ち
閉めきった戸の向こう側。外の闇の中から、
翼をはためかせる羽音や草を踏みしめる音がし始めたのは、夜行性の動物達が狩りなどを始めたためであろう。
雛達が眠る長屋の方からは
飼っている狼や
部屋で一人静かに読み物をしていた左近は机の上の場所をあけ、そこに隼人が持ってきたものを並べていく。握り飯も二人分あったが、元々食が細い左近は湯呑だけを受け取った。
「ありがとう」
「教師一日目、お疲れ」
「隼人もね」
薄く微笑む左近の視線はすぐに手元の冊子に落ちた。
「なに読んでたんだ?」
「あぁ、これ? 高槻先生が書いていた日誌だよ。皆のことが細かいところまで書かれている。先生、真面目だったもんね」
「……あぁ」
その日誌に
その部分を、左近がそっと撫でた。
「ねぇ、隼人」
「あ?」
「襲撃犯の首謀者、あとどれくらいで分かるんだろう?」
「……団次先輩達が走り回ってるんだ。すぐに違いない。……
「うん。分かってる」
閉じられた日誌の書き手は、もう既にこの世にない。
散らす命があるならば、散らされる命があるのもまた道理。
けれど、それを黙って受け入れられるほど、人間ができているわけでもなかった。
子供達には決して見せられないような
そして、左近と隼人が部屋の外から中を
しかし、すぐにその気配の主達に声をかけることはしなかった。
「僕達五人全員が再び
「だからこそ、だろ。俺達は彼らに次代を
「そうだね。頑張ってもらわないと」
「だろ?」
わざと聞こえるように話をしながら、隼人が足音を立てないように戸へ忍びより、さっと戸を開け放った。
「お前らも入って来いよ」
「ははっ。やっぱりバレてたか」
「あたりめぇだ。俺が茶と夜食を食堂から持って出てきた時から、後ろをふらふらついてきてただろうが」
源太と、その後ろに兵庫と伊織も揃っていた。
かりかりと頬をかく源太を隼人が軽く肘で小突く。
「いやー。お前らの部屋って相変わらず入るの怖くてさ。隼人の飼ってる動物やら鳥やらが飛び出してくるか、左近の仕掛けか。良くてどっちか悪くて両方。わっかんねぇからなぁ」
「流石に僕も戻ってすぐに数カ所同時進行で取り付けるのは無理だよ」
「え? もう作ってんのか? どこだよ。教えとけよ」
「おまっ! 俺があれほど仕掛ける時には、せめて俺達には先に教えて回れと!」
「ごめんごめん。忘れてた」
あっけらかんと答える左近に、伊織は頭を抱え込んでその場に
全員を部屋の中に招き入れ、隼人が戸を閉めようとする。すると、戸にのばした隼人の手の下から、他にもまだ部屋の中を覗き込む者がいた。
「あれあれー? 面白そうなことやってるねー。僕らも混ーぜーてー」
楽しげな声をあげたのは、
そういえば。隼人はこの四人が山中に
「与一。俺は部屋に戻る」
「えっ、戻っちゃうのー? まだ頭も乾かないし、話していこうよー」
断られることがないと分かっている与一が返事よりも先に部屋へ入ろうとすると、少し眠たげな慎太郎が与一に声をかけた。今日の昼間、慎太郎は山中の
隼人としては寝かせてやりたい気もしたが、慎太郎と長屋で同室の与一は基本的に人を振り回す
いつの間にか、部屋の中には同じ代の竹組、梅組が揃っている。こうなると、残るは松組の二人。
「仲間外しはよくないな。俺、二人も呼んでくる!」
「ついでに足りない分の茶となんか食べるもんもー」
「りょーかい!」
そう言って走っていった彦四郎が戻ってきた時に持ってきたのは、何やら不機嫌そうな蝶と、苦笑交じりの笑みを浮かべた正蔵。それから、それなりの量の食事の残りと茶……ではなく酒であった。
机に並べられたのをみると、これから始まるのはただ集まって話すのではなく、もはや宴会の様相を
酒ではなくて茶だ。足りないどころか多すぎだ。しかし、ついていかなかった自分も悪いのか。と、彦四郎の目付け役である吾妻は額に手を当て、目蓋を閉じて顔を天上へ向けた。
一方、一人顔をしかめている蝶に何があったのかと聞けるはずもなく、隣に座った正蔵に伊織が尋ねた。すると、正蔵も正蔵で、別に大したことでは、と、顔を
強引な所が目立つ彦四郎のことだ。おそらく
「ごほん。では、代表して乾杯の音頭を……伊織先輩、どうぞ!」
「俺かよ! ……まぁ、いいけどな」
全員に
思わず声を荒げた伊織だったが、全く問題ない。これくらいの無茶ぶりならば過去に何度もあってきた。むしろ、その無茶ぶりの中でもましな方である。
伊織が背を正すと、皆も自然とそれにならった。
「今回、俺達がこうして戻された件に関して、思う所ある奴がほとんどだと思う」
「我らが同胞、そして雛達に
「立派な首輪だよね。雛達の師という立場の
「……あぁ。だが、常識外れなのが俺達の代だろう? ただし、情報を待て。先輩達は敬わなければならない。我ら忍びの本分である、情報収集の花形はお譲りしよう」
自分も行きたいとごねそうな彦四郎や左近、与一は何も言わない。それは知っているからだ。情報を集める意味を。その先を。
その証拠に、左近と与一は不敵な笑みを漏らしている。
「集まった
隼人のその言葉を待っていたと言わんばかりに、伊織もニッと笑う。
「俺達の領分だ。
伊織が上げた盃に、二つ返事で応えた皆も続く。
起こさずともよいものを起こした襲撃者達は僅かな間、
知らずにいられるということは、なんと幸せなことなのか。
飲み干された酒の
情報を、手ぐすね引いて先で待つ。彼らは、鳥は鳥でも知恵を持ち、鋭く磨かれた
そう、決して。
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