第014話 製薬ギルド『ウォーム・カーネーション』
「大丈夫!? 今助けるから!」
後方から声が聞こえ、振り返ると、先行していた二台の馬車から、転倒した馬車へ数名が走り寄ってきている最中だった。
全員白いローブを着ていて、胸にはカーネーションの刺繍がしてあった。
その中で、大人びた雰囲気のある金色のロングヘアーをした少女が、転倒した馬車から血まみれの仲間を引きずり出し、緑色の液体が入った小瓶を構えた。
「待ってて! すぐにこの〈全快薬〉を――」
そう言いかけたところで、金色の髪の少女は言葉を詰まらせた。
その視線の先、転倒した馬車の中には、今少女が〈全快薬〉を使おうとした仲間と同じように、血だらけになった三人の姿があった。
「どうしよう……。〈全快薬〉は一つしかないのに……」
先行していた馬車から駆けつけた仲間たちが、転倒した馬車から怪我人を引きずり出し、必死に声をかけている。
その様子に、忍者は悔しそうに歯ぎしりをした。
「すまない……。私がもっと早く追いついていれば……」
金色の髪の少女が持っている〈全快薬〉に目を凝らすと、その詳細が表示された。
〈[A級]全快薬〉
体内に取り込むことで、全ての外傷を治癒することができる。ただし、怪我をしてから一時間以内に使用しなければ効果はない。栄養価がとても高いため、滋養強壮効果も期待できる。
よし。これなら……。
頭の中で、メーティスの声が響く。
『所持しているスキルについて、秘匿できるのであればそうすべきだと考えますが……きっと幸太郎様は私の忠告などお構いなしに、人前でスキルを使ってしまうでしょう』
さすがメーティス。
俺のことをよくわかってるな。
たった一つしかない薬を握りしめたまま固まっている少女に歩み寄り、その手から〈全快薬〉をぶんどった。
少女が慌てた様子でこちらを睨む。
「えっ!? ちょっと、何をするんですか!?」
右手で〈全快薬〉を握りしめ、左手を前に突き出した。
「《無限複製》、〈全快薬〉!」
すると、左手の前方に青い光が生じ、そこから、右手にあるものと全く同じ〈全快薬〉が人数分生み出された。
金色の髪の少女が、目を丸くしてそれを拾い上げる。
「こ、これは……私が作った〈全快薬〉……? でも、どうしてこんなに……。いったい何が……」
横で見ていた忍者の方も、
「戦闘中に壁を召喚したり、薬を複製したり、いったいなんなんだそのスキルは……。私は夢でも見ているのか……?」
「話はあとだ。とりあえず、怪我人全員にそれを飲ませよう」
金色の髪の少女は、戸惑いながらも小さく頷いた。
「え……えぇ」
怪我人の口に、小瓶の中に入っている緑色の液体が流し込まれると、傷口の出血がピタリと停止した。
全員に〈全快薬〉を飲ませ終えた金色の髪の少女は、安心したように言った。
「これで、あとはゆっくり寝かせておけば、みんな完治するはずです」
血はすぐに止まったけど、すぐに傷がふさがったり体力が回復したりはしないのか。
先行していた二台の馬車に怪我人が運び込まれると、改めて金色の髪の少女と、忍者の姿をした少女が俺の前に戻ってきた。
金色の髪の少女が言う。
「私は製薬ギルド、『ウォーム・カーネーション』の団長、リシュア・ルーと申します。このたびはご助力、本当にありがとうございました。あなたがいなければ、きっと彼女たちはここで命を落としていたことでしょう」
少女が深々と頭を下げると、首元にぶら下がっている翡翠色の宝石がぶらんと前後に揺れた。
「俺は倉野幸太郎だ。よろしく。で、こっちは連れのロロだ」
「ロロだよっ。よろしくねっ」
「えぇ、こちらこそ」
製薬ギルドっていうと、薬を調合するギルドのことか?
どうりで全員白いローブを着ているわけだ。
あれ? でも、忍者だけローブを着てないな……。
気になって忍者の方へ視線を向けると、彼女は再び髪をポニーテールに縛り直し、スッとこちらに手を差し出した。
「チグサ・ヨギリだ。私は見ての通り、『ウォーム・カーネーション』の者ではないが、今は彼女たちの手伝いをしている。よろしく頼む」
「あぁ。こちらこそ」
差し出された手を握り返すと、頭の中に声が響いた。
『全ステータス値、及び、《上級体術》、《投擲制御》、《起爆(きばく)雷(らい)》、《電光一閃》、《飛雷針》、《雷滅撃(らいめつげき)》を獲得。《完全覚醒》の効果で《上級体術》を《拳王》にランクアップ。《鬼嬢(きじょう)の加護》は獲得に失敗しました』
◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇
〈新スキル詳細〉
《拳王》:最高峰の体術が扱える。
《投擲制御》:正確な投擲が行える。
《
一日五回まで使用可能。
《電光一閃》:瞬間的に自分の速度を上昇させることができる。
《飛雷針》:肉体に電気を纏わせることができる。
《
◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇
おぉ! 一気にスキル大量ゲット!
