ゲーベル迷宮③

「ふう。もうそろそろ打ち止めかな?」


 クラーケンを従業員達の組んだ円陣の中央に転移させる事、十数回。海中を『影探知』で探って見るも?もうクラーケンはいないみたいだ。収納指輪の中には、従業員達の倒した十数体のクラーケンが収められている。

 従業員達に視線を向けると、クラーケンに剣を突き立てこちらに手を振っていた。


 従業員達のレベルを『鑑定』してみると、全員レベル三十五を超えている。

 流石はボスクラスの力を持つ海の怪物クラーケン。経験値までボスクラスだ。まだ一階層目にも関わらず、こんなにもレベルを上げる事ができるとは思いもしなかった。


「それじゃあ皆、次の階層に向かいます。クラーケンの報酬は後で平等に分配するから楽しみにしていてくださいね」


 俺がそう言いながら、クラーケンを収納指輪にしまおうとすると、それに待ったをかける者が現れる。


「そこのガキ、ちょっと待てっ! そいつに触るんじゃねー!」


 突然の怒鳴り声に、伸ばしかけた手を止めると、俺は訳の分からない事を口走る男達に視線を向ける。

 するとそこには、昨日、因縁を付けてきた冒険者達が佇んでいた。


 何故、従業員達が倒したクラーケンに触るなと言っているのか理解に苦しむが取り敢えず話だけは聞いてみる事にする。


「えっと……何の用ですか?」

「ああっ? そんな事決まっているだろ、そのクラーケンを貰いに来たんだよ」


 俺が声をかけると、男達は俺達を威圧しながら、そんな戯言を呟いた。

 そして、ひらひらと手を振り、あっちに行け、と仕草で示してくる。

 従業員達に視線を向けると、黙り込み顔を下に向け沈痛な表情を浮かべている。

 一体何故、従業員達がそんな表情を浮かべているのかわからない。


 冒険者達は、そんな従業員達の表情を見るとニヤリとほくそ笑んだ。


「そうそう、わかれば良いんだ」

「運良くクラーケンを倒せたからといって良い気になるなよ」

「お前達は一生俺達に集られる、そんな人生を歩んでいけばいいんだ。スラムのゴミ共がよ」


 何が起こっているのかは分からないが、今この男が言った『一生俺達に集られる、そんな人生を歩んでいけばいいんだ。スラムのゴミ共がよ』という一言で、ある程度の事を察する事ができた。


 要はあれだ。

『影収納』に収まっているBランク冒険者達と同様に、こいつらもスラムに行ってはお痛な行動をする程度の低い冒険者達なのだろう。


 それにしても、この冒険者達は従業員達がクラーケンを倒した姿を見ていなかったのだろうか?

 十数体のクラーケンを倒した従業員達を目の前になんでそんな高圧的な態度を取る事ができるのか理解に苦しむが、集り屋根性の染み付いた人の考えが常人に理解できる訳もない。


 従業員達も従業員達である。

 クラーケンを屠る程の力を持っているのに、何故、こんな底辺冒険者達に怯えているのだろうか?

 もしかして従業員達、クラーケンとの戦いで、こいつ等よりレベルや力が強くなっている事に気付いていない?


 そう思い至った俺は、冒険者達を無視し、クラーケンを収納指輪に収めた。

 すると、冒険者達は驚きの表情を浮かべる。

 集りを邪魔されるとは思っていなかったのだろう。


「おいてめぇ! クラーケンをどこにやった!」

「……ふざけた事をしてくれるじゃねぇか!」

「俺達に楯突いて……タダで済むと思うなよっ!」


「はあっ……」


 俺がわざとらしくため息を吐くと、冒険者達はこめかみに青筋を浮かべた。


「はああああっ!?」

「このクソガキが、一体何のつもりだっ!」

「俺達のクラーケンを返せっ! 何だったら冒険者ギルドに訴えてもいいんだぞっ!」


「冒険者ギルドに訴える?」


 クラーケンを倒せない冒険者が、冒険者ギルドに何を訴えるつもりなのだろうか??

 やはり集り屋の考える事は謎だ。


「えっ? クラーケンを倒したのは従業員達ですが、何を訴えるんですか?」


 俺がそう呟くと、今度は額に青筋を浮かべた。

 器用な人達である。そのまま、血管が切れて倒れてくれるとありがたい。


「……て、てめぇ!」

「本気で訴えてやるからなっ! いまさら止めてくれと懇願してももう遅いぞ!」


「ご自由にどうぞ……冒険者ギルドに訴えたいのであれば、好きに訴えてくれていいですよ。まあ、俺達は冒険者ギルドに加盟していないので無駄だとは思いますが……それじゃあ、皆さん。行きましょうか」


 冒険者達を一瞥し、従業員達にそう声をかけると、『待てやっ!』と男達の一人が俺の肩を掴み止めようとしてくる。

 しかし『影纏』を纏っている以上、男は俺の身体に指一本触る事すらできない。

 俺の肩を掴もうとした男は、俺の身体をすり抜けそのまま転倒してしまった。


「えっ……!? ぐあっ!」


「まだ何か用があるんですか?」

「こ、このクソガキ、今、一体何をやったっ!?」


 何をやったも何も『影纏』を纏い突っ立っていただけだ。


「こっちは忙しいんですけど……」


「ふ、ふざけるなっ!」

「てめぇ! ぶっ殺すぞっ!」

「いいから、クラーケンを置いて行けっ!」


「う~ん。わからない人達だな……なんでクラーケンを倒してもいないあなた方が威張り散らしているんです? もしかして、従業員達が相手なら何をしてもいいと勘違いしていませんか?」


 俺がそう質問すると、男達は顔を見合わせ笑い出した。

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