第006話 〈死を告げる猛毒蛇〉の討伐 2

『今現在の幸太郎様のスキルとステータス値では、到底敵う相手ではありません。逃げることをおすすめします』


「ですよね!」


 急いで踵を返し、さっき下ってきた階段から上へ逃げようとしたが、そこにはいつの間にか鉄格子が出現していて、もう戻ることはできなくなっていた。


「くそっ! この鉄格子、どうにかして壊せないのか!」


『不可能です。高位の条件魔法が組んであり、定められた条件をクリアするまでは開きません』


「条件!? 条件ってなに!?」


『〈死を告げる猛毒蛇グリム・リーパー・サーペント〉の討伐です』


「詰んだぁ! はい、これ、詰んだぁ!」


 逃げた俺を追って、猛毒蛇が体を左右に振りながらゆっくりと近づいてくる。


 腰にさげていた剣を引き抜き、猛毒蛇に向かって構えた。


「お、俺だって《剣豪》のスキルがあるんだ! 少しくらい戦えるはず!」


 猛毒蛇は大口を開け、俺を丸のみしようと首を突き出した。


 速い――けど、なんとか見える!


 飛び退くように横へ転がり、すぐに体勢を立て直す。


『《剣豪》などの上級体術系スキルは、所持しているだけで、洞察力、冷静さ、瞬間的思考力等を高める効果があります』


 再び眼前に猛毒蛇の口が迫った瞬間を見計らい、今度は剣で正確に牙のつけ根を斬りつけた。


 剣先がぶすりと牙の根に食い込むと、猛毒蛇は「ギシャアアアアア!」と、苦しそうなうめき声を出し、すかさず頭を引っ込めた。


「よ、よし! ダメージは通るぞ! ……って、うわっ! 剣が折れてる! あいつどんだけ硬いんだよ!」


 けど、こっちだって――


「《無限複製》! 剣!」


 突き出した手の前に、さっき使っていたのとまったく同じ剣が出現すると、その柄を力強く握った。


「武器はいくらでも生成可能だ。これなら押し切れ――んなっ!?」


 さっき猛毒蛇に与えた傷口から、白い煙が立ち込め、見る間に傷が回復していった。


「回復とか、そんなんありかよ……」


 どうする……。《剣豪》のスキルだけで、こいつを完全に殺すことなんてできるのか……?


「なぁ、メーティス。俺が持ってるこの剣で、敵の鱗を貫けるか?」


『不可能です』


「だよなー……」


 俺が今持っている武器は、特殊な力もない、ただの剣だけ。これじゃあ、いくら《剣豪》のスキルがあっても、硬度の差で相手に致命傷を負わせることはできない。


 さっきみたいに、鱗以外の部分を攻撃してダメージを与えることは可能だが、それだと致命傷には至らず、すぐに回復されてしまう。


「やば……。これ、じり貧じゃん……」


 半ば絶望を感じつつあった次の瞬間、猛毒蛇の口から、ぶわっと青黒い霧が周囲に噴き出した。


「うおっ!? なんだこれ!?」


『《全状態異常耐性》により、《猛毒》、《強麻痺》を除去』


 毒と麻痺!?


 うおぉぉ、あぶねぇ! 持っててよかった全耐性!


 この状況で麻痺なんかになってたら一発で死んでたな……。


 けど、《全耐性》で助かったとはいえ、これは……。


 周囲は猛毒蛇が吐いた霧で満たされ、完全に敵の姿を見失ってしまった。


 ど、どこだ……。どこに……。


 あっ! そうだ! 《天啓》の矢印見てれば、大体の敵の位置が把握できるじゃないか! これ、何故かあの蛇を指してるみたいだし!


 思った通り、矢印は霧の中を動き回る猛毒蛇の姿をしっかりと追っているようだった。


 落ち着け……。


 冷静に相手の動きを見極めるんだ……。


 目の前の霧がわずかに揺れると、その直後、俺に向かって猛毒蛇が飛びかかってきた。


 ――今だ!


