調査①

 オーランド王国には三つの迷宮が存在する。

 薬草が豊富に採れる森と大地の迷宮『イェーッタ迷宮』。

 湖畔に沈む水中迷宮『マリエハムン迷宮』。

 そして様々な微生物や細菌の棲む迷宮『ヘルシンキ迷宮』。

 どの迷宮もオーランド王国にとって大動脈となる迷宮だ。


 悠斗がオーランド王国の三大迷宮の内の一つ。

 イェーッタ迷宮の迷宮核を手に入れ、商人連合国アキンドに転移してから数時間後。

 迷宮前で警備をしていた兵士の一人が異変に気付いた。


「お、おい……何かおかしくないか?」

「うん? どうした」


 兵士の一人が迷宮近くに必ず設置されている掲示板に視線を向ける。


「見てみろ、イェーッタ迷宮の掲示板。表示が消えている……」

「な、何っ!」


 それを聞いた兵士が掲示板に駆け寄ると、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた。


「た、確かに掲示板から階層情報が消えている。しかし、一体何故……」


 イェーッタ迷宮は五十階層からなる大迷宮。

 迷宮を踏破し、迷宮核を抜き取る事はほぼ不可能だ。

 とはいえ、迷宮を踏破する事ができる人間がいるかどうかといえばいない訳でもない。


「も、もしや女王様の客分、トゥルク様の護衛を務めるSランク冒険者、ツカサ様がやった事では……」


 それならば、あり得そうな事だ。

 ツカサ様はよくこの迷宮に出入りしていた。


「いや、しかし、ツカサ様は客分であるトゥルク様の護衛……女王様に仇なす行為はしないと思うのですが……」

「言われてみれば、そうか……」


 しかし、現にイェーッタ迷宮は踏破されてしまっている。

 オーランド王国の迷宮は三つの迷宮が複合的に入り組んでいる為、地理的な被害はないが、よりにもよって、薬草が豊富に採れる森と大地の迷宮『イェーッタ迷宮』が踏破されてしまっている時点で、オーランド王国的には甚大な被害を及ぼしている。


 こんな事を報告すればどうなるか……。

 考え他だけでも恐ろしい。

 しかし、報告しない訳にはいかない。


「仕方がない。取り敢えず、上に報告を……」

「何を報告すると言うのだね、君は?」


 すると、中隊長が声をかけてくる。

 嫌なタイミングで声をかけてきたものだ。


 私達は仕方がなく中隊長に頭を下げる。


「中隊長……いえ、こちらをご覧下さい」

「うん? 一体何だと言うのかね」


 中隊長はそう言うと、掲示板を覗き込む。

 すると、中隊長は上官とは思えない事を口にした。


「なんだこれは、何も書かれていないではないか」

「い、いえ、これは迷宮が……」

「迷宮が何だと言うのだね。こんなものを私に見せて何のつもりだ? 私を馬鹿にしているつもりか??」


 こ、この人は迷宮の知識がまるでないのだろうか。全く話にならない。

 私が愕然とした表情を浮かべながらそんな事を考えていると、中隊長が口を開く。


「全く、君達はいつもそうだっ! 訳の分からない事を言って私の事を言いくるめ様とする。何かあれば責任を取るのは私なんだぞ!? その事を分かっているのか!?」


 また始まった。

 責任を取る気なんてまるでない癖に、中隊長といえばいつもこうだ。

 自分の言った事に責任は持たず、上の言う事にはイエスマン。

 そのしわ寄せは全て部下にくる。


 しかし、こんなキチガイ野郎とはいえ中隊長は中隊長。

 こちらにも生活がある。

 万が一、中隊長に悪い感情を持たれては、部下である私達は生活ができなくなる。

 必然的に、この中隊長の前ではイエスマンにならざる負えない。


「申し訳ございません。すぐに調査致します」


 私が傅きながらそう言うと、中隊長は唾を飛ばしながら喚き出す。


「人の話を聞かぬ奴だな。調査というが、なんの調査をするつもりだ。それに迷宮がどうしたというのだ。というよりこの掲示板はなんだ。なんでこんなものがここにある!」


 迷宮の側にある掲示板の事も知らぬとは……。

 よく中隊長になれたものだ。


「おい。どうした!? 早く質問に答えんか!」

「はい……この掲示板は、迷宮の進行度合いを示す指標の様なもので……」

「何をいう! 何も書いていないではないかっ!」

「はい。その通り、この迷宮の掲示板には、本来書かれている筈の『現在の階層』情報が書かれていません。つまり、この迷宮は迷宮核に何か異常があったか、迷宮核を取り除かれてしまった可能性があるのです」

「な、なんだとっ!? それは大変な事ではないかっ!」


 私が説明すると、やっと問題を認識したのか、中隊長はワナワナと身体を震わせ始めた。


「はい。ですので、調査を……」


 そう発言すると中隊長は憤怒の表情を浮かべる。


「遅い! 何故、私に報告を上げる前に調査を終わらせていないのだっ! それに何故、私が警備している間にそんな事になっている! お前達はちゃんと警備をしていたのかっ! お前達は私の……この私の評価を貶めたいのかっ!」

「も、申し訳ございません」

「ふんっ。全く使えぬ愚図共だっ! さっさと今回の原因を究明しろっ! ああ、言っておくがな、この事はここだけの話にしておけ、間違ってもこの事を大隊長に伝えるんじゃないぞ」

「は、はぁ? いえ、しかし、迷宮に異変があった事は報告しないと……」

「何をいう! 今、報告を上げれば、それは私の責任になってしまうではないか!」


 中隊長はそういうと、そのままテントに戻っていった。

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