悠斗VSツカサ④

「えっ!?」


 ツカサさんの命令により『影精霊』が動きを止めた事に、俺は一瞬、驚きの表情を浮かべる。


 正直、あれだけ多く召喚した『影精霊』の動きを止められるとは思いもしなかった。

 一体、どれ程の魔力を対価にしたら、あれだけ多くの『影精霊』の動きを止める事ができるというのだろうか。


 まあ別にいいんだけど……。


「さあ『影精霊』。ツカサさんを捕らえて!」


 俺が再度そう言うとツカサさんの命令により一瞬動作を止めていた『影精霊』が再び動き始めた。

 すると、それを見たツカサさんはみるみる表情を変えていく。


「ち、ちょっと待って!? ど、どういう事よ、何で私の命令を聞かないのっ! ちょっと、タイム、タイム! 待って! 待ってってば!」


 ツカサさん、相当パニックに陥っている様だ。

 確かに『精霊魔法』は強力だ。

 しかし『精霊魔法』はあくまでも魔力を対価に精霊から力を貸して貰うだけのスキル。

 影に関するスキルを十全に操る事ができる『影魔法』と、魔力を対価に精霊から力を貸して貰うだけの『精霊魔法』とでは『影精霊』に対する優先度も、俺とツカサさんとの魔力量との差にも大きな隔たりがある。


 そして、ツカサさんにとって何より致命的なのが、影の中には『影精霊』以外の精霊が殆ど存在しない点だ。


『精霊魔法』使いが『影魔法』使いにとって最も力を発揮することのできる影の中に自ら飛び込んできたのである。影の中で他の精霊に力を貸して貰おうとしても、力を貸してくれる精霊がいなければ意味がない。まさに袋の鼠である。


 さて『影精霊』以外の精霊が全然存在しないこの空間で、どこまでの事かできるだろうか。

 俺に情け容赦のない攻撃を仕掛けてくるんだ。

 やったらやり返される。


「パニック中、申し訳ないですけど、捕えさせて貰いますね」


 俺がそう言うと、ツカサさんは怒声を上げた。


「こ、この私を舐めるんじゃないわよ! 『影精霊』私の魔力を対価に影の中から私を出しなさい!」


 ツカサさんは『影精霊』が襲いくる中、禍々しい程の魔力を放出する。そして、一体の『影精霊』に魔力を注ぎ込んだ。するとツカサさんの姿が影の中から描き消える。

 おそらく、影の外へと逃げたのだろう。


 折角、ツカサさんを捕らえる気を逸してしまったか。

 まあ終わった事にクヨクヨしていても仕方がない。


 俺は状況を確認する為、影の中から地表に逃げたツカサさんの影を繫いだ。

 すると、荒い息を吐きながら四つん這いになるツカサさんの姿が見える。


「はあっ、はあっ! 聞いてない。こんなヤバい奴なんて私聞いてないっ! な、何なのよ! 精霊は急に私の命令を聞かなくなるし、さっきも勝手に大爆発を引き起こしたし…………逃げよう。あんな奴、相手にするんじゃなかった。そういえば、トゥルク様は? トゥルク様は何処に??」


 そして、ツカサさんは思い出したかの様に顔を上げるとキョロキョロと周囲を見渡した。

 ツカサさんの言葉からして、トゥルクさんを捜しているのだろう。

 しかし、ツカサさんも考えが甘い。


 トゥルクさんは目撃者ごと始末又は奴隷にするつもりで屋敷神も一緒に転移する様、ツカサさんに指示したんだろうけど、それは大きな間違いだ。

 傍から見れば戦闘能力のない老齢の執事にしか見えない屋敷神ではあるが、普段はフェロー王国王都にある悠斗邸を守る守護者の一柱であり、俺の護衛でもある。


 そんな屋敷神を残し、ツカサさんは一時的とはいえ、護衛対象のトゥルクさんから離れ、影の中へと入ってきてしまった。折角の好機を逃す屋敷神ではない。


 影の中から様子を覗いていると、屋敷神が影の中から出てきたツカサさんに視線を向けているのが見える。


「おや? 悠斗様を追いかけ、影の中に入って行ったかと思えば、随分とお早いお帰りですね」

「ト、トゥルク様っ!」


 そこには、屋敷神により縛り上げられたトゥルクさんの姿があった。


「ツ、ツカサ……あなたね。護衛が護衛対象を放置するなんて何を考えているのよ……」


 屋敷神によって縛り上げられたトゥルクさんの姿は心なしかボロボロ見える。

 おそらく、一番最初にツカサさんが放った大爆発の影響だろう。


「えっ!? でも、なんでっ?? 私は確かに精霊を護衛につけた筈なのに……」

「まあ。屋敷神は俺なんかとは比べ物にならない程、強いしねぇ」


 何より、神様の一柱だし……。


 俺はそう呟きながら影から出ると、ツカサさんは驚愕とした表情を浮かべた。


「ゆ、悠斗君……」

「それで、降参しますか? 今なら悪い様に扱わない事を約束しますよ?」


 俺の事を奴隷にしようとしたり、俺を奴隷にした後、ユートピア商会を我が物顔で利用したりしようとしていた事には思う所があるけど、屋敷神や鎮守神がついてくれている以上、普通の人間にそんな事は不可能だ。万が一、俺を奴隷にした所で、ユートピア商会を自由にする事もできない。


 今のユートピア商会があるのは、迷宮の力と従業員達の力の二つがあってこそ。

 しかし、その迷宮には、神が住み付いているし、不可侵領域を侵そうとすれば、容赦なく攻撃を仕掛けてくるだろう。何より、俺を奴隷にしたら鎮守神を初めとした神々が黙っていない……と思う。

 従業員達にしてもそれは同じ筈だ。


 俺がツカサさんに視線を向けると、ツカサさんは乾いた笑みを浮かべた。

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