 だが、《天啓》の矢印のおかげでしっかりと剣を構えていた俺は、一切の遅れをとることもなく、敵の歯茎を横一線に薙ぎ払った。


「ギィシャァァァァァァァ!」


 悲痛な叫び声を上げ、猛毒蛇は再び霧の中へ消えていく。


 あいつめ、霧に隠れて回復してやがるな……。


 追撃を加えたいところだけど、相手はピット器官で俺の位置を正確に把握している。となると、無暗に動くと不利になる可能性が――


 ズズズ、と背後から音がして、慌ててそちらを振り返った。


 すると、霧の中から突然、猛毒蛇の黒々とした鱗が視界いっぱいに飛び込んできた。


 ――何!? ど、どうして後ろから攻撃が!? 矢印はまだ前を向いているのに!


《天啓》の矢印の先に敵がいると思い、油断しきっていた俺は、その鱗の壁を避けるのが一瞬遅れ、そのまま、ヴォン、と薙ぎ払われてしまった。


 その衝撃で、口から血液が飛び出し、意識が飛びそうになっている中、俺の全身は激しく石壁に激突した。


 薄れゆく意識の中で、ようやく気づく。


 ――そうか……。《天啓》の矢印が示していたのは、あくまで奴の頭……。尻尾で攻撃されたら簡単に後ろを取られるのか……。


 しくじったなぁ……。


 体はピクリとも動かない。


 やば……。


 俺、このまま死ぬのかよ……。


 まだ全然クラフトとかやってないのに……。


 …………。


 …………。


『《自動回復》を獲得。《完全覚醒》の効果により、《自動回復》を《超速再生》にランクアップ。《猛毒霧》、《強麻痺霧》、《温度検知》、《消滅弾》、及び、全ステータス値は、体の構造に大きな差があるため、獲得に失敗しました』


 …………。


 …………。


 あれ? 今俺、もしかして眠ってた?


『幸太郎様の生命活動の停止を確認したため、新たに獲得したスキル《超速再生》を、こちらの判断で発動しました』


「えっ!? 俺死んだの!?」


『《超速再生》は三度まで使用することが可能です。最初に《超速再生》を使用してから二十四時間が経過すると、再び三度使用することが可能になります』


「《超速再生》……? そ、そうか、モンスターでも触れればスキルを入手できるのか……」


『体の構造上、モンスターのステータス値や、特定のスキルに関しては獲得不可ですが、魔力をベースとした一部のスキルは獲得可能です』


「それでメーティスがスキルを使って助けてくれたのか……。ありがとう……」


『幸太郎様の自己防衛本能が私を通して現れただけです。そこに意思は介在しません』


「メーティスがいなかったら、俺が死んだままだったことに変わりはないだろ……。ほんと助かったよ……。で、その、《超速再生》ってのに回数の上限があるってことは、奴が使ってる《自動回復》にも上限があるってことか?」


『《自動回復》の上限は十回です。ただし、致命傷を回復することはできません』


「十回か、多いな……。けど上限があるのなら、敵を攻撃し続けていればそのうち傷を治すことはできなくなるってことだよな。なら、手数で押せば――」


『その作戦は了承しかねます』


「え? なんで?」


『さきほど、《無限複製》の効果で敵の所持スキルが判明し、その中に、《消滅弾》の存在を確認しました』


「《消滅弾》? なんだそれ?」


『《消滅弾》を所持している〈死を告げる猛毒蛇グリム・リーパー・サーペント〉は特別稀な個体です。よって、対象、〈死を告げる猛毒蛇グリム・リーパー・サーペント〉を、希少種から、超絶希少種へと認識を改めます』


「……で、その《消滅弾》ってどんな――」


 霧の向こうで、まるで黒い落雷のような点滅が生じたかと思うと、直後、視界は真っ暗になった。



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