隼人の疑問の答えは、思わぬ状況で判明することとなった。



「しらぬいっ」

「かげろうもきたっ!」

「いっぴきでいいんだけどなぁ。ま、いいや。どっちもつれていこう」

「そうだね」



 子供達が向かったのは、隼人が飼っている狼達の小屋であった。


 一応繁殖期もとうの昔に終わり、狼達はすでに落ち着いている。子供を産んですぐの気が立っている雌達も、館の庭の片隅にある小屋で過ごさせているため、今ここにはいない。


 とはいえ、子供達はなんの迷いもなく小屋の戸のつっかえ棒を外し、気に入っている狼達の名を呼んで外へと連れ出していく。


 小屋から出てきた不知火と陽炎は、子供達の周りをくるくると周りながら彼らの進む方向についていった。



「とうべえ、はやくっ」

「うんっ。……みやひこ、だいじょうぶ?」

「んっ」



 小太朗が振り返り、しっかりとつっかえ棒をかけ直していた藤兵衛を急かす。藤兵衛はもう一度確認した後、宮彦の手を掴み、友の後を追っていった。



「隼人」

「……はい」

「私の言いたいことは分かりますね?」

「はい。小屋の鍵を考え直します」

「そうしてください」



 子供達が小屋に向かっていると分かった時、本当は隼人も物陰から出ていくつもりであった。信頼している狼達も、まだ幼い彼らだけで対峙たいじしてどうなるかは分からない。狼も立派な縦社会で、彼らの中で子供達は自分達よりも下なのだ。


 しかし、実際は心配するようなことは何も起きなかった。子供達の姿を見てもうなり声一つ見せなかったということは、普段一緒に庭を走らせているせいですっかり彼らにも慣れたのだろう。これは、子供達、狼達双方にとって良かったことだと言える。


 とはいえ、毎回とは言い難い。

 だからこそ、今回は様子見を選んだ団次も隼人にそう言った。


 子供達の後を追った二人が次に向かったのは、師用の長屋であった。その一室、伊織の部屋の前で子供達は立ち止まっている。



「いおりせーんせー、いらっしゃいますかぁー?」

「……やっぱり、いらっしゃらないみたい」

「よしきたっ! しらぬい、かげろうっ! でばんだぞっ!」



 三郎が二匹に大きな声で号令をかけた。どうやら部屋の前から続く伊織の匂いを嗅がせ、伊織がいる場所まで案内させたいらしい。

 しかし、二匹は三郎をじっと見つめるだけで動こうとはしない。



「どうしたんだ?」

「おなかすいたのかなぁ?」

「さぶろう、おまえじゃないんだから。やっぱりおれたちがなにをいってるかわからないんだよ」

「そっか。それは……こまる」

「うーん」



 子供達もそれから先の探す手立ては地道に探すことしか考えていなかったようで、うんうんと悩み始めた。


 そこへ、雛達の鍛錬指導が終わった蝶が、一休みしに長屋へと戻ってきた。



「あらー、なんでこの子ら外に出てんの? え? 自分らだけ? 何で?」

「たからさがしです」

「宝探し? あ、あぁー、そういえばそんなこと」



 蝶は視線を彷徨さまよわせ、しげみに隠れている隼人と団次の気配に気づいた。



「……あぁ、はいはい、そーいうこと。で? 何してんの? こないなとこで」

「えっと、きちざえもんせんぱいたちがおしえてくれて」

「いおりせんせいだったんです」

「すごかったんです! ぱぱーってといちゃって!」

「このこ、みやひこっていいます」

「お、おぅ。全っ然分からへん」

「「えーっ」」

「……あ、いや、宮彦いうんは分かったわ」



 子供達の説明は断片すぎてやはり分かりづらい。自分が言いたいことを我先に言い出すのだと、事前に説明を受けていた蝶は、あぁこれかー、と十分に納得した。確かにこれは直す必要がある。


 蝶は廊下兼縁側の縁に腰を下ろし、子供達も一緒に座らせた。

 狼達は蝶の足元でちょこんと座っている。何度か隼人がいる茂みの方を見て行きたそうな素振りを見せていたが、蝶がその度に抱えて引き戻した。



「今は急ぎやないんやから、落ち着いて、順番に話してみぃ?」

「えっと、はやとせんせいとだんじせんせいが、きょうからたからさがしをするっておっしゃって」

「わたされたのがこれで」

「暗号やな。……なるほど」

「で、きちざえもんせんぱいたちのところにいって」

「すごくって」

「ちょい待ち。感想は報告には必要あらへん。吉左ヱ門達の所に行って?」

「おねがいして、といてもらって」

「で、いおりせんせいだったんです」

「何が?」

「あんごうのこたえです。いろはをじゅんばんにずらしていくやつだったんです」

「なるほど。ほら、言えたやんか。途中ちょい怪しかったけど」

「「お、おぉーっ」」



 子供達は自分達で自分達を褒めるためか、その小さな両手でぱちぱちと拍手し始めた。


 それには蝶も、自分の感情に素直やなぁと苦笑するしかない。



「で? 伊織を探しとるんは分かったんやけど、何でこの子ら連れてここで立ち往生おうじょうしてるん?」

「えっと、しらぬいたちににおいをかがせて、さがしてもらおうとおもったんですけど」

「いうこときいてくれなくて」

「言うこときかんかった?」

「はい」



 蝶は再び視線だけで茂みを見た。隼人が何の反応も見せずにいると、蝶も察して狼達を抱えて縁側の上に乗せた。


 それから伊織の部屋の前の板を指でくるくると円を描くようになぞっていく。狼達はそれをじっと見つめ、蝶が自分達の鼻先を軽く叩くと、一斉に先ほど蝶が囲った辺りの匂いを嗅ぎ始めた。



「おーっ」

「すごーいっ」

「においかぎはじめたっ! これでだいじょうぶだなっ」



 子供達は手を取り合って喜び始めた。



「前に隼人から教えてもらってん。さ、そろそろ動かはるやろ。気ぃつけてなぁ」

「「はーい」」



 狼達が鼻先を鳴らしながら縁側を辿たどっていく。子供達はその後をはしゃぎながらついて行った。


 一方、蝶は茂みから顔を出した隼人の元へ歩み寄った。



「こんなんで良かったん?」

「あぁ、助かった。ありがとな、蝶」

「えぇよー。貸しとくわー」

「……正蔵が帰ってきた時に、蝶が雛の指導なのに貸しだのなんだの言ってたって言うぞ」

「わっ! いけずやわー」

「ぬかせ」



 どちらも冗談であることは、互いの顔を見れば分かる。


 ひらひらと手を振って自分の部屋へと向かう蝶と別れ、隼人は子供達を見失わないよう先に行った団次の後を追った。


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