トースハウン領③

 スラムに住む達の来訪を、配給の準備をしながら待っていると、リオ君達の頑張りのお蔭か、食べ物の匂いに釣られたチラシを持ったスラム街の人々が一人、また一人とテーブルに向かって近付いてきた。


 しかし、『影分身』が怖いのか、はたまた俺が怖いのか、一定の距離で立ち止まると、テーブルに置いてある食べ物に視線を向けたまま、動こうとしない。


 これはいけないと思い俺が声をかけようとすると、スラム街の人々の内の一人が俺に向かって声をかけてきた。


「あ、あの……これで食べ物が貰えると聞いたんですけど……」


 最初に声をかけてきたのは、ボロボロの服に身を包んだご婦人だった。

 頬はこけ、随分と痩せている。

 その姿はスラム街に住む者の過酷な生活を彷彿とさせる。


 俺は精一杯の笑顔を浮かべると、引換券を受け取り収納指輪からユートピア商会で販売されている量産品の衣服を取り出し、オーク肉をふんだんに使った豚汁、そして肉と野菜の刺さった串焼きと共に手渡した。


「はい。こちらをどうぞ。そちらに食事スペースを設置していますので、ゆっくり食べて下さいね」

「あ、ありがとうございます。ありがとうございます!」


 俺が食べ物と共に衣服を渡すと、ご婦人は大事そうに食べ物を抱え、食事スペースに向かっていく。


 よかった。

 正直、スラムの識字率に多少の不安もあったが、リオ君達が上手くやったらしい。

 リオ君達は文字を読めていた様だし、読めない人には聞かせて上げているのだろう。

 本当に任せてよかった。


 そんな事を考えていると、ご婦人に食べ物を渡した事を皮切りに、チラシを持った人々が我先にと押し寄せてきた。


「お、俺も引換券を持ってきたぞ!」

「はい。こちらをどうぞ。熱いので気を付けて下さいね」


「おい、抜かすんじゃない! 俺が並んで先に並んでいたんだぞ」

「はい。今、割り込んだ方は並び直して下さいね。あなたですよ、あなた。はい。最後尾に並んで下さいね~」


「ああ、暖かい食べ物なんて久しぶりだねぇ。ありがとう」

「いえいえ、ユートピア商会の従業員になって頂ければ、一日二食暖かいご飯が食べられますよ。給料も働きに応じて白金貨三枚から支給します。この配給が終わった後に面接がありますので、もしよろしければ参加して下さい」


「小さな子供が三人と、疾患持ちの夫がいるんです。私でも働けますでしょうか?」

「勿論です。ユートピア商会は託児所も完備する予定です。先程『完全治癒』をスラム街全体にかけたので、疾患も治っているとは思いますが、念の為、万能薬を付けておきます。興味があったら、是非、配給後の面接に参加して下さいね」


 そんな風に忙しく食べ物の配給をしていると、スラム街の住人以外の人まで寄ってきた。


「おっ? ラッキー!」

「スラム街のゴミ共相手に配給か? やめとけ、やめとけ、勿体ない」

「そうそう、それは俺らが貰ってやるよ」

「坊主! さっさと、俺達に食事を持ってこい!」

「おらっ、スラムのゴミ共は散れ! 痛い目を見ない内になぁ!」


 突然、スラム街にやってきた冒険者風の男達は、勝手な事を言いながら、スラム街の人達に向かって恫喝し始める。


 俺はため息を吐くと、スラムの人々と冒険者風の男達の間に立ち『影分身』で配給を続けながら話しかけた。


「なんですかあなた達は、見た所、スラム街に住む方では無さそうですし、裕福そうなあなた方に配給は必要ありませんよね? この配給はスラムの人々、そして未来の従業員獲得の為に行っている事です。部外者が口を出さないで下さい。はい。馬鹿なおじさん達がうるさくしてごめんね。君達には指一本触れさせないから、椅子に座ってゆっくりご飯を食べるんだよ~」

「うん。ありがとう!」


 俺がそういいながら配給を続けると、冒険者風の男達が突然怒り出した。


「スラム街のゴミ掃除に来てみれば、餓鬼の分際で言ってくれる……」

「舐めた口を聞きやがって、いいから食い物を持ってこい!」

「俺達は全員がBランク冒険者だぞっ!」


 また冒険者か……。

 トースハウン領の冒険者はこんな奴ばかりなのだろうか?

 しかも、スラム街の人達の怯え様。もしかして常習的にスラムを襲ってるんじゃ……。


 俺は配給を続けながら、スラム街の人達に声をかける。


「あの人達、よくここに来るの?」

「は、はい。月に数度訪れては、我々に暴力を振るっていくんです……」

「そう……じゃあ、害虫は排除しないとね」


 俺はBランク冒険者達に影を這わせるとそのまま身体を『影縛』で縛り上げる。

 そして、冒険者が騒ぎ出す前に『影収納』の中にしまうと、そのまま配給を続ける事にした。


「はい。害虫は駆除しました。皆さんは安心して食事を楽しんで下さいね」


 しかし、スラム街の人々の反応が薄い。

 一体どうしたのだろうか?


「皆さん? どうしました?? ああ、もしかして食べ物の量が足りなくなると思ってます? 安心して下さい。皆さんが満腹になる位の食事は用意しているので、配った食事では足りない人も遠慮なくお代わりの列に並んで下さいね」


 豚汁を器に注ぎながらスラムの人々の顔に視線を向けると、人々は一様に驚いたかのような表情を浮かべていた。


「えっ、ああ、あなたは……いえ、あなた様は何者なのですか?」

「えっ? 俺ですか?? 俺は佐藤悠斗。ちょっと運が良いだけの、皆さんと変わらない普通の人間ですよ。さあ、冷めない内に食べましょう。折角、用意したんですから、はい。オーク肉がたっぷり入った豚汁ですよ。熱いから気を付けて下さいね」


 俺がそういいながら豚汁を渡すと、スラムの人々は、嬉しいのやら困惑しているのやらと何ともいえない表情を浮かべたまま、静かに食事を始めた。

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