悠斗の家出④

 よく考えて見れば、屋敷神や鎮守神は俺以上に働いてくれている。


「鎮守神には悪い事をしたかな……」


 しかし、毎日毎日、万能薬入りのハーブティーを飲みながら休みなく働くのはキツイ。

 肉体は大丈夫でも精神がおかしくなる。いや、既におかしくなっている。

 俺はその考えを振り落とす様にゆっくり頭を振る。


 やはり三十日間働いて一時間しか休憩が貰えないのはおかしい。

 贅沢をいえば週五日働いて二日間は休みが欲しいものだ。

 今まで考えない様にしていたけど、地下迷宮やユートピア商会で働く人形達の労働環境改善も視野に入れた方がいいかもしれない。


 そんな事を考えていると、外にいる兵士達に動きがあった。

 どうやらモンスターと遭遇したらしい。

 影の中から様子を伺って見ると、兵士達がまるでカマキリの様な形をした虫型モンスターに襲われていた。


「ぐうっ! ここを通った時は、こんな奴いなかったのにっ!」

「おいっ大丈夫か! こいつはヤバい。逃げるぞ!」

「ああ、だが足が……」


 視線を向けると、兵士の一人が足に怪我を負っていた。

 このままでは、あの虫型モンスターから逃れる事もできそうにない。


 カマキリの様な形をした虫型モンスターが、金切り声を上げると、前足を鎌状に変化させ、怪我を負った兵士を捕えようと鎌足を振るってくる。


「『影縛』『影収納(酸素あり)』」


 俺は影の中から、虫型モンスターを『影縛』で縛り上げると、酸素ありの『影収納』の中に虫型モンスターを収納した。

 本当は、虫型モンスターの相手なんてしたくないし『影収納』の中に入れるなんて以ての外だが、こればかりは仕方がない。兵士達を見殺しにするのは夢見が悪いし、これ以上、経験値を上げる訳にはいかない。

 ついでなので、『影探知』でここいら一帯にいるモンスターを捕捉すると、それら全てを『影収納(酸素あり)』の中に格納していく。

 これはサービスだ。


 兵士達は迷宮跡地の外に向かっている。

 そして俺はそんな兵士さん達の影の中でゆっくり休憩させて貰っている。

 いわば、ギブ&テイクの関係にある訳だ。


 本来、この兵士達に頼らなくても、迷宮跡地の外に出る事位容易い。

 しかし、万が一、迷宮跡地の外に兵士達が待機していたら?


 見つかった瞬間、この迷宮の迷宮核を持つ俺は重要参考人として捕まってしまうかもしれない。

 勿論、ただで捕まる気はないが、こういった面倒事に巻き込まれない為にも、ある程度の保険は必要である。


 影の中から兵士さん達の様子を覗いてみると、兵士さん達はポカーンとした表情を浮かべたまま動かない。一体どうしたというのだろうか?

 俺が不思議に思っていると、兵士の一人が両手で自分の顔を叩いた。


「ぐっ、どうやら夢ではないらしい」

「あ、ああ、何が起こったのかは分からないが助かった。すまないが、ポーションをくれないか?」

「そ、そうだな」


 そういうと、兵士は荷物の中からポーションを取り出し、足を怪我した兵士に手渡した。


「そらよっ、受け取れ」

「おお、サンキュー!」


 ポーションを受け取った兵士は、ポーションの半分を傷口にかけ、もう半分を飲み込んでいく。

 すると、兵士の足の傷が塞がり出した。

 万能薬には及ばないが、ポーションもやる様だ。

 中々の回復力である。


 兵士はポーションで足の怪我が塞がった事を確認すると、壁に手をつきながらゆっくりと立ち上がる。


「おい。大丈夫か?」

「ああ、問題ない。しかし、今のは一体何だったんだ?」

「分からん。とにかく、先を急ごう。警戒しながら出口に向かうんだ」

「そうだな……また襲われては堪らない」


 そういうと、兵士達は再び歩き出した。

 その様子を影の中から見ていた俺は、ホッとした表情を浮かべる。

 この辺り一帯のモンスターは『影収納(酸素あり)』に閉じ込めたし、兵士達がモンスターに遭遇する事もないだろう。


 俺は兵士達がこの迷宮跡地を出るまでの間、再度、休息を試みる事にした。

 収納指輪の中から布団とパジャマを取り出すと、早速、パジャマに着替えて布団の中に潜り込む。

『影探知』をした所、今いる地点から出口迄は歩いて四時間といった所だろうか。

 それだけあれば、十分仮眠をとる事もできる。


 それに、迷宮跡地にいるモンスターは全て『影収納(酸素あり)』の中だし、道中に危険そうな場所はないのだ。兵士達がこの迷宮跡地を抜けるまでの間、休憩させて貰うとしよう。


 俺は、収納指輪から鎮守神お手製のリラックスグッズ、カモミールの香りのするアイマスクを取り出すと、それを目元にかけ眠る事にした。

 先程は全然眠れる様な感じではなかったが、このアイマスクをしていると、不思議と眠気が襲ってくる。

 普段から寝る時につけて寝ている為、寝る時の条件反射の様になっているのかもしれない。


「おやすみなさい」


 俺は布団の中でそう呟くと、深い眠りについた。

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