悠斗VSツカサ⑤

「そ、そう、それじゃあ、降参させて貰おうかな……なんて、降参する訳ないじゃない!」


 ツカサさんはそう言うと、両手を上にあげる。


「こんな私でもね。プライド位あるの! トゥルク様一人を置いて逃げ帰る訳にはいかないわ!」


 ツカサさんは両手を上に挙げたまま、自分の影をトゥルクさんまで伸ばすと、トゥルクさんを影の中に沈めていく。

 どうやら魔力を対価に『影精霊』から力を貸してもらった様だ。

 自分一人で逃げる事もできただろうに。腐ってもSランク冒険者。

 Sランク冒険者としての矜持は持ち合わせているらしい。


「ほう。中々、やりますね」


 屋敷神がそう呟くと、ツカサさんは禍々しい程の魔力を両手に貯めていく。

 そして、手の平から魔力を放出すると、ツカサさんの周囲に神々しい雰囲気を纏った三体の精霊が顕現した。


「これは火、水、地の大精霊。私の持つ全ての魔力と引き換えに、月に一度だけ力を借りる事ができる奥の手よ。これまで、よくもやってくれたわね! 私の名はSランク冒険者、ツカサ・ダズノットワーク……普段だらけていても、契約金を貰った以上、護衛対象は命を賭して守るわっ!」


 そういうと、ツカサさんの声に呼応して火の大精霊が、まるで太陽を彷彿とさせる程大きな火の玉を、水の大精霊がプールの面積一杯の水を、そして地の大精霊が巨大な岩を宙に浮かべていく。


 流石は大精霊だ。

 あんな攻撃を生身で受けては、流石の俺も死んでしまうかもしれない。


「私を舐めた事を後悔なさい! 死ねぇぇぇぇ!」


 ツカサさんはそう言うと、思い切り手を振り翳した。


「こ、これは流石にヤバっ……」


 俺がそう危機感を露わにすると、屋敷神が目を細めながら呟く。


「まだまだですね」


 屋敷神がそう呟きながら手を弾くと、大精霊達の視線が全てツカサさん方に向いた。

 先程までツカサさんの味方だった筈の大精霊達はまるで敵を見るかの様な視線をツカサさんに向けている。


「えっ? ち、ちょっと、どういう事よ、これっ!?」


 これには流石のツカサさんも驚きの表情を浮かべている。

 正直、俺も大精霊達の急な掌返しに戸惑っている所だ。屋敷神は一体、何をしたのだろうか?


 格好よく指パッチンを決めた屋敷神に視線を向けると、まるで『ヤレヤレ』とでも言わんばかりに首を横に振っている。


「あなたは、随分と自身の持つユニークスキル『精霊魔法』を過信している様ですね。しかし、精霊を操る事ができるのはあなただけではないのですよ? あなたが『精霊魔法』を使える様に、私にも精霊を操る『精霊従属エレメント』スキルがあるのですから……さあ、やりなさい」


 屋敷神がそう言うと、大精霊達はツカサさんに向かって、魔力の塊を投げつけた。

 全魔力を捧げ大精霊を召喚したというのに、この扱いは酷いのではないだろうか。


 ツカサさんは、防御する事も忘れ、アワアワと何かを呟いている。

 巨大な火の玉と、水と岩の塊が同時に落ちてくるのだ。混乱する気持ちはよく分かる。


「えええっ、ちょ、ちょっと待って! ちょっと待ってっ! 洒落にならない。それは洒落にならないよ~! か、影精霊、わ、私を……私を守れぇぇぇぇ!」


 ツカサさんは混乱しつつも『影精霊』に命令をした。

 確かに『影精霊』の力を借り、影の中に潜めばやり過ごす事もできただろう。

 しかし、今の自分に魔力がない事を完全に失念している様だ。


「ええっ!? あ、あれっ、なんでっ……なんで精霊がいう事を聞かないのよー!」


 当然の事だ。何せツカサさんには魔力が残されていないのだから……。

 それに、神を相手に精霊で挑もうなんてどうかしている。


 屋敷神は敵に対して一切の容赦をしない神。

『精霊魔法』で対抗しようものなら、当然の如く『精霊従属』スキルで敵の手段全てを潰していく。

 どちらにしろ、屋敷神を敵に回した時点で詰んでいたのだ。


「それでは、さよならです」


 屋敷神は俺達に被害が及ばない様に『土属性魔法』で巨大な塔を建立すると、眼下で狼狽しまくっているツカサさんを尻目に、汚物でも見かの様な視線を浮かべ、そう呟いた。


 屋敷神がそう言うと同時に火と水、そして岩の塊がツカサさんに迫っていく。


「い、い……いやあぁぁぁぁ!」


 そして、ツカサさんの叫び声と共に『ドーンッ!』という重低音が迷宮内に鳴り響いた。


 その光景を屋敷神と共に見ていた俺はぽつりと呟く。


「ね、ねえ、今更だけど、ツカサさん大丈夫? あの体積の水を頭上から落とすだけでもヤバいのに、岩や火の玉付きってヤバくない?」

「まあ無事とはいかないでしょうね。とはいえ、彼女も転移者です。あの程度であれば死にはしないでしょう」

「そ、そう?」


 ほ、本当にそうだろうか。

 金ダライを頭上の一メートル上から落とされただけでも相当の威力があるのに、今、ツカサさんに落とされた水の容量は大凡、四十八万リットル。二十五メートルプールの容量とほぼ同じだ。

 水一リットル当たり一キログラムなので、四十八万キログラムの重量を持つ事になる。

 それに重さだけで言えば、岩の塊も問題だ。

 そんなものが上から降ってきて無事に済むとは到底思えない。


 恐る恐る、ツカサさんの様子を再度伺ってみる。


「ね、ねえ、屋敷神。ツカサさん死んでないよね? 死んじゃってるなんて事ないよね!?」

「大丈夫です。あちらをご覧下さい」

「えっ?」


 屋敷神に言われた通り、もう一度視線を向けると、うつ伏せ状態のツカサさんがピクピク身体を痙攣させていた。


「えっと……あれって大丈夫なの? ツカサさん痙攣してるみたいだけど……」

「はい。問題ありません。あの攻撃を受けた直後に、身体が痙攣を起こすという事は彼女がまだ生きているという証。とはいえ、このまま放置すれば本当に死んでしまいますね……。仕方がありません。折角手に入れた奴隷です。彼女もトゥルクと同様、ユートピア商会の為、有意義に使わせて頂きましょう」


 屋敷神はそう言うと、ニコリと微笑んだ。

 これからトゥルクさんと、ツカサさんには壮絶な人生が待ち受けているだろうけど、強く生きてほしい。


「そういえば、トゥルクさんはどうしたの? さっき、ツカサさんが転移魔法で何処かに飛ばしたかの様に見えたけど……」

「トゥルクですか? それでしたら、此処にいますよ」


 屋敷神は自分の影の中に手を沈めると、影の中にある何かを掴み引っ張り上げる。

 すると、そこにはグッタリした表情を浮かべたトゥルクさんの姿があった。

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