評議員選挙①

「と、その前に……」


 乾いた笑みを浮かべる屋敷神を尻目に、迷宮核を収納指輪に格納すると、迷宮核と共に迫り上がってきた宝箱に視線を向ける。


「屋敷神、宝箱開けてもいい?」


 俺がそう尋ねると、屋敷神は微笑を浮かべながら頷いた。屋敷神の許可を得た俺は早速、宝箱を開ける事にする。


 もう何度目とも分からない宝箱との邂逅。

 最終階層の宝箱にトラップが仕掛けられていない事は、これまでの経験から分かっている。


「よし、それじゃあ、早速……」


 そう言って宝箱を開くと、そこには、封のされた一つの壺が納められていた。


「えっ? 何これ?」


 宝箱から壺を取り出し眺めてみるも、これがなんなのか一向にわからない。

 見るからに怪しい壺だ。

 取り敢えず、壺を『鑑定』してみると、この様に表示された。


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 幸運の壺

 効果:一定範囲内の悪運や災厄を退ける力を持つ壺。壺に込める魔力量に応じて効果範囲に変動あり。

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「ほう。『幸運の壺』ですか……」

「屋敷神はこの壺の事を知っているの?」

「はい。噂を耳にした程度の事ではありますが、なんでも、その壺を持っていると幸運になる聞いた事があります……悠斗様の元いた世界にもそういった類のアイテムがあったのではないですか?」

「いや、そんな物あったかな?」


 俺が知っているものといったら、週刊誌の裏表紙や占い雑誌等に載っている幸運を呼ぶブレスレットや、霊感商法で売られている壺位のものだ。

 女性と共に札束の風呂に入らながら、カメラ目線で「これのおかげでお金持ちになれました」とか「これのおかげで女性にモテました」といった事が裏表紙にデカデカと掲載されているアレである。

 正直、そんなブレスレットや壺一つで幸せになれたら苦労はしない。

 人類皆にブレスレットと壺を配布すれば皆幸せになってしまう。どうせアレだ。そのブレスレットや壺を売った人が大金を得て幸せになれる。そういう事だろう。


「いや、俺のいた世界に、そんな物存在しなかったよ。それにしても、この世界は本当に凄いね。本物の『幸運の壺』なんて初めて見たよ」

「左様でございますか……」


 それに宝箱から出てきたし、『鑑定』スキルでも確認したから間違いない。この『幸運の壺』には、確かに悪運や災厄を退ける力があると表示されている。


 悪運や厄災を退ける効果があるので、消去法的に幸運になる事ができそうだ。

 折角なので、王都のユートピア商会に飾っておこう。

 最初は胡散臭い壺にしか見えなかったけど、なんだか福を運んでくれそうな、そんな風に見えてきた。


 俺は宝箱ごと『幸運の壺』を収納指輪に収めると、ゆっくり立ち上がる。


「それじゃあ、鎮守神の元に帰ろうか」

「ええ、いいお土産もできましたし、商業ギルドへの預け入れは、この者達から資金を絞り上げた上で、再度伺う事にしましょう。馬車については、後ほど使いの者を派遣させます」

「うん。よろしくね」


 そう呟くと、俺達は『影転移』で鎮守神の待つ商人連合国アキンドに帰る事にした。


 俺達が『影転移』で商人連合国アキンドにある俺達の拠点、元バルト商会に転移すると、鎮守神がなにやら人形達に作業をさせていた。


「ただいま、鎮守神。何をしているの?」


 俺が興味本位で聞くと、鎮守神は顔を綻ばせる。


「おお、悠斗様! お帰りなさいませ。いえ、実は今、人形達に配布用の肖像画を描かせていたのです」

「配布用の肖像画?」

「はい。悠斗様が評議員選挙に出馬なさるのです。当確する事はもはや確定事項。となれば今の内から当選後の事を考え……」

「ち、ちょっと待って!?」


 鎮守神は今、一体何て言ったのだろうか?

 俺が評議員選挙に出馬するとか言ってなかった!?


「うん? どうかされましたかな? ああ、初めての出馬で戸惑って……」

「い、いや、ちょっと話を聞いて!?」


 驚く程に話が通じない。

 鎮守神ってこんな神様だっただろうか。


「な、なんで、俺が評議員選挙に出馬する事になってるの?? そんな事、お願いしたっけ?」


 俺がそう質問すると、鎮守神は首を横に振る。


「いいえ。しかし、これはユートピア商会で働く従業員の総意ですので……」

「従業員達の!?」

「はい。その通りです」


 な、何故、そんな事に……。

 これ以上、俺の仕事を増やしてどうする気なんだ。

 皆には、遊んでいる様に見えるかもしれないけど、これでも魔道具の作成や書類確認でもう手一杯なんだけど……。

 鎮守神は俺に万能薬を飲みながら仕事をしろとでも言うつもりなのだろうか?


 これはもう青少年保護育成条例、いや……労働基準法違反だよ!?


 俺が愕然としていると、鎮守神が怪訝な表情を浮かべる。

 その表情はまるで、『嬉しくないのですか?』とでも言わんばかりの表情だ。


 ハッキリ言って、全然嬉しくない。

 誰が好き好んで自分の仕事を増やそうとするだろうか。

 俺はワーカーホリックではないのだ。

 最悪の場合、全てを投げ出してでも家出をする覚悟はできている。


 俺の表情を見た鎮守神は、ポンっと手を突くと、更に驚く事を口にした。

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