素直クールな幼馴染がなにか隠している気がする。

梅酒司

素直クールな幼馴染がなにか隠している気がする。

 晴天の澄んだ空のような鮮やかな青色に染まった髪をなびかせた、少女がいる。

 セミロングの髪、俺が昔から好きな女の子。

 彼女の姿が水面の向こう側に見える。


宗司そうじ……」


 声が薄っすらと聞こえる。

 だが、俺は海の中で息ができない。


 


 俺は彼女の名前を呼ぼうとした。

「――綾乃あやの


 ……

 …………

 ………………


 目を覚ます。


 今日も同じ夢を見た。ここ数か月同じ夢を見る。

 口元はヨダレにまみれていた。


「おはよう、宗司」

「……ああ、おはよう」


 ベッドで目を覚ました俺は目の前にいる幼馴染に挨拶をする。

 この夢を見て起きると必ず彼女がいる。

 だから俺はいつも安心できる。

 いつもの光景であり俺の日常を感じれる。


 幼馴染の綾乃とは家が隣同士だ。

 しかも、お互いの部屋の窓を開ければ行き来できる。

 昔からお互いの部屋を行き来していた。

 だから、窓に鍵をかけないのが暗黙の了解。

 こうして朝一番に綾乃が俺の部屋に侵入してきても不思議ではない。


「漫画借りるから」

「ああ」


 今日の綾乃はレースがあしらわれた白色のカットソーを身にまとっている。

 俺に挨拶をして本棚にある漫画を手に取る。

 そして、ベッドに腰を下ろして読み始めるのだった。


 学校がない休日はいつもこんな感じだ。

 平日の場合、制服姿の綾乃が俺を起こしてくれる。

 変化があるとすればそれぐらい。


 だが最近、俺には不安なことがある。

 それは幼馴染である綾乃が俺になにか隠しごとがあるのではないかということだ。


 正確に言えば隠しごとでない。

 綾乃は嘘をつかない。質問をすればすべて答えてくれる。


「綾乃」

「なに?」

「お前の好きな人は?」

「宗司」

「今日の下着の色は?」

「水色」

「俺にいま一番してほしいことは?

「結婚」


 こんな風に。


 付け加えて、綾乃は嘘や冗談が嫌いだ。

 なので、いま言ったことは全て本心である。

 子供のころからこんな感じなので俺も慣れバグってしまった。


 隠しごとがあるかと聞けば「ない」と答えるだろう。

 それは何故か。

 答えは簡単。こちらが聞かなかったからだ。

 なので隠しごとではなく、綾乃が俺に黙ってなにかをしているというのが正しい。


 なんでそんなことを思ったのか。

 それは長い付き合いからくる

 それとあの夢が俺の脳裏に強くこびりついてしまっているからだ。


「なあ、綾乃」

「なに?」

「俺に黙ってることってあるか?」

「あるよ」

「……例えば?」

「昨日上級生に告白されたこと、今日の朝ご飯手を抜いて一品おかずを減らしたこと、宗司が朝一必ず私の胸を見てることに気づいていること、宗司のCDラック左から三番目のケースにはエッチなDVDが隠されて――」

