第029話 〈怪蟲飛蜘蛛〉の討伐 4

 時間は少し戻り、幸太郎がリシュアのところへ行く間際のこと。




「チグサは他の冒険者と協力して、この〈全快薬〉を使って怪我人の治療にあたってくれ! 俺は飛蜘蛛を追う!」


「一瞬でこの量を作れるとは……。あいかわらずすごい能力だな……。しかし、治療にあたるのは問題ないが、幸太郎殿はどうする? 奴は負傷しているとはいえ、まだかなり足が速い。普通に追いかけていたら後手に回ってしまうぞ」


「……俺に一つ、考えがある」


「考え?」


「《空間製図》、転写!」


 目の前に、門をも超える巨大な投石器の製図が浮かび上がる。


 頭の中で、メーティスの声が響く。


『幸太郎様。この大きさの投石器をクラフトするには、図書館の地下室に保管している木材だけでは足りません』


 足りないのなら、増やせばいいだけだ。


「《無限複製》、木材」


 右手から複製された木材が、次々と積み重なっていく。


 これなら足りるか?


『問題ありません』


 チグサは倒れている人たちに〈全快薬〉を飲ませながら、目を丸くして、


「こ、幸太郎殿……。それは、いったい……?」


「《精密創造》で、投石器をクラフト!」


 山となった木材が、自動的に投石器の製図へ飲み込まれ、やがて製図は実体を伴い、目の前に巨大な投石器が一機出現した。


 チグサはあんぐりと口を開け、投石器を見上げている。


「な、なんだ……。この巨大な建造物は……」


「トレビュシェットという投石器だ」


「投石器だと? こんな巨大なものが? ……し、しかし、これで何をするつもりなんだ?」


「俺はこれから、これに乗って飛ぶ」


「飛ぶ!? 正気か!?」


「もちろん」


 正直、めっちゃ不安だけど……。


 乗り込むための足場を作り、投石器に乗り込むと、


「じゃあな、チグサ。怪我人は任せたぞ」


「う、うむ……」


 小型ナイフを放り投げ、投石器を固定しているワイヤーを切断すると、あらかじめ内部に仕込んでおいたおもりの重力に従い、俺が乗り込んだ場所が凄まじい勢いで弧を描いた。


 そして、俺は空を飛んだ。


 おぉぉぉぉぉぉ!? すごい風だ!


 体勢が保てないし……。


 息が……できない……。


 まるで台風の日のビニール袋になった気分だ……。


 あぁ……。やめときゃよかったかも……。


 天地の感覚がなくなり、そんな後悔の念だけが胸中を蝕んだ。


『着地の際は、《無限複製》で水を複製し、地面に向けて一気に放出し続けてください。そうすることで、多少勢いを殺すことが可能です』


 多少なのか……。


 段々と勢いが弱まってくると、姿勢が安定し、遠く離れた地面を見下ろす余裕が出始めた。


 こんな状態でも冷静でいられるのは、きっとスキルのおかげなんだろうなぁ。


 高レベルの体術系スキルは、持ってるだけで冷静さが増すって言ってたし。


 にしても、地面遠いなぁ……。


 このまま落っこちたら確実に死ぬ……。


 ……おっ。あそこがリシュアのいる、『ウォーム・カーネーション』の施設か? 案外早かったな。


 やっぱりこの方法で正解――ん?


 視界の先、『ウォーム・カーネーション』の施設前には、すでに飛蜘蛛の姿があった。


 やばい!


 あいつ、また誰かを襲おうとしてやがる!


 よく見えないけど、襲われそうなのは二人、あの白い服はたぶん『ウォーム・カーネーション』の誰かだ!


「《無限複製》、水!」


 水を放出する勢いで速度を上昇させる!


 飛蜘蛛は、今にも二人に襲い掛からんばかりに、ガチガチと牙を打ち鳴らしている。


 くそっ! もう少しなのに、このままだと間に合わない!


 ……ん?


 なんだ?


 飛蜘蛛が急に、二人から顔を背けたぞ?


