領主会議(ノルマン視点)③

「それは、王弟殿下の遣わした商人連合国アキンドの評議員、マスカット様の要請により撤回致しました」


 グレナ・ディーン学園長の言葉を聞いた私は呆然とした表情を浮かべたまま、背後に視線を向けると脂汗を流しながら狼狽するスカーリの姿が目に映る。


「ち、違うのです! 私はただ……」


 私はただ、なんだ?

 何を言っているんだこの男は……。


「じ、実はグレナ・ディーン学園長とは少し行き違いがありまして……」

「……行き違い?」


 狼狽するばかりで要領を得ないスカーリから視線を外し、グレナ・ディーン学園長に顔を向ける。

 すると、呆れた表情を浮かべたグレナ・ディーン学園長が首を振った。


「陛下。私は内務大臣であるスカーリ様にお伝えしましたよ? 今まで大変お世話になりました。陛下には、その様にお伝え下さいと……」

「だ、だが……ティンドホルマー魔法学園の移転は撤回したのだろう?」

「はい。しかし、それはスカーリ様によるものではありません」


 私は半ば呆然とした表情を浮かべながら、スカーリに視線を移す。


「そ、それは、違うのです陛下! これには深い訳がありまして……」

「……それはどんな訳だ?」

「そ、それは……実はその事をお伝えしようと思ったのです。しかし……」

「……しかし、なんだ?」


 呆然とした口調でそう呟くと、スカーリは私から視線を外した。

 私は力なく椅子から立ち上がると、スカーリににじり寄る。


「お前……まさか私を騙したのか?」

「そ、そんなつもりは毛頭にございません……」

「だったらなんだ。何故、私から視線を外す……」

「そ、それは……」

「だから、それは、なんだっ!」


 私がにじり寄る事で漸く、観念したのか脂汗を流しながら土下座した。


「グ、グレナ・ディーン学園長にそう言われたのですが、お伝えする機会が無く……」

「……機会が無く?」


 そう呟くと、スカーリは焦った表情を浮かべながら顔を上げる。


「い、いえ……も、申し訳ございませんでしたっ!」


 そして、叫ぶ様に『申し訳ございませんでした』と言うと、今度は床に頭を擦り付け始めた。


「申し訳ございません?」


 今、こいつ申し訳ございませんと言ったのか?


「スカーリ、土下座はいい……顔を上げろ」


 すると、スカーリは怯えながら顔を上げる。

 私は顔を上げたスカーリの胸ぐらを乱暴に掴むと、私の目の前に手繰り寄せる。


「へ、陛下……?」


 私は深呼吸をすると、怒りを爆発させた。


「貴様ァァァァ! 何故それを伝えない! 何故それを伝えなかったッ! どこまで使えないのだお前はァァァァ‼︎」

「も、申し訳ございません!」

「申し訳ございませんで済むかァァァァ! 交渉に失敗したのであれば何故それを報告しない! 何故、報告しなかったっ!」


「も、申し訳ございませ……」

「お前はそれしか言えないのか、この愚か者がァァァァ‼︎」


 私がスカーリを激しく揺さぶると、それを宰相から静止される。


「陛下、今は審議中です。お気持ちは分かりますが、席にお戻り下さい」

「くっ……⁉︎」


 私は仕方がなくスカーリの襟から手を離す。

 するとスカーリは放心したかの様に動かなくなってしまった。


 スカーリ……最悪のタイミングでとんでもない事をしてくれたな。

 これからだ……これからなんだぞ!

 これからという時に何という事をしてくれたんだッ!


 私は席に戻ると、大きく深呼吸をする。


「見苦しい所を見せてしまい申し訳ない。しかし、我が弟、シェトランドがグレナ・ディーン学園長を説得していたとはな。これは素晴らしい働きだ。ありがとうシェトランド」

「陛下、私に謝辞は無用です」

「何っ?」


 私がそう呟くと、シェトランドが口を開く。


「はい。グレナ・ディーン学園長と結んだ学園移転の撤回条件の中には、陛下の罷免が含まれているのですから……」

「なっ、何だとっ⁉︎」


 空いた口が塞がらない。 

 そ、それではまるで、私が退位しなければ、魔法学園は他領に移転すると言っている様ではないか……。


 私は目を見開き、学園長に視線を向ける。

 すると、学園長は笑顔を浮かべたまま、「その通りです」と呟いた。


 開いた口が塞がらない。

 私が呆然とした表情を浮かべていると、学園長は次いで口を開く。


「商業ギルドのギルドマスターの偽者に踊らされている事にも気付かず、魔法学園をだしにしてユートピア商会から土地を取り上げ、自己保身の為に、生活する国民の事は棚に上げてフェリーの運航を停止する……陛下に対し罷免を求めるのは当然の事ではありませんか」


 随分と辛辣な事を言ってくれる。

 しかし、拙い事になった。

 このままでは私は……私に残された道は……。


 背後で放心しているスカーリに視線を向けるも使えそうにない。


 何かないか、何かないか、何かないか、何かないか!

 考えろ、思考を止めるな‼︎


 しかし、起死回生の策が思いつかない。

 クソっ! こんな時に大臣共は何をやっている!

 使えない愚図共めェェェェ‼︎


 私が思考を巡らせてる最中も、審議は進んでいく。


「グレナ・ディーン学園長ありがとうございました。それでは、そろそろ議題の採決に移りたいと思いますが、他に意見等はございますか?」


「ま、待てっ!」

「はい。陛下」


 こうなれば感情に訴える他ない。


「わ、私は国王として様々な案件に取り組んできた。それをたった一度の失敗……たった一度の失敗で罷免するなんてどうかしている。

 皆、目を覚ましてくれ! 確かに私は良き国王ではなかったのかもしれない。しかし、これからは違う! 私は今、ここに誓おう。今、一度チャンスを貰えるのであれば、私は再び国民の為に死力を尽くす事を、皆にはその手助けを……手助けをお願いしたい……」


 形振り構わず、頭をテーブルに擦り付けながらそう言うと、領主達からポツリと声が漏れる。


「もう遅いのですよ……」


 聞こえてきたその言葉に、頭を上げるとそこには冷めた視線を向けてくる領主達の姿があった。

 呆然とした表情を浮かべていると、エストゥロイ領の領主ロイが手を上げる。


「議長、よろしいでしょうか?」

「はい、ロイ様」


 ロイはゆっくり席を立ち上がると、ゆっくりとした口調で話始める。


「陛下は王都の現状をどう捉えておりますか?」


 王都の現状?

 私が答えられずにいると、ロイは話を続ける。


「土地接収以降、王都から他領に拠点を移す商人達が後を立ちません。活気のあった大通りも今は閑散としております。それだけではありません。


 商人が減り、ただでさえ食糧品や生活物資が高騰している所に、フェリーの運航停止です。


 そんな事をすれば、益々、国民の心は離れていきます。わかりますか? もう王都は……王都に住む国民達の心は陛下から離れてしまっているのです。


 昨日、私の下に、あなたが遣わせた大臣が来ましたよ。

 その時、何故、陛下がフェリーを停止したのか確信致しました。


 陛下は、口先だけで国民の為に死力を尽くすと仰りますが、その実、自分の保身しか考えていないのではありませんか?」


「ち、違う……私は国民の為に……今私が王位を退けばどうなるか……」


 そうだ!

 今私が王位から退けば、王都は更に混迷を極める。何故それがわからない。


「自らの王位を守る事が、王都に住まう国民達の幸せに繋がると考えているのであればそれは間違いです。既に国民の心は陛下から離れてしまっているのですから……」

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