第012話 〈激高する鎧猪〉の討伐 1
エムルの街を出て九日。
《天啓》が示している、俺が拠点を作るために最適な場所まで、残り半日というところだった。
『図書館の壁にかかっていた地図と、《天啓》で表示されている距離とを比較すると、目的地は『エデン』と呼ばれる森に該当します』
地図? 地図なんて図書館にあったっけ?
『微かに幸太郎様の周辺視野に入り込んでいたので、記憶しておきました』
あいかわらずメーティスは優秀だなぁ……
にしても『
きっとエデンの中にはたくさんの妖精が飛び交っていて、森の小動物たちがきゃっきゃうふふと走り回っているに違いない。
そんな場所にコテージなんかを作って、俺は日がな一日クラフトに勤しむ……。
あぁ、なんて素晴らしい光景なんだ。
……けど、さすがに九日も歩くと疲れるな。
行商人の馬車に乗せてもらおうとしたけど、方向が全然違って歩くしかなかったし……。
転移魔法で一気に行ければよかったんだが、俺が覚えたのは、魔法陣の間を行き来する魔法だったからな……。
ま、そのおかげで毎晩エムルの町に帰って宿で寝泊まりできてるんだけど……。
次は収納系の魔法かスキルを覚えたいと思ってが、それは図書館の地下とリュックの中に描いた転移魔法陣を繋ぐことで補えてる。
となれば、今必要なのはやっぱり移動手段の確保か、あるいは強い武器の入手だよな……。
『この世界では馬車や機関車、船など、様々な移動手段が利用されています』
機関車もあるのか……。思ったよりも近代的な文明もあるんだな……。
こういう世界って、てっきりドラゴンとかに乗って移動するもんだと思ってたけど……。
『ごく一部の者は、移動にドラゴンなどの飛翔モンスターを利用しています』
飛翔モンスターねぇ……。なんか怖いな……。
どうにかクラフトで補えないのか?
『乗り物をクラフトするのならば、動力源となる魔核などが必須です。魔核は、モンスターがより強大な力を持っていればいるほど、ドロップする確率が上昇します』
魔核か……。〈死毒蛇の魔核〉はロロに使ったし、あれはS級アイテムだから複製も作れない……。また探さなくちゃいけないのか……。
ふふふ。おもしろくなってきやがったぜ。
『幸太郎様が何を喜んでいるのか理解できません』
わかってないなぁ、メーティスは。クラフトのためにレアアイテムを探すってのは、定番中の定番だぞ。
まぁでも……レアでもなんでもないアイテムを集めまわるのは苦痛でしかないけどな……。どうしてクラフトゲームって無駄に同じ敵を倒させたりするんだろう……。
『予算の都合では?』
うん……。まぁ……。そうなんだけど……。
ゲームの中で一日中木を切り倒した翌日は、現実世界で街路樹とかを見つけると、無性に切り倒したくなったりしたなぁ……。
『一日中ゲームをするのが悪いのでは?』
…………うん……。まぁ……。そうなんだけど……。
◇ ◇ ◇
「《空間製図》、転写」
頭で思い描いた、皿に盛りつけられた二人分のカレーライスが、目の前の切り株の上に半透明な図案となって浮かび上がる。
「《精密創造》でカレーライスをクラフト!」
背負っていたリュックの中に描かれた魔法陣を通して、事前に図書館の地下に置いていた食材が次々と飛び出し、《神の舌》の効果でそれらは自動的に調理され、切り株の上にカレーライスが出現した。
転移魔法陣を利用した《精密創造》の調子は良好だな。
リュックから素材が飛び出してくるのはちょっとカッコ悪いけど……。
ロロはカレーライスを目の前にすると、
「わぁー! いい匂い! これはなんていうお料理なのっ?」
「カレーライスだ。俺の故郷では子供から大人まで大人気の料理だ。辛さは控えめにしといたから、ロロでも食えるだろう」
「幸太郎はいっつもおいしいご飯を作ってくれる! ロロ幸せ!」
「あっはっは。歩く自動販売機とは俺のことだ」
「じどう……? よくわかんないけどありがとう! いただきまぁす!」
「おう。お食べなさい」
ロロに倣い、俺も自分の分のカレーライスを一口頬張った。
