フェロー王国道中

 フェロー王国に向かっている途中、オーランド王国の女王フィンが騒ぎ出す。


「ねえ、オーディン様。サンミニアート・アルモンテ聖国に向かったバルドル様達の様子はどうなの?」

「ええい、何度も何度も……バルドル達はまだ進軍中だと言っているであろう!」


 さっきから何度も何度も何度も何度も煩くてかなわん。


「仕方がないじゃない。まさかこんなに暇だなんて思わなかったんだもの」

「仕方がなくないわ! 周りを見てみよ。進軍中にそんな事を言っているのはお主だけだ! もっと緊張感を持たんか!」

「え~こんなに暇なら、国でハーブティーでも飲んでいればよかったわ」


 これからフェロー王国と戦争だというのに、なんて楽観的な……。

 この態度も、我々がオーランド王国側に付いているからだと思いたい。


 正直、連れてきた事をもの凄く後悔している。


「なあ、親父。なんでこんな奴連れてきたんだ?」


 おい、止めろトール!

 この女とんでもなく面倒臭いんだぞ!

 お前のいう事は最もだが、今は押さえろ!

 そんなよく通る声でこの女を侮辱するでない!


 チラリと、フィンに視線を向けると、少し怒った表情を浮かべている。

 ここで、『ワシも連れてきた事を後悔している』なんて事を言ってしまえば、絶対に面倒くさい事になること請け合いだ。

 ワシは、こっそりトールに耳打ちする。


「……まあ、そういうなトール。フィンには、ワシが与えたユニークスキル『戦神召喚』がある。つまり、こうしてワシがこの世界に顕現できているのも、フィンのお蔭だ。もしフィンの機嫌を損ね、このワシを天界に戻して見ろ……ロキの奴、天界の戻ったワシの事を喜んで捕まえに来るぞ」

「まあ、親父がそう言うなら仕方がないけどよ……納得いかないぜ」


 トールは実直な性格だからな。

 ワシがこう言っても心の底では納得しないだろう。

 しかし、ここで牽制しておかないと、いずれフィンと対立する。

 今はフィンの奴もトールの力を認めている為、なにも言わぬだろうが、万が一、ワシの知らぬ所で対立し、フィンが短気を起こして『戦神召喚』を解いて見ろ。その瞬間、天界に逆戻りである。


 なにより、ワシは妻達の反対を振り切ってこの世界に顕現したのだ。

 主神の座を取り戻さずにして天界には戻れぬ。

 妻達と住んでいた宮殿も神器に変えてしまった事だしな……。


「まあ、フィンの相手はこのワシに任せろ」

「……ああ、そうだな。確かに今、気にする事じゃねーな。わかったぜ親父! この鬱憤はロキの味方をする神共にぶつけてやるさ!」

「ああ、フェロー王国での働き……期待しているぞ」


 ワシがそう言うと、トールは気分よく自分の戦車に戻っていく。

 さて、そろそろ、本気でフェロー王国占領の事を考えなくてはな……。


 一対の神狼ゲリとフレキが引く戦車の上で、『王座フリズスキャールヴ』に座ると、ご機嫌斜めなフィンを後目に、フェロー王国の状況を覗いていく。

 するとそこには、先日覗いた時には映し出されなかった光景が浮かんでいた。


「な、なにっ!? な、何故、天使が……天使の軍勢がフェロー王国を護っている!?」


 王座に座り見えてきた光景は、衝撃的だった。

 フェロー王国を囲む様に展開されている無数の天使。

 そして、フェロー王国を囲む強固な壁。


「お、おのれロキ……サンミニアート・アルモンテ聖国ではなく、フェロー王国を強固な守りで固めるとは……」


 まさかロキがここまでこの世界に干渉してこようとは思いもしなかった。


「おい、どうした親父!」


 異変に気付いたトールが、乗っていた戦車から飛び乗り、近くまで寄ってくる。


「いや、大した事ではない……」


 そう。よく考えて見たら大した事ではない。

 こちらには世界に干渉できる神器『王座フリズスキャールヴ』がある。

 天使の軍勢位たいした問題ではない。

 それにこちらには雷神トールがいる。


 トールの持つ神器『ミョルニル』の力があれば、国に雷を落とす事もできる。

 いかに天使がフェロー王国を護ろうと、ミョルニルの力があれば関係ない。


 しかし、気を引き締めなければならなくなった。

 こちらの進軍がフェロー王国側にバレている。


 ワシらがバルドルの死兵を連れてフェロー王国に辿り着くまであと一日。

 恐らくそれまでの間に、更なる一手を打ってくる事だろう。


 今の内に、王座の力で天使共を蹂躙しておこうか……いや、今それを行うのは悪手だ。

 何、ワシらは正々堂々と、奴等に相対せばいい。


 最優先は、このワシから主神の座を簒奪した狡知神ロキを抹殺する事……。

 多くの人間を死に追いやろうが、それさえできればワシらの勝ちなのだ。


 それにサンミニアート・アルモンテ聖国を占領すれば、その心配事も払拭される。

 教会の力は強い。教皇がロキサイドの人間に代わっただけで、主神の地位を奪われてしまったのだ。

 サンミニアート・アルモンテ聖国を占領した後は速やかに教皇を変える必要がある。

 まあ占領後の事を今考えても仕方があるまい。

 今は目の前の事に集中しよう。


 王座の力でフェロー王国を覗くと、不敵の笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る