久しぶりの我が家②

「取り敢えず、制服を取り戻しに行くか……」


 部屋の鍵を閉めた俺は、初めてマデイラ王国に召喚された日の夜に時間軸を設定し、『影転移』を展開する。影を通り気付かれない様にマデイラ王国の王城に潜入すると『影探知』で制服を探し当て、そっと『影収納』に格納した。


 そして、俺が元の世界に転移したよりも前の時間帯。

 それこそ、母さんが仕事に行って少し経過した時間帯に転移すると、制服に着替えるのは後にして、お菓子と飲み物をテーブルに置いていく。


 よく過去にタイムトラベルすると、その時間軸にいる自分に遭遇するという『タイムトラベルあるある』が世の中のある一種の常識のように思われているが、ある意味あれは間違いだ。

 その常識は神には適用されない。


 それは何故か?

 神とは時間構造すら超える存在だからだ。


 何が言いたいかと言えば、このままゆっくり寛いでいたとしても、数時間後、俺がやってくるという未来は訪れないと、そういう事。つまり、誰が家にやってくるという心配をする事なくゆっくり漫画やアニメを楽しめるという事になる。


「さてと……」


 母さんも仕事に行って当分戻ってこないし、溜まっていた漫画とアニメを消化するか。


 ポテトチップスの袋を開け、リモコンでテレビを付けると動画配信サービスのボタンを押し、好きなアニメを流していく。


『撃滅のセカンドブリット! うおぉぉぉらあぁぁぁ!』

『ぐあぁっ!』

『もう一丁おぉぉぉ!』

『調子に乗るなっ! 絶影っ!』


 いいなぁ~。アルター能力とか欲しいな……。

 俺もできれば『衝撃のファーストブリット』とか言って相手にダメージを与えてみたい。


 ポテトチップスを食べながら、アニメを見ていると、いい所でインターホンが『ピンポーン』と鳴った。


 折角、いい所なのに……。

 誰だろう?


 リモコンで再生を止め立ち上がると、インターホンのボタンを押し話しかける。


「はい。どちら様でしょうか?」


 なんだかインターホンに話しかけるのも久しぶりだ。

 態々、玄関を開けなくても、誰が来たのか事前に確認する事ができる。

 流石は現代日本。異世界とは大違いである。


 インターホンの画面に視線を向けると、そこには、おばさん二人組が立っていた。


『こんにちわ。お母様はいらっしゃいますか?』


 えっ、お母様?

 母さんの知り合いだろうか??


「いえ、つい先程、仕事に出ましたけど……」

『ああ、そうなんですか? それは困りましたね。私達、お母様に届け物があって来たのですけど……』

「えっ? そうなんですか?」


 この時間はいつも母さんは仕事に出ている。

 本当に母さんがこの人達を呼んだのだろうか?


 まあ、母さんは抜けている所があるから、多分、就業時間を伝え損ねたのだろう。


『ええ、そうなのよ~。申し訳ないんだけど、お母様にこれを渡して下さる?』

「ああ、わかりました。すぐに向かいますね」


 扉を開けると、満面の笑みを浮かべるおばさん二人組が立っていた。

 手には封筒を持っている。


「あらまあ、態々、出て来て貰って悪いわねぇ~。今日は留守番かしら?」

「え? ええ、はい。まあ、そんな感じですけど……」


 誰この胡散臭いおばさん達?

 まさか宗教勧誘の人じゃないよね??


「そうなのぉ~。偉いわね。それじゃあ、この冊子をお母様に渡してくれる?」

「あっ、はい」


 冊子を受け取ると、おばさんの一人が玄関が閉まらない様、スッとドアの前に足を置いた。


「えっ?」


 俺が驚きの声を上げると、おばさんの一人が叫び声を上げた。


「ああっ! 大変! 佳代子さん。この子っ!?」

「え、ええっ!?」


 一体、どうしたというのだろうか?

 っていうか、家の前でそんな甲高い声を上げないで欲しい。


 そんな事を考えていると、佳代子さんと呼ばれた、もう一人のおばさんが真剣な表情を浮かべる。


「申し訳ないんだけど、あなたの名前を教えてくれる?」

「ええっ? 名前ですか? 佐藤悠斗ですけど……」

「そう。佐藤悠斗君ね……。それじゃあ、悠斗君。まずは落ち着いて話を聞いてくれる?」

「は、はい……」


 おばさんは一息つくと、一度目を閉じ開眼して呟くように言った。


「悠斗君。あなたには、邪気が取り憑いているわ……」

「じ、邪気ですか?」


「ええ、これから時間ある? 私達の所属する団体の教祖様には、あなたに取り憑いている邪気を祓う力があるの……。勿論、私達も教祖様より力を頂いているけど、私達にできる事は、こうして邪気に取り憑かれた人を見つけ出し、教祖様の下に連れて行く事だけ……。前々から思っていたのよ。この家の誰かに邪気が取り憑いていると……」


「ええっ! そうなんですか!?」

「そうよ。例えば、高校一年生になったのに身長が中々伸びないとか、不良に絡まれてカツアゲされた事があるとか、まだ高校生なのに何故か、馬車馬の様に働かされたとか、そんな悩みはない?」

「い、言われてみれば……」


 言われてみれば、高校一年生にもなって身長がまったく伸びないし、アダムとタイガにカツアゲされた揚句、異世界に転移させられるし、ユートピア商会では、人一倍働かされている様な気がする。


 なるほど……。

 色々、おかしいとは思っていた。

 なんで俺ばかりこんな目に遭うのだろうかと……。

 このおばさん達の言う通り、邪気とやらがその原因の様だ。


「私達はあなたの事を助けたいの……。邪気は祓うのが遅れれば遅れる程、大きくなるわ! できれば今すぐにでも教祖様の下に連れて行きたいんだけど、悠斗君。今、時間ある?」

「は、はい!」


 それはもう時間ならたっぷりある。

 良い機会なので、俺に取り憑いた邪気とやらを祓って貰うとしよう。

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