しかも、《上級体術》以外どれもランクアップしないってことは、あとはすでに最高レベルのスキルってことか……。
この忍者、やっぱり相当強いな……。
にしても、《鬼嬢(きじょう)の加護》ってスキルはどうして獲得に失敗したんだ?
『加護スキルは本人が所持しているスキルではなく、他者から貸し与えられているスキルに該当します。《無限複製》でスキルを取得するには、スキルを所持している本人に直接触れる必要があります』
なるほどね。
けど、念願だった攻撃系のスキルも手に入ったし、よしとするか。
チグサは、やや興奮気味にたずねた。
「しかし、さっきのあのスキルはなんだ? 今まで見たことはないが、複製のスキルか? それに、戦闘中に出現させたあの巨大な壁。あれも同じスキルの効果なのか?」
「あぁ、そうだ。あの外壁の他に、民家や大岩だって出せるぞ」
「民家に大岩……。幸太郎殿はほんとに人間か?」
一応そのつもりだよ……。
次いで、リシュアが、
「……あの、もしよろしければお礼をさせていただけませんか? ここから馬車で少し行ったところに、私たちが拠点として使っている建物があるんです」
そっちは俺が目指しているエデンの方角だな。
「なら、エデンについての情報を持っているか?」
エデンの名前を出すと、リシュアとチグサはお互いに眉をひそめて顔を見合わせた。
リシュアが心配そうな口調でたずねる。
「まさか、エデンに行くおつもりですか?」
「そうだけど、どうかしたのか?」
「い、いえ、実は今、エデンは――」
と、そこまで言いかけたところで、「リシュア団長、用意できました!」と、他のメンバーがこちらに声をかけた。
「えぇ、すぐに行くわ。……幸太郎さん、そのお話はのちほどじっくりと……。とりあえず、一緒に馬車に乗っていただけますか?」
「あぁ……。わかった」
二人の反応から見るに、どうやらエデンには何かありそうだな。
◇ ◇ ◇
ぎゅうぎゅう詰めの馬車の中で、床に寝かされた二人の怪我人に、チグサは申し訳なさそうに言った。
「二人とも、遅れてすまなかった……」
怪我人の一人が、それに笑みを作って答えた。
「何言ってるんだよ、チグサ……。あなたが殿(しんがり)を務めてくれたから、私たちはあそこまで逃げられたんだ……。ありがとう……。それと、そっちのあなたも、私たちを助けてくれてありがとう……」
こちらに視線を向けられて、思わず身構える。
「……えっと、どういたしまして」
「……あなたが、私たちを踏みつぶそうとしているモンスターから守ってくれたの、倒れた馬車の中から見てた……。本当にありがとう……」
なんだか気恥ずかしくなって会釈をしてごまかすと、ガタン、と馬車が揺れて、となりに座っていたリシュアが「きゃ!」と、態勢を崩してもたれかかってきた。
『全ステータス値、及び、《上級調合》、《記憶の蔵》を獲得。《完全覚醒》の効果により、《上級調合》は《神格調合》にランクアップ。《記憶の蔵》は《叡智》に統合されました』
俺にもたれかかったリシュアが慌てた様子で、
「あっ! す、すいません!」
「いや、全然大丈夫」
逆にスキルとか貰っちゃってすいません……。
◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇
〈新スキル詳細〉
《神格調合》:いかなる素材でも調合することができる。
◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇
調合スキルか。
これも《空間製図》と《精密創造》で、調合過程を飛ばすことができそうだな。
『はい。その通りです』
できれば即効性のある回復薬をいくつか持っておきたいんだけど……。
『SSS級素材を使用すれば、即効性のある回復薬が調合可能ですが、今現在の幸太郎様のステータスでは、SSS級素材の獲得は困難でしょう』
あ、そうですか……。
『幸太郎様は《天啓》を使い、ここまでの道中で安全な道を選択していたため、ほとんど戦闘経験値を獲得できていません。この先も同じような方法を選択していれば、SSS級素材を手に入れることは不可能でしょう』
あれ? 俺、今、遠回しに怒られてる?
すいません……。
以後、気をつけます……。
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