「すいません、それ以上は勘弁して」


 聞けば答えてくれる。

 だが、それが必ずしも俺の求めている情報とは限らない。

 今のように、藪をつついて蛇を出す状態になりかねないのだ。


 だが、その中でも気になることはあるわけで。


「なあ、今言っていた告白って」

「三年の先輩。サッカー部の人だって」


 まるで事務報告をするように俺に教えてくれた。

 綾乃にとって告白をされることは、そう珍しいことではないらしい。


 整った顔立ち、表情は豊かではないがそれが彼女の爽涼な雰囲気をより引き立てていた。

 それに女性特有の膨らみもしっかりとある。たぶん平均よりあるだろう。


 綾乃はモテる。


 幼い頃から綾乃以上に可愛い子はいないだろうと俺は常々思っていた。

 テレビに出てくるアイドルよりも綾乃のほうが可愛いとも思っていた。

 ただそれは幼馴染故の色眼鏡だと思っていた。

 だが、それが色眼鏡ではないと知ったのは中学に上がってからだった。


 綾乃が告白をされたという話を聞くことが多かった。

 本人に直接聞くことがないので、その多くは友人経由になるが。


 昔、綾乃本人からその話をされたときになんて答えてるか聞いたことがある。


「私には彼氏兼婚約者兼生涯を共にする伴侶がいるので」

 と、答えているらしい。

 そしてそれはたぶんいまもそうだろう。


「あれだけきっぱり言ってるのになんで告白してくる人がいるんだ」

 だから、こんな愚痴が出てくるのだろう。

 綾乃が読んでいた漫画から目を外すことはない。


「それは、たぶん冗談だと思われているんじゃないか」

「なんでだ、宗司は私の彼氏であり婚約者であり生涯を共にする伴侶だろ」

「綾乃は間違ってないぞ、間違ってないんだが……」

 綾乃がいつもクールで冗談ひとつ言わない真面目な女子なのは知ってる。

 たぶんそれは周りの人も。

 だけど、その言葉を真面目に言ってくる人がこの世にいるとは思わないのが普通なんだよ。


「理解に苦しむ」

 ただ一言そう言うと話は終わりということなのか、綾乃はそれ以上なにも言わず漫画を読み進めていた。


「なぜ?」

 綾乃がぽつりとつぶやいた。

「なにがだ?」

「私が宗司に黙っていること聞いてきたのは」

「ああ、その話か」

 この際本人に相談するのがいいか……。

「最近、綾乃が俺になにか隠しごとしてるんじゃないかと思ってな」

「私が宗司に隠しごとなんてするはずないだろ」

「いや、それはわかってる」

 わかっているんだ。

 読んでいた漫画を閉じ、俺のことをまっすぐと見つめてくる。

 疑いとかそう言った類の目ではない。

 単純に俺がなぜそう言ったのかを知りたい。そういった感情だろう。

「なんというか的なやつ」

「そうか」

 友人とかなら、こんな曖昧な回答をすれば怒られるだろう。

 だが、なんとなくわかる間柄だからこそ勘やふとした気づきを無視しない。

 それが俺たち二人の共通認識だった。

「俺に黙ってる……というか、報告する必要のないこととか……そういうことはないか?」

「難しいことを言うな」

「俺だって変なことを言ってるのはわかってるんだ」


「うむ、そうだな……」

 綾乃はそのすらっとした細い指で口元に寄せる。

 相変わらず綺麗な指をしてるよな。

 と、そんなどうでもいいことを考えてしまう。


「お前に黙ってやっていることか……いろいろあるんだが」

 全部が全部お互いに言うわけじゃない。

 いろいろあって当然だ。


「たとえば……、お前の部屋にあったエロ本を少々――」

「やっぱりお前か! 最近見当たらないと思ったんだ!」

 ここ数年の神隠しの正体が判明した。

「自分の彼氏がどんなことに興味があるか知りたいのは当然だろ」

「……おい待て。その言い方は」


 嫌な予感があった。

 だが、踏み込むなら今しかない。


「読んだか?」

「ああ、それに私の部屋に全部あるぞ」


 予感のさらに上だった。


「だが、さすがに増えすぎて物置に入らなくなってきたのでそろそろ整理してくれると助かる」

「彼女の部屋でエロ本を整理するって拷問かなにかか」

 勘弁してくれ。


「あとはそうだな」

 再び、すらっとした細い指が動く。


「お前のクローゼットに隠れたこともあった」

「もちろん、それは子供の頃だよな……?」

 昔はお互いの部屋を行き来できるのをいいことに相手の部屋で隠れて脅かすことをよくやっていた。

 さすがに綾乃を異性として意識してからはやらなくなった。


「二ヵ月前だ」

「なにしてくれてるんですかね! あなたは」

 直近だった。


「昔はよくしてただろ。それを久々にやろうと思ってな」

「でも、俺脅かされてないんだけど」


 そんなことをされたら覚えてるはずだ。

 しかも、二ヵ月前だったらさすがに忘れないだろう。


「最初は脅かそうと思って隠れてたんだが、宗司が私の名前をぼそぼそと言っている現場に遭遇してしまってな」

「おい」

 待て。

 それって。


「いや、宗司も男の子だとは思ってたが私をおか――」

「ストップ!!」

 俺は咄嗟に綾乃の口を手で塞ぐ。


 待て……、待て……、待て……っ!!


