ゲーベル迷宮④
何か可笑しな事を言っただろうか?
突然笑い出した冒険者達に困惑した表情を浮かべていると、冒険者達が声を上げる。
「そもそも、それだけの人数がいれば、クラーケンなんて簡単に倒す事ができるに決まっているだろーが」
「皆で倒しましただなんて威張れた事じゃねーなぁ? つまり、一人一人の力は俺達に遠く及ばないって事だよ」
「そうそう。それにスラム街の奴らがなんで迷宮に入ってこれたんだ? ああ? どうせ口には出せねぇ違法な手段で迷宮に侵入したんだろ? トースハウン領のギルドマスターは大のスラム嫌いだからなぁ。勝手に迷宮に侵入してタダで済むと思っているのかよ?」
「そうそう、これは口止め料だ。優しいだろっ? クラーケン一匹で済ませてやろうって言っているんだからよぉ?」
「それともなんだ、俺達と殺り合うか? 俺達は別にそれでもいいんだぜ?」
「おい、もう面倒臭え。スラムのゴミ共はここで片付けて、クラーケン貰って帰ろうぜ。アイツらの持っている武器も中々良さそうだしよぉ」
「ああっ? まあそうだなぁ、コイツらゴミ共を殺した所で誰も何もいいやしないだろうし、冒険者ギルドに登録しちゃいねぇ。クラーケンの出現で他の冒険者達もいない様だし、殺っちまうかぁ!」
男達はそういうと、腰に差していた剣を抜き、俺達に向かって近付いてくる。
どうやら完全に俺達と殺り合う気らしい。
そして、男達の言葉から分かった事もある。
どうやらこの男達、商業ギルドにも迷宮での活動が認められた事をまだ知らない様だ。
それでいて、従業員達の事を、何か違法な手段で入り込んだスラム街の住民だと思い込んでいる。
商業ギルドに登録したからには身元は保証され、万が一の事があれば責任を問われる事もあるというのに全く勝手な事を……あの冒険者達は進んで犯罪者になりたいのだろうか?
俺は冒険者達に呆れた表情を浮かべるも、従業員達に指示を出していく。
「皆さん『ステータスオープン』と唱え、自分のレベルとステータスを確認して下さい」
俺が従業員達に向かってそういうと、従業員達は自分のレベルとステータスを確認していく。
そして、自分のレベルとステータスを確認して貰った後、『あの男達のレベルとステータスを鑑定して下さい』と呟いた。
すると、従業員達は皆揃って驚きの表情を浮かべる。
「どうですか、皆さん。Bランク冒険者といえど、あの男達のレベルは三十程度。それに対して皆さんのレベルは三十後半。もはや、何故、Bランク冒険者になる事ができたのかわからない位です。確かにあの男達の人相は凶悪で素行が悪く怖く思うかもしれません。しかし、昨日の皆さんとクラーケンとの戦いに勝利した今の皆さんとでは、レベルもステータスもあの男達と立っているステージがまるで違います。今なら勝手な事を言うだけの口だけの男達を合法的に黙らせる事もできると思いますがどうします? あっちは殺る気みたいですけど……」
あっちは殺る気だし、襲われそうになっているこちらからすれば、これは正当防衛だ。
正義はこちらにある。
俺がそういうと、従業員達は男達に向かって剣を向けた。
「ああっ、何だ? 俺達に剣を向けて……スラムのゴミの分際で、俺達と殺り合おうって訳じゃないよなぁ?」
「これだからスラムのゴミ共は困る。ゴミはゴミらしく、素直に斬られていれば、楽に死ねたのによぉ!」
従業員達が男達に剣を向けて直ぐ、男達の一人が従業員達に向かって斬りかかっていく。
「ま、まさかっ!?」
驚きのあまり、俺は咄嗟にそう呟いてしまった。
「へっ! もう遅いっ! 俺達に歯向かった事をあの世で後悔するんだなぁ!」
正直言って驚きだ。
まさか、レベル三十のBランク冒険者一人が、レベル四十近くの従業員達、総勢百人に向かって躊躇いなく斬りかかりに行くとは思いもしなかった。
あの冒険者、頭が悪いんじゃないだろうか?
数の暴力なんて子供でもわかる理屈だ。
普通に考えてあり得ない。
それに今、従業員全員が剣を持っている。しかも、レベル差が解るよう男達にも聞こえる様に話してあげたにも関わらず、突っ込んでいったのである。
男達の仲間は仲間で、『あーあ、だから言わんこっちゃねぇ』『ありゃあ楽に死ねないなぁ』と、一人突っ込んでいった男に視線を向けながら談笑していた。
その言葉は、従業員達に向けた言葉なのか、一人突っ込んでいった男に向けた言葉なのか判断が付かない。
「よしっ! 俺達も続くぞっ! スラムのゴミ共を皆殺しにしろぉぉぉぉ!」
すると、一番後ろに控えていたリーダー格の男が剣を前に向け大声を上げる。
「「「おおおっ!」」」
男達は無謀にもリーダー格の男の上げた大声を音頭に、従業員達に向かって突っ込んで行った。
どうやら先程、男達が言っていたのは、従業員達に向けた哀れみの言葉だった様だ。
「死ね!」
先方を切った男が、そう叫びながら従業員の一人に斬りかかる。すると、それを察知した『影精霊』が従業員達の影を伝い、男の身体を縛り上げた。
「な、なんだっ!? 一体何なんだこの影はぁぁぁぁ!」
「それは従業員達に憑いている護衛『影精霊』です。破壊の天使クラスの力がないと倒す事はできません……そして、ユートピア商会に所属する従業員達一人一人に最低十体、その『影精霊』を護衛につけています」
『影精霊』に捉えられた男に聞こえるようそう呟くと、男は跪き叫び声を上げる。
「だ、だったら、何だって言うんだっ!」
「いえいえ、どういう思考回路を辿ったら、レベル三十の冒険者十人が、レベル四十近くのの従業員百人と『影精霊』千体を相手に勝てると踏んだのか悩んでいまして……あなたはどう思います?」
「そ、そんな事知るかぁぁぁぁ!」
「ですよねー。それじゃあ、皆さん。死なない程度に今までのお礼と、二度とスラムに近付きたくなくなる様に教育してあげて下さい」
俺がそういうと、従業員達は剣を構え、冒険者の男達に向かって殺到した。
まあ、常習犯だったみたいだし、こうなる事も仕方がないよね?
折角なので、『影収納』に収めていた冒険者達を解放すると『影転移』で従業員達に対する生け贄として捧げていく。
多少弱っている様だけど、因果応報だと思って受け入れて欲しい。
「な、なんだ? 俺達は解放されたのかって、げぇっ!?」
そんな冒険者達に向かって合掌すると、収納指輪から取り出した耳栓を装着し、目を閉じて祈りを捧げた。
「世界が平和でありますように……」
そんな事を祈りながら目を閉じる事、十数分、改めて目を開けると、従業員達によりボロ雑巾の様になった冒険者達の姿が目に映った。
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