大通りの土地買付

 ミクロさんは抱えた書類をテーブルに置くと、一枚の地図を広げる。


「悠斗様がお求めの土地はこの辺り一帯の土地という事でよろしいでしょうか?」

「はい。その通りです」


 ミクロさんの指差す地図に視線を落とすと、俺はそう呟いた。

 ユートピア商会の資産は、聖モンテ教会に万能薬を卸している事により着実に増えている。

 というより、増えすぎて屋敷神に管理を任せている程だ。


 俺に日本円にして兆単位の資産運用なんてする事はできない。

 というより、一五歳の高校生にそんな事を求められても困る。


 最近では、カマエルさんやロキさん、カミーユさんが俺にお小遣いを無心しにきた。

 カマエルさんも羽を隠せばただの人に見えるし、ロキさんやカマエルさんも言わずもがなだ。

 迷宮の範囲が王都全域に及んだ事で活動範囲が広がったのだろう。

 カマエルさん達には、世話になっているし、また迷宮攻略を手伝って貰いたい。

 その思いから、結構多めのお小遣いを渡している。


 おっと、話が脱線していた。

 俺がそう呟くと、ミクロさんは驚愕とした視線を向けてくる。


「ほ、本気でこの大通り一帯の土地を購入する気ですか?」

「はい。そうですが……何か問題がありますか?」


 土地の購入自体別に問題ない筈だ。

 それとも何か、土地を買ってはいけない理由でもあるのだろうか?


「土地を返却されたとはいえ、接収されて間もないですよね?」

「はい。そうですね?」

「あなたはこの国の事を疑わないのですか!?」


 何だ、そんな事か。


「はい。シェトランドは友達ですし、本当に信頼できる友達の言う事は疑いません。勿論、俺を利用しようとする輩には容赦は致しませんが……」

「シ、シェトランド陛下と友達っ!?」

「はい。その通りです。先日、シェトランドと友達になりました」


 するとミクロさんは顔を宙に向ける。

 一体どうしたんだろうか?


「悠斗様……あなたは、フェロー王国の王都において重要人物である事を分かっておいでですよね?」


 この人は元の世界で高校生であった俺に何を求めているのだろうか?


「何を言っているのかよく分かりませんが……俺は重要人物なのですか?」

「その通りです! あなたは商業ギルドから脱退した際、何をしたのか覚えていないのですか!?」


 正直言って、別に思う所はない。


「俺、何かしましたっけ?」


 俺がそう呟くと、ミクロさんの表情が凍りつく。

 ヤバい。そんな事は俺にでも分かる。

 ミクロさんにとって許容できない事を今俺は言ってしまったらしい。


「へえ、そうですか? 確かに悠斗様にとっては取るに足らない事だったのかもしれませんね……」

「えっ、それは……」


 なんだかミクロさんの表情が怖い。


「あなたは……この際なのでハッキリ言っておきましょう! 悠斗様、今あなたがどの様な立場に置かれているか、あなた自身何も理解しておいでではありません!」

「えっ!? それはどういう……」

「あなたは既に、王都にとっても商業ギルドにとっても、教会にとっても必要な人物となっているのですよ!」


「な、なんでそんな事にっ!?」


 俺はただ、安心して暮らしたいだけなのにっ!?


 俺がそう呟くと、ミクロさんが冷めた視線を向けてくる。


「悠斗様、あなたは本気でそんな事を思っているのですか?」

「えっ!?」


 本気でそう思っているのだけれども、何が問題なのだろうか?


「あなたの影響力を自分で考えた事がありますか?」


 影響力? 俺にそんな影響力なんてある筈がない。

 どう考えても買いかぶり過ぎだ。

 俺が凄いというより、俺の後ろにいる神々と生産拠点である迷宮が凄いのであって俺が凄い訳ではない。ミクロさんは俺の事をなんだと思っているのだろうか?


 確かに、うちの従業員達の最近の行動はおかしい。

 俺が口を付けたものを保管しようとするし、俺が握手をすればその手を洗わぬ人も現れてきた。


 俺が従業員達に対して労いの言葉をかければ、まるで神様にでも接したかの様な言葉をかけてくる。

 しかし、それはそういう事とは違う意味合いの事だ。


「いやですね〜からかわないでくださいよ。俺に影響力なんてある訳ないじゃないですか」


 すると、ミクロさんは溜息を吐いた。


「この際です。悠斗様には、あなたの影響力を認識して頂かなければならないと強く認識致しました」


 えっ?

 なんだかミクロさんが怖い表情をうかべている。


「悠斗様が商業ギルドに来て、土地を買い付けてまでやろうとしている事はなんですか?」

「閑散とした大通りにお店を建てようと思っています」

「そこですよ! そこっ! 普通の人は閑散とした王都の大通りに店を建てようなんて思いませんよ!」


 い、いや、だってどう考えてもチャンスじゃん。


「そ、そんな事ありませんよ。マスカットさんだって、スヴロイ領に次々とお店を開いていますし、シェトランドも商業ギルド経由で商人達を誘致しています。それに王都にはヴォーアル迷宮もありますし、その周辺のお店が開いていれば冒険者もやってくるじゃないですか!」


 ミクロさんは「はぁ……」とため息を吐くと呟いた。


「そうだとしても、普通の人は大通り一帯の土地を買い占めたりしませんよ。いい加減、ご自身の影響力をわかって下さい……」

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