 綾乃の顔を直視できない。

 恥ずかしいを通り越して。

 一種の罪悪感。


 だが、口を塞いでいた手をすべすべとした細い手に退けられてしまう。

「そう恥ずかしがることないじゃない、人間として当たり前のことだろ」

 フォローが逆に心の突き刺さる。

 しかも、それが綾乃の嘘偽りない気持ちなのが余計に。


「それに言ってくれれば私はいつでも心の準備はできている」

「……そういうのはちゃんと段階を踏むので」

 綾乃の顔を見れずに答える。


「やらないと言わない辺りが素直だな。宗司のそういうところ好きだよ」

「……」


 顔に余計な熱を加えてくるな。


「……口元汚れてたぞ」

 話を紛らわした。


 さっき、口を押えたときに少しだけ違う感触がしたのだ。

 たぶん汚れか何かだろう。

「ほらこれ使え」

 ベッドの下に常備しているウェットティッシュを手渡す。

「ああ、すまない宗司のヨダレを拭き忘れてた」

 シュッと。

 箱から一枚取り出す音が聞こえる。

「ありがとう。さすが宗司気が利く」


 ……。


 いまなんて?

「……なあ、いま俺のヨダレって言ってなかったか?」

「うむ、そうだが」

 当然のことのように言われる。


 綾乃を見る。

 ウェットティッシュで口元を拭いている。

 なにもおかしな様子はない。

 先ほどの発言以外は。


「なんでお前の口に俺のヨダレが付くんだ?」

 今日はまだキスをしてないはずだぞ。


「寝ているときにいつもしてるぞ」

「誰が」

「宗司が」

「誰と」

「私と」


「……は?」


「あ、そうかこれも言ってないことだな」

 買い忘れたものを思い出したような、まるでそんな言い方。


「宗司を起こすときキスをしてるんだ。君はなかなか起きないだろ?」

「なんで俺が起きないのが関係するんだよ」


「最初はただ触れるぐらいのキスをしてたんだ」

 さも当然のように言ってるがそれも初耳だからな。

「しかし、ある日どうしても舌を入れたくなってな」

 この子はなにを言っているんだ。

 だが、俺のそんな感情を知ってか知らずか――

 いや、わかっていて話を進めているな。

「舌を入れてちょっと経つとな、宗司が目を覚ますんだ!」

 それはまるでなにかを発見した子供のように。

「これはいいと思ってな、宗司を起こすときはいつもこれだ」

 細い指が俺の唇に触れる。

「名案だろう?」


「……それって俺呼吸困難になってないか?」

 頭を冷静にし答える。

 だから溺れる夢なんてものを見ていたのか。

「あ、そうか。なら今度からは別の手段を考えないとか」

「なんでそんな寂しそうなんだよ」

 綾乃の表情は変わっていないが、言葉尻からまるで世界の終わりのような感情がにじみ出ていた。

「困るじゃないか。宗司とのキスが一回分減ってしまう」


「起こしてからするのじゃいけないのか?」

「起きてからやってもいいのか」

 一転、世界は幸福に包まれていた。

 なんともわかりやすい世界をお持ちなのだろう。

 だが、そのわかりやすさが可愛らしい。


「いや、俺もしたいし」

 だから、こんなやり取りに慣れバグってしまった俺もこんなことを平気で言ってしまえる。


「なら、いまもしていいということだな」

 綾乃は俺を押し倒し唇を押し付けてくるのだった。

 「んぁっ……、ちゅじゅっ……、はあ……、ちゅるっ」

 そのキスはしっかりと舌が伸ばされていた。


 翌日以降俺は夢の中で溺れることはなくなった。

 だが、綾乃とのキスに溺れることになるのだった。

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