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隼人達が食事を取る横で、左近達は話を続けた。
紙に書きつける役は右京が買って出た。この中で自分達の代が年次が一番下だというのもあるが、なにより、上の代に任せて変な事妙な事を書き加えられたらたまらない。
すでに粗方の事はこなしてきたとはいえ、用心には用心を。これが学び舎や八咫烏の館で一緒に過ごしてきた数年間に学んだことである。
一番初めに案を出したのは、やはり言い出した左近であった。
「涼を求めると言ったら、何をおいてもまずはあれでしょ」
「あぁ、あれ。そうだよねぇー」
「……あれ、とは?」
「毎年恒例肝試しぃー。懐かしいでしょー?」
「……そうですね。ものすごく、懐かしい思い出です」
「あは、あははは」
「棒になって笑わないでよ。楽しかったでしょう?」
あれはまだ厳太夫達が雛であった頃のこと。楽しいどころか、幼心に心的外傷を負わされたとんでもない事案だった。
今だに、月のない夜、暗闇、厠、カタカタという音が揃えば肝が震え上がる者もいると聞く。
本人達はかわいい後輩達の度胸を鍛えるためと毎度それらしい理由をつけていたが、それにしたって限度というものがある。左近達よりも上の代が、その理由も一理あると半ば容認していたのも、下の代の厳太夫達にとって分が悪かった。
晴れて上の代のお墨付きをもらった彼らは、それはもう嬉々として毎年やり切った。そう、彼らの彼らによる彼らのための毎年の恒例行事なのである。
ここ最近は、左近達が外に任務に出ていて開催されていなかったが、すわ悪夢の再来かと、厳太夫達はお互いの肌を
これ以上この案を引っ張って、余計な考えを起こされてはたまらない。
「……はい、次! どんどん案を出しましょう!」
「はりきってるね、新之丞。偉い、偉い」
「ありがとうございます。……えぇっと、涼を求めるなら、なんといっても水錬でしょう。泳ぎの腕も鍛えられ、さらに涼しさも得られる。一挙両得です」
「なるほど。水中に仕掛ける罠の講義にも使えるものね」
「……あ」
新之丞は身体をぴしりと固まらせた。
雛への講義は確かに重要だが、それが講義だけで終わるかどうかと問われれば怪しい。こと、左近に限って言えば、ついでに罠の一つや二つ、えげつないものを仕掛けて帰りそうである。いや、この笑顔、絶対にやるだろう。
墓穴というか、藪をつついたというか。
余計なことを言ってしまった新之丞に、左近と与一を除いた皆から非難の視線が向けられる。
それを全く気に留めず、今度は与一が口を開いた。
「あとー、百物語も定番だよねぇー」
「……先輩、どうしてそちら側に
「だってー、ほら、面白いからー」
口元を引くつかせる勘助の問いに、与一は実にイイ顔で笑う。
「水錬もそうですが、滝行もいいのでは?」
「滝行かぁー。滝、滝……そうだ、瀧右衛門も呼ぼう!」
「は?」
「へ?」
与一が立ち上がり、おそらく瀧右衛門を呼びにだろうが、食堂を出て行こうとする。
それを引き留めようと、厳太夫と勘助が与一の腰にしがみついた。
「せ、先輩。ちょっと待ってください。待って!」
「今、待てって言った?」
「待ってと、お願いしました! 間に小さい‟つ”が入っています!」
「そう。ははっ。お前達から犬猫みたいに命令されたのかと思ったよー」
「そんな、おそろ……いえいえ、失礼なことしませんよ!」
「そうだよねー。ごめんごめん。で、なに?」
「瀧右衛門は部之年とはいえ、まだ雛ですから。この話に参加させるにはちょっと」
「それに、今日は山中の耐久訓練中です」
「……ふぅん。でも、水錬は雛も皆行くと思うよー?」
「そ、れは鍛錬の一環ですので、構わないかと思いますが……肝試しだの、百物語だのは違いますよね?」
「分かってないなー」
「はい?」
呆れたとばかりに溜息をつく与一に、厳太夫達は揃って首を傾げたり、眉を
与一の言葉の後を左近が引き継ぎ、言葉を重ねた。
「毎年言ってたでしょう? 肝試しも百物語も、己の胆力を磨くための大事な鍛錬の一つだよ」
「そーそー。だから、参加したいって自分から申し出るのなら、以之年からでも問題ないでしょー」
「え? これって自己申請方式なんですか?」
思ってもみなかったことに、これまた二人を除いた皆の目の瞬きが途端に増す。
「そのつもりだけど?」
「えっ、じゃあ、俺、参加しな……」
「俺も……」
「あ。お前達は皆、参加ね。任務が入らない限り全員。これ、決定だから」
「「なんでっ!?」」
酷い。
そういう
先程も浮上したところを一気に叩き落されたが、今回はそれ以上。自己申請方式なんて情報、厳太夫達にしてみれば初耳すぎて期待しか持てなかったが故に、上の代からの自分達のみ強制参加命令は精神的にくるものがある。
ほんとうに、下剋上だなんて言って、主君にすら刃を向けることができる武士階級が心底羨ましい。自分達がそんなものやろうものなら良いとこ返り討ち。悪くて生きたまま与一印の薬の実験台である。やらないのではなく、やれない。
――そんな悲嘆にくれる中。
「だって、お前達、反応がいちいち面白いから」
「だから僕ら、お前達のこと、すっごく気に入ってるんだぁー」
「そんなぁ……そんな笑顔でっ……」
与一と左近は実に
対して、そう言われた側は絶望の色が濃い。
尊敬する部分がないことはない。ないことはないのだが、その尊敬具合を上回るどころか帳消しにしかねない勢いで酷い目に遭わせてくるのだから、そうなるのは当然のことでもある。
「ふっ。俺、死んで生まれ変わるなら、先輩達と関わらない時代か場所に生まれるんだ。絶対に」
「やめとけ。厳太夫、お前、それ、なんていうか知ってるか? 振りって言うんだよ」
「……ちくしょうっ!」
目を固くつむった厳太夫は、
そんな厳太夫の両肩に、誰かの手がぽんっと置かれる。
似たような体験を直近で今日、食堂に来た時に経験している厳太夫は、あの時感じた嫌な予感を思い出し、顔色をさあっと
「……」
「隼人先輩? あ、慎太郎先輩もいらしたんですか」
厳太夫の隣に座る勘助が、厳太夫が振り返るよりも早くその手の正体を明かした。
この二人ならば、問題ない。問題ないはずなのだが、どうしてだろう。
厳太夫の長年に渡り磨き上げられた直感が、彼に振り向くなと告げていた。
しかし、相手は一つとはいえ、上の代には違わない。無論、いつまでも無視ができようはずもない。
厳太夫は大きく深呼吸をして、恐る恐る背後を振り返った。
「何でし……」
「こいつらのお守り、よろしくな!」
「頑張れよ」
隼人が爽やかな笑顔で、厳太夫の言葉に自分の言葉を被せてくる。
そして、さらに驚くべきことに、普段あまり笑わない慎太郎ですら口元に笑みを浮かべていた。それはまぁ、当然嬉しくない類のものではある。
ある、が。
「……その笑顔は反則でしょーがっ!」
この面子の中では明らかにまともな部類の慎太郎。
そんな彼に、微笑みという自分達の中で希少価値のあるものを見せられては、最早本当にやりたくないのだなどと後輩の立場で言えようはずもなくなる。
その後、同じ笑顔という定義でも、左近達の代が見せものとは正反対にある癒しを求め、ふらふらと雛達を探し歩く厳太夫達の姿があったとかなかったとか。
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