 ……いや、少し離れたところに、もう一人……誰か……。


 あ、あれは、リシュアだ! しかも、自分から囮になろうとしている……。


 くそっ! あいつめ! リシュアが持っている蜜玉に反応したのか!


 飛蜘蛛はじっとリシュアを見つめた後、八本の足で地面を蹴り、瞬時にリシュアの目の前まで移動した。


 ちっ! 水の勢いだけじゃ、リシュアのところまで方向転換できない!


 こうなったら――


「《無限複製》、ブロック!」


 下に向けた腕の先に、正方形をした石材のブロックが出現すると、それを足場になんとかリシュアの真上へと移動した。


 飛蜘蛛の鋭く尖った足が、リシュアのすぐ目の前まで迫っている。


 間に合えぇぇぇ!


 落下するエネルギーをのせ、渾身の力を込めて、飛蜘蛛の足の間接目掛けて思い切り剣を振り抜いた。


 キンッ、と甲高い音がして、振り下ろした剣が飛蜘蛛の足を切断する。


「ギィィィイイイイイイイ!」


 飛蜘蛛の悲痛な叫びが、周囲に拡散する。


 ドスンッ、と両足が地面につくと、バキバキバキ、と聞いたこともない音が、俺の体中から聞こえてきた。


『全身の骨、計三十五カ所を骨折。重傷を負ったことで、《火事場の馬鹿力》が発動し、現在かろうじて立っていられる状態です』


《火事場の馬鹿力》の発動とかどうでもいいから!


 体中くそいてぇ!


《超速再生》発動!


《超速再生》の効果で、全身からスッと痛みが消えていく。


 ふぅ……。あぶねぇ……。


 回復がもう少し遅れてたら、痛みでのたうち回るところだった……。


「こ、幸太郎……さん?」


 横を見ると、リシュアが不安そうな顔でこちらを見つめていた。


 リシュア……。今にも泣きそうな顔をしてるじゃないか……。


 そりゃそうだよな……。怖かったよな……。


「怪我はないか?」


「え……あ、はい……」


「そうか。それはよかった」


「あの……幸太郎さんは……どうして、ここに?」


「そんなの決まってるだろ。リシュアを助けに来たんだよ」


「幸太郎さん……」


 ふと、リシュアの首元に目を向けると、あるべきはずのものがないことに気がついた。


「リシュア……? 首飾りはどうした?」


「首飾り、ですか? あれ? さっきまではたしかに……」


 まさか!


 慌てて周囲を見渡すと、切断した飛蜘蛛の足のすぐ近くに、紐の切れた首飾りが落っこちていた


 切断した足が、首飾りに引っかかったのか……。



〈[SS級]ドライアドの蜜玉〉(複製不可)

 ドライアドの体内で、数百年の歳月をかけて極稀に生成される石。優れたエネルギー源で、摂取した者は己の限界を超えて成長できる。成分となったドライアドの蜜のせいか、舐めるとほんのりと甘みがある。



 やはり、あれがドライアドの言っていた蜜玉……。


 もっと早くに鑑定していれば……。


 急いで拾い上げようと手を伸ばすが、飛蜘蛛も落ちている蜜玉に気づいたのか、こちらに接近しているのがわかった。


 あいつめ! 俺より先に蜜玉を拾う気か!


 けど、飛蜘蛛よりも俺の方が蜜玉に近い!


 先に拾うのは俺だ!


 伸ばした手がもう少しで蜜玉に届きそうになった時、飛蜘蛛は進路を変え、あろうことか、リシュアにその足先を向けた。


 なに!? このタイミングでリシュアに攻撃を!?


 まずい!


 伸ばしていた手を引っ込め、リシュアの体に飛びつき、飛蜘蛛から遠ざかった。


 だが、リシュアに足先を向けていた飛蜘蛛は、一切の攻撃を仕掛けず、そのまま再度蜜玉の方へ体を方向転換させた。


 リシュアへの攻撃はフェイク!?


 くそっ! 完全に俺の行動を見切ってやがる!


 リシュアを庇うように飛び込んだせいで、体勢を整えるのが遅れ、その隙に、飛蜘蛛は拾い上げた蜜玉を、大きな牙の間にある口の中へ放り込んだ。

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