新興宗教『神興会』①

「それじゃあ、私に着いて来てくれる?」

「は、はい! すぐに準備をしますのでちょっと待っていて下さい」


 おばさん達に外で待っていて貰い、扉を閉めるとお菓子を片付けテレビを消す。

 そして、そのまま外に出ると、おばさん達の案内の下、お祓いをする場所に向かった。


「着いたわ」

「えっ? ここでお祓いをするんですか?」


 おばさん達に案内された場所。

 そこは、家から百メートルほど離れた場所にある集合住宅の一室だった。


「ええ、そうよ。ああ、その前に、これで手をお清めして」

「あっ、はい……」


 部屋の中に入る前に、手に塩の様なものを降りかけられる。

 郷にいては郷に従えと言うし仕方がない。


 取り敢えず、清めの塩?で手を洗う。

 こっそり鑑定してみると、スーパーに売っているプライベートブランドの塩の名前が表示された。

 果たしてこれに効果があるのだろうか?


 いや……。


 塩には元来、魔除けの効果があるというし、俺が知らないだけで、俺に取り憑いている邪気を祓う効果があるのかもしれない。


 とはいえ、塩のザラザラとした感触が不快感を誘う。

 おばさん達に内緒で『生活魔法』の『洗浄』で手を綺麗にすると、おばさん達に案内されるがまま、家の中に入っていく。


 とても生活感のある部屋だ。

 部屋の中には、某レジャー施設のマスコットキャラのぬいぐるみや、フィギュアが置かれている。

 こんな事を言ってはアレだけど、本当にこんな所で邪気とやらを祓う事ができるのだろうか?


 そんな事を考えていると、奥の部屋から新たなおばさんが現れた。

 この人が教祖様なのだろうか?


「初めまして、私は神興会の教祖、伊藤と申します。話は伺っております。確かに、もの凄い邪気を身に纏っていますね」

「ええ、そうなのです。教祖様。どうか、この子の邪気を祓って差し上げて下さい」

「わかりました。それでは、まずこちらの書類にサインを……」

「えっ?」


 手渡されたのは『神興会 入信誓約書』というもの。

 まさか、入会しないと邪気を祓って貰えないのだろうか?


「えっと、入会しないと邪気は祓って貰えないんですか?」


 率直な気持ちを言葉にして告げると、おばさんが眉を顰める。


「勿論、入会しなくても邪気を祓う事は可能です。しかし、邪気を完全に祓う事はできません。邪気を完全に祓う為には、神興会に入信し、正気を積む必要があるのです」


 なるほど、正気か……。

 全然、分らない。なんだ正気って??


「えっと、正気とは一体……。邪気と何か関係があるんですか?」

「勿論です。正気と邪気は表裏一体。邪気は正気でしか祓う事ができません。これからあなたの邪気を私の積んだ正気で祓います。しかし、正気を積まない事には、折角祓った邪気がまたあなたの下に戻ってきてしまうのです」

「そ、そうなんですか!?」


 なるほど、納得の理由だ。

 つまり正気を積まない限り、邪気がいつまで経っても付きまとう事になると、そういう事か!


「正気は神興会に入信し、ある行事をする事により積む事ができます。わかりますか? 正気を積み体質を改善しない事には、いつまで経っても邪気を祓う事はできないのです」

「な、なるほど……」

「わかって頂けて何よりです。それでは、こちらの入信誓約書にサインを頂けますか?」

「は、はい!」


 そう言うと、俺は入信誓約書を読み進めていく。

 この入信誓約書によると、正入信する為には、神興会の理解を深める為の『神興新聞』の購読、年に一度の『御神体供養』、神興会の『布教活動』の三項目の実践が必要になるらしい。


 つまり、俺の場合は仮入信扱い。

 取り敢えず、邪気は祓ってくれるけど、正入信する為には、三項目の実践をする必要があるようだ。


 入信する事により不利益になる様な項目がある様には思えない。

 入信誓約書にサインすると、教祖様に入信誓約書を手渡した。


『よし。これで五十人目の入信者ですね……』


 入信誓約書を手渡す際、教祖様が何か言った様な気がしたけど、多分、気のせいだろう。

 教祖様は入信誓約書を引き出しにしまうと、手を合わせ御神体が安置してあるであろう神棚に祈りを捧げる。


「それでは、早速、邪気を祓いましょう。信者、佐藤悠斗。こちらの部屋に……」

「は、はい!」


 緊張しながら部屋に入ると、そこには整骨院や形成外科とかでよく見るマッサージベッドが置かれていた。

 ここで一体、何をするつもりなのだろうか?


「さて、佐藤悠斗。このベッドにうつ伏せになりなさい」

「ええっ? 一体、何をする気なんですか?」

「そんな事は決まっています。これから邪気を祓うのですよ。安心して下さい。私は柔道整復師の資格を持っています。私の邪気の祓い方は少々特殊なのです」

「し、少々特殊?」


「ええ、私は正気を纏った手で、身体を支える中心となる骨盤や背骨を整え、骨のズレ等を強制する事により、筋肉のコリや疲労をほぐし、邪気を祓う事を得意としているのです。まず体験してみればわかります。術後に邪気が身体から消え去り、爽快感が身体を巡るのが体感できる事でしょう」

「わ、わかりました」


 マッサージベッドにうつ伏せになると、まるで整骨院の施術の様に、教祖様が骨盤を整え患部を揉み解し丹念に経穴を押していく。


 凄い。なんだか身体が温かくなってきた。

 身体の調子もいつもより格段に良い。

 まるで俺の身体じゃないみたいだ。


 二十分間の施術を終え、立ち上がると爽快感が俺の身体を駆け巡る。

 なるほど、これが邪気を祓うという事か……。

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