不知火達が伊織を見つけたのは庭の一角。剣術用の練習場がある所だった。伊織は一人で、竹にわらを包んだものを敵に見立てて黙々と斬り伏せていた。


 子供達がここに至るまでの説明をなんとかやり遂げると、伊織からは何故ここに狼達がと当然の質問が出てくる。


 順番に順番にと、小太朗が宗右衛門の隣で繰り返し唱える。それを耳に入れつつ、宗右衛門がつっかえながらも経緯をなんとか話し終えた。話に間違いなしとばかりに、二人の後ろに立っている利助に三郎、藤兵衛もこくこくと頷いて見せる。



「……よし、分かった。とにかく隼人が悪いってことだな?」

「「ん?」」



 何故、不知火達を勝手に連れ出せば先生が悪いことになるのか。


 子供達は一斉に同じ方向へと首を傾げた。宮彦も周りを見て、慌てて首をこてんっと傾げる。


 ここで隼人だけを悪いと断じるからには様々な理由があるのだが、伊織はそれを子供達に直接言うつもりはない。この時すでに彼の考えは、子供達の疑問に答えるよりも、別の存在へと向けられていた。



(……菊はこういうのを見て、可愛い可愛いと喜んでいるんだろうな)



 伊織の頭の中を、少女の楽しそうな笑顔が過ぎっていく。陽だまりの温かさを感じるそれは、時々まぶしくもある。だが、任務を終えて帰ってきて、彼女が作った食事を食べるとほっとする。自分達にはなくてはならない存在。

 

 そこまで考えて、伊織はふと我に返った。そして、慌てて首を振る。



(そうじゃない。今は、そういう場合じゃない)



 いきなり首を勢いよく振り出した伊織に、子供達も困り顔で様子を窺ってくる。


 伊織は半ば無理やりにでも気を取り直し、隼人から受け取っていた物を懐から取り出した。



「ほら、俺が預かった指示書だ」

「あっ! ありがとうございます!」



 切封きりふうと呼ばれる、文の端を切って折りこんだ文自体に巻きつける形で閉じられた細長いふみを、宗右衛門は両手でうやうやしく受け取った。


 本物の書状にも用いられることもある文の見た目に、宗右衛門本人の気分はすっかり八咫烏の一人のつもりである。


 一つ目の問題の時のことを活かし、今度は最初から地面に座り込んで、皆に見えるように開いていく。



「なんてかいてある?」

「まだひらいてないよ。ちょっとまって」



 待ちきれない様子の三郎が、不知火の身体に抱きつくようにどうに手を回しながら、宗右衛門の手元を覗き込む。


 開かれた文には、先程とは解法が異なる暗号が書かれていた。



―――――――――――――――

 縦 吾無口 横 王無中

 縦 天無人 横 交無人

 縦 罪無非 横 罪無非

 縦 大無人 横 切無刀

 縦 王無中 横 吾無口

 縦 王無中 横 天無人

 縦 交無人 横 分無刀


 此れを作成せよ

―――――――――――――――



「……んーっと」

「読めるか?」

「いえ!」

「むりです!」

「……そんなにはっきり言わなくていい。何が分からない?」

「かんじがよめませんっ」

「くち、おう、なか、てん、ひと」

「あぁ、分かった分かった。やはりそこからか」



 伊織も、宝探し形式で上の年を巻き込んでの、実質は確認試験まがいのことをやると聞いていただけなので、問題作成には関与していない。問題自体も初めて見たが、漢字ばかりが並ぶ問題に、子供達の頭の上から覗き込みつつ苦笑した。


 以之梅の子供達では、大や人など簡単な文字は読み書きできても、縦や横、罪などは確かにまだ読めない。

 これでは問題を見た以之梅以外の雛達、特に保や部の年であれば、自分達こそが問題を解くことが求められる標的になっていると、すぐに勘付くだろう。あるいはその勘付かせることも含めての試験なのかもしれないが。



(これはまた、分かりやすいある種の挑発だな)



「これはお前達だけでは無理だ。……そうだな。縦と横にたくさん並べられている物がある場所はどこだと思う?」

「たてとよこ?」

「たくさんならんでる……んーっ。そんなのあった?」

「そういえば、今日は瀧右衛門が与一の代わりに丸薬がんやくを作ると言っていたなぁ」



 子供達ばかりでは答えが全く出てきそうになく、見かねた伊織がわざとらしく答えの手がかりを漏らした。


 すると、三郎が、ばっと勢いよく顔を上げた。



「くすりばこ!」



 三郎はよく動き回るせいで、その分怪我をすることも多い。

 与一や他の手当てができる者の世話になることも多く、必然的に整頓せいとんされた生薬がたくさん入った薬箱の存在も知っていた。



「あぁ、たしかに!」

「ということは、あそこかっ!」



 子供達は立ち上がり、目的地へわらわらと走って行こうとする。


 ちょっと待て。


 そう言って、伊織は顔いっぱいに喜色をたたえる彼らを呼び止めた。



「はい?」

「行く前に、そいつらは小屋に戻してから行け」

「「……はぁい」」



 伊織を見つけたことに味をしめた子供達は、あわよくば今後も目的地が人だった場合、この方法で人探しをしようと一緒に連れ回すつもりだった。


 しかし、伊織にそう言われては仕方ない。


 子供達は目的地へ行く前に狼達の小屋の方へと走っていった。


 一方、伊織は子供達の後ろ姿を見送り、近くの木陰に潜む影に声をかけた。



「おい、こら」

「……後でお前の部屋に行く」



 言いたいことは分かっていると、隼人は甘んじて伊織からの説教を受けることを約束した。


 顔を見ずとも分かる。我らが大将は酷くお怒りだ。

 それもそのはず。有事や散歩など以外では外に出さないように言われていたのに、この有り様。伊織自身も、きっと他から苦言を呈されることもあろう。


 辛抱ならんと説教が始まらないうちに、隼人はこの場をそそくさと後にした。


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