だな」
そんな声が聞こえた瞬間、腹に何か砲丸がぶつけられたような重い痛みが走った。周囲の目に写っていたのは、下級魔術師の腹に向かってどこからともなく現れたネロが、腰を低く落とした体勢で肘打ちを決めている様子であった。ネロはそのまま、苦しさや痛みで倒れてのたうち回る下級魔術師の首を掴む。
「躊躇いなく逃げようとするお前の判断にガッカリだよ。そんな腰抜けはいらん」
「そこまでだネロ」
ネロが手のひらに黒い謎の物質を発現させてトドメを刺そうとした瞬間、老人は彼に向かって言い放った。
「しかし…」
「聞いた話では新人だ。初陣であれば、多少の緊張から失態を侵してしまう事も少なくはない。ましてや相手がクリス・ガーランドであれば猶更だ…若き魔術師よ、次は期待しておるぞ」
「ゲホッ…あ、ありがとうございます!!」
こうしてギルガルドから許しを得た下級魔術師は、頭を地に付け、咳き込みながら何度もお礼を言い続けた後に衛兵に連れられてその場から去った。
「相変わらず甘い人だ…あのような馬鹿は何度も同じ過ちを繰り返しますよ。腐った林檎は早めに取り除くべきです。他の物を腐らせてしまう前に」
「指導や教育で改善してやれば良い。わざとでないのなら過剰な罰は逆効果だ。しかし、”闇”を使うとは随分と張り切ったな」
「私に立ち向かおうとすれば手加減はしてやるつもりでしたよ…迷いもなく逃走を選んだ事に腹が立ちまして」
「腹が立つか。お前にそんな感情的な一面があるとはな。フフ、まあ逃げる事もまた戦略だ」
下級魔術師が取った行動に対して互いの見解をぶつけつつ、ネロはギルガルドの元へと戻った。
「それにしてもクリス・ガーランド…奴は気がかりだな。ネロ、頼まれてくれるか?様子見ついでに一つ挨拶でもしてやってくれ…敵としてだ」
「仰せのままに」
ネロは笑みを浮かべ、礼をしながらギルガルドからの命令を快諾すると、黒い闇に呑まれて跡形もなくその場から消え失せる。残されたたギルガルドは衛兵たちに葡萄酒を持って来させると、かつての右腕だった魔術師の事に思い馳せながら、寂しく酒を口に入れた。
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