悠斗家出の真相を知る鎮守神

 悠斗が影の中で仮眠をとっている頃、鎮守神は悠斗が突然『影分身』に仕事を任せ、『影転移』でどこかに行ってしまった事に困惑していた。


 悠斗の姿を形取り書類に目を通してはサインをしていく『影分身』に視線を向けるも、何故、あの様な行動を起こしたのか理解できない。


 この仕事が終われば一時間の休息を設けようと思っていたが、それを口にした瞬間、『影分身』を残し『影転移』で何処かに向かわれてしまった。


「一体何故……いや、今は悠斗様の行方を掴む事の方が急務ですね」


 私がパチンと指を弾くと部屋の至る所から人形達が這い出てくる。


「悠斗様を捜しなさい。最優先です」


 私がそう言うと、人形達はコクリと首を前に傾け、部屋の外に消えていった。


 しかし、これでは探し手がまだ足りない。

『影転移』は悠斗様がこれまで行った事のある場所であれば、どこでも転移できる影魔法。


 広範囲を捜すのであれば、精霊を操る事のできる屋敷神や土地神の力を借りる必要がある。


 人形達に命令を与えた私は『通信用の魔道具』を手に取ると、屋敷神へ通信を飛ばした。


『どうかされたのですか?』

「緊急事態発生です。悠斗様の行方が分からなくなりました」


 私がそう言うと、通信の向こう側で、屋敷神が急に立ち上がったかの様な物音が聞こえてくる。


『そ、それはいつの事です。あなたはその時、何をされていたのですか!』


 悠斗様がいなくなった事に相当焦っている様だ。

 その気持ちはよく分かる。

 しかし、理由が分からなければ、何故、悠斗様があの様な行動に出たのか分からないままだ。


「落ち着きなさい。悠斗様が行方不明になられたのはつい先程、その時、私と悠斗様は書類仕事をしていました。悠斗様が休憩を願い出たので、一時間ほど休憩をしましょうと申し出た所、何故か『影分身』を置き『影転移』で何処かに向かわれてしまったのです」


 全くもって不可解な……悠斗様は一体、どうされたというのでしょうか?


 私がそう言うと、まるで何かに呆れたかの様なため息が聞こえてくる。


「ため息など吐いて一体どうしたのです? 悠斗様の居場所に心当たりがあるのですか?」

『ええ、あなたの話を聞き、何が起こっているのか漠然とながら分かってきました』


 流石は屋敷神、私より長く悠斗様に仕えているだけはある。


「それで、何が分かったというのです?」


 私がそう問いかけると、屋敷神は『落ち着いて聞いて下さい』と前置いて話し始める。


『鎮守神、あなたがを考え行動している事は知っています。その上でお聞きしましょう。最近、悠斗様がこちらに顔を出しませんが、あなたは悠斗様に対して、何時間労働を強いているのですか?』


「この私が悠斗様に労働を強いている……ですと? 聞き捨てなりませんね」


 悠斗様には朝六時から夜十時迄書類仕事をして頂いているが、健康に気を遣って八時間は睡眠が取れる様、仕事量を調整し、体調に支障をきたさぬ様、都度、万能薬入りハーブティーをお出ししている。

 労働を強いているというのは酷い言い掛かりだ。


『それでは、言葉を変えます。鎮守神、あなたは悠斗様に休みを与えていますか?』

「勿論です。悠斗様の体調を見て、最適に仕事ができる様ペース配分するのが私の努め。仕事量に応じて休み時間を設定し、適切なタイミングで休んで頂いております」

『それは具体的に何時間程でしょうか? というより、エストゥロイ領で働く従業員達はどうなのです。まさか無理して働かせていないでしょうね』


 心外だ。

 エストゥロイ領の従業員達は、悠斗様の定めた規程に則り運営している。

 無理に働かせるなんて、またまた酷い言い掛かりだ。

 それに従業員と悠斗様を同列に扱うなど、屋敷神は何を考えているのだろうか。不敬である。


「悠斗様と従業員を同列に扱うとは……屋敷神、あなたは一体何を考えているのです。従業員達は、悠斗様が定めた規程に則り、一日八時間労働、週休二日を守っております」


『そうですか、従業員達についてはわかりました。それでは悠斗様に対してはどうでしょう。もしかして、睡眠時間以外に、十分な自由時間を与えていないのではありませんか?』


「睡眠時間以外の十分な休息ですか……なる程、そういう事だったのですね」


 言われてみれば、最近の悠斗様は働き詰めだった様な気がする。

 文句一つ言わず、仕事をして下さるので、少々仕事を頼み過ぎてしまったかもしれない。


『ようやく理解して頂けましたか……私達と違い悠斗様も人間です。十分な休息を与えないと、ストレスを溜め込んでしまい、心のバランスを崩してしまいます。今回の件は、悠斗様のストレスが爆発した事による家出。こうなっては、仕方がありません。悠斗様のいる居場所だけ突き止め、少し長めの休暇を楽しんで頂く事に致しましょう』


「そうですね。しかし、悠斗様の機微に気付く事ができぬとは……一生の不覚です」


『悠斗様の件については分かりました。悠斗様の捜索はこちらで行います。鎮守神、あなたは悠斗様がお戻りになるまでの間に、全ての仕事を片付けなさい。それが今、あなたにできる最善です』


「そうですね……わかりました。悠斗様の事はお任せ致します」


 そういって屋敷神との通信を終えると、鎮守神はため息を吐く。


「猛省せねばなりませんね……悠斗様には悪い事をしてしまいました」


 思い返して見れば、この一ヶ月間程、悠斗様は働き詰めだった。

 人間基準では少々厳しかったかもしれない。

 これからは従業員達と同じく週休二日を心掛けよう。

 とはいえ、終わってしまった事は仕方がない。


 悠斗様の捜索は人形達と屋敷神に任せた。

 今私が行うべきは、悠斗様が戻って来るまでの間に全ての仕事を片付けておく事。それに尽きる。


「悠斗様には、仕事の事を忘れゆっくりお休み頂くと致しましょう」


 鎮守神はそう呟くと、一人黙々と書類にサインをし続ける『影分身』に視線を向ける。

 そして『影分身』の頭をそっと撫でると、椅子に座り、『影分身』と共に悠斗が残していった書類の山の整理を始めた。

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