ドロッとしたルーを口に含むと、溶けた野菜の甘みと、ほんのりピリッとしたスパイスの香りが舌に広がった。
噛むたびにホクホクと崩れていく大きめにカットされたジャガイモと、しっかりと下味がついた牛肉の旨味が絡み合うと、ご飯をかきこまずにはいられなかった。
「何これ……。俺、こんなうまいカレー食ったことないんですけど……」
「おいしー! カレーライスおいしい!」
「だよな! めっちゃうまいよな!」
「おいしー!」
《神の舌》マジですごいな……。
一般に流通してる食材だけを使ってこのレベルだったら、もっとうまい肉とか野菜を手に入れたらいったいどうなるんだ……。
俺、料理人とか目指してみようかな……。
「幸太郎! おかわり!」
「おう。……って、ロロ、その足元の薬草……。また拾ってきたのか?」
倒木を椅子代わりにしているロロの足元には、根っこから抜かれた草や花がいくつか並べられていた。
ロロは嬉しそうにそれらを拾い上げ、
「そう! この薬草がよく効くって、精霊たちが教えてくれたの!」
「精霊ねぇ……」
どうやら《精霊王の加護》のおかげで、ロロはたまに、精霊と呼ばれる目には見えない存在の声が聞こえているようだった。
〈[C級]モモリアの花〉
煎じて体内に摂取することで、《弱麻痺》を軽減することができる。
〈[D級]コウの草〉
特別な効果はないが、香りがよく、煮込み料理によく用いられる。
〈[A級]
魔力を増強する効果があり、他の薬草と調合することで魔力強化薬となり、重宝される。濃い藍色をした花弁が特徴的で、愛好家の間では観賞用として用いられることもある。
「おっ! 一つA級があるじゃないか! でかしたぞロロ!」
「えへへ~。ロロ、でかした!」
「褒美としておかわりのカレーライスは特盛にしてやろう」
「やったー! とっくもり、とっくもり!」
◇ ◇ ◇
「うっぷ……。ちょっと食いすぎたな」
「うん……。ロロ、もう動けない……」
俺たちは二人して、森の中でゴロンと横になった。
心地よい風が森の中を吹き抜けると、さらさらと葉っぱのかすれる音が耳に届いた。
幸せだ……。幸せすぎる……。
これこそ、俺が求めてた理想のクラフト生活だ。
蛇に殺されそうになった時にはどうなることかと思ったけど、まさかこんなほのぼのライフを送れるだなんてなぁ。
そのまま目を瞑って昼寝をしようとしていると、遠くの方から騒音が近づいてくるのに気がついた。
「……なんだ? 人が気持ちよく寝ようとしてるのに……」
上体を起こし、耳をそばだてると、「もっと飛ばせ! 追いつかれるぞ!」という、慌てた様子の女の声と、馬の蹄(ひづめ)が地面を蹴る音が聞こえてきた。
そしてそのすぐあとに、「ギャオォォォォ!」という、耳をつんざくモンスターの咆哮が轟いた。
となりですっかり眠っていたロロは驚いて飛び上がると、きょろきょろと辺りを見渡した。
「何!? 何!? また蛇来たの!?」
蛇がトラウマになってるんだなぁ……。
まぁ、俺も若干トラウマだけど……。
「大丈夫。蛇はいない」
「あぁ……。よかったぁ……。じゃあ、さっきのは?」
「さぁな。とりあえず行ってみるか」
背負っているリュックの上にロロを乗せ、そのまま声がする方を目指し、山の斜面を駆け下りると、細い砂利道にたどり着いた。
「こんなところに道があったのか」
ずっと向こうまで伸びている道を、三台の馬車が連なってこちらへ接近してくる。
そしてそのさらに向こうには、三台の馬車を血眼になって追いかけている一匹の大型モンスターの姿があった。
〈
縄張り意識が非常に強く、一度でも自分の縄張りに足を踏み入れた者に対しては、体力が続く限りどこまででも追いかけてくる。鎧のような強靭な外皮は硬く、それを利用した突進攻撃は驚異的。
体力が続く限りどこまでも追いかけてくるとか……。
ヒステリックすぎんだろ……。
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