(閑話)トゥルクの災難

 カジノから悠斗達を追い出すと、今しがた白金貨100万枚(約1,000億円)を失ったトゥルクはバックヤードでへたり込む。


「ト、トゥルク様ッ! だ、大丈夫ですか!?」


 トゥルクは全てを失ってしまったかの様な朧気な表情を浮かべると、自分の名を呼ぶ従業員の胸ぐらを掴み上げ揺さぶりながら怒鳴り声を上げる。


「なんで……なんで、なんで、なんで……。なんで彼のギルドカードに白金貨100万枚を振り込んだのッ!」


「く、苦しいっ……。ト、トゥルク様……。お、お止め下さい……」


 いきなり胸ぐらを掴まれた従業員はトゥルクのあまりの剣幕に顔を真っ青にしながら呟く。


「トゥルク様と悠斗様の勝負は多くの方が見る中で行われました……。あの場で賭け金を支払わなければカジノの評判に係わります……」


 そんな事はわかっている。

 しかし、トゥルクが言いたいのはそんな事ではない。


「そんな事を言っている訳ではありません! 何故、白金貨100万枚を商業ギルドのギルドカードに振り込んだのかと言っているのです!」


 白金貨100万枚を直接渡すのであればまだやりようはあった。

 しかし、商業ギルドのギルドカードに振り込まれてしまっては、奪い返す事もできない。


「ト、トゥルク様……。落ち着いて……落ち着いて下さい……」


 従業員は首がギリギリ締め付けられ、苦悶の表情を浮かべる。


「これが落ち付いていられますかっ! 白金貨100万枚ですよ! 白金貨100万枚ッ! どうするんですか! これどうしてくれるんですかッ! それもこれも、元はといえば、あのディーラーが白金貨9万枚を失った事が発端でしょう! あのディーラーを呼びなさい! 今直ぐに、早くッ!」


 トゥルクは怒りのあまり胸ぐらを掴み上げていた従業員を突き飛ばす。


「ゲホッ、ゲホッ……。か、畏まりました。直ぐに呼んで参ります」


 突き飛ばされた従業員は、咳をしながら立ち上がると、慌ててディーラーを呼びに行く。

 暫くすると、ブラックジャックで白金貨9万枚の損失を出したディーラーが従業員に連れられやってきた。


 ディーラーは顔を背け、トゥルクの方を見ようとしない。


「あなた……顔を上げなさい」


 トゥルクは怒りを押し殺して顔を上げる様に促す。


「は、はい……グフアッ!」


 そして、ディーラーが顔を上げた瞬間、思いっ切りビンタを食らわせられた。


「あなた、とんでもない事をしてくれたわね……」


 トゥルクは自分の事を棚に上げ、厳しくディーラーを糾弾する。


「何故、彼に……。佐藤悠斗にイカサマを使わなかったの? あなた、まさかユートピア商会の回し者じゃないでしょうね!」


「い、いえ! 違います! 私はユートピア商会の回し者なんかじゃ……」


「じゃあ、なんで白金貨9万枚の損失を出したの!?」


 トゥルクの問いかけに、ディーラーは俯きながら呟く。


「わ、私はちゃんとデッキからピクチャー(10、J、Q、K)を一定量抜いた上でカードを配りました! し、しかし何故かブラックジャックが連発してしまい……」


「いい訳なんて聞きたくないのよ! そんなのあなたの腕が悪いって事じゃない! クビよ! あなたの顔なんて見たくないわ! 今すぐ私の目の前から消えなさい!」


「は、はいっ!」


 クビと宣告されたディーラーは顔を真っ青にすると、その場から駆け出しバックヤードを出て行く。

 怒りのあまり息を荒げていると、おそるおそる従業員が声をかけてきた。


「よ、よろしいのですか?」


「はあ? 何の事よ! いま私は考え事をしているの! ちょっと黙っててくれるかしら!?」


 従業員はトゥルクに、あのディーラーに白金貨9万枚相当の責任を負わせなくていいのかを聞こうとしたが、あまりの剣幕に押し黙ってしまう。


 トゥルクの持つ資産は白金貨120万枚(約1,200億円)。

 そしてつい先程、その内、白金貨100万枚が賭けに負け溶けてしまった。


 つまり残る資産は白金貨20万枚(約200億円)。

 資産の大半は失ってしまったが、これだけあればまだ持ち直す事ができる。


 トゥルクは、目を瞑り思考を巡らせる事で気を強引に落ち着かせると、「ふうっ」と息をつく。


 今思えばフェロー王国を統括していた前評議員リマは佐藤悠斗に手を出した事により、手酷いしっぺ返しを食らい犯罪奴隷に落とされた。


 佐藤悠斗に係わり白金貨100万枚を失う迄、思いもしなかったがあの存在は異常だ。害意や悪意を持って係わった者全てに、手酷いしっぺ返しを食らわせている。


 佐藤悠斗は従業員に対して「土地接収の黒幕を教えてくれたら帰る」とか言っていたが、きっとあれはワザと……。私が教えるまでもなく土地接収の黒幕であるオーランド王国の女王フィン様の事を掴んでいたに違いない。

 いや、もしかしたら私がフィン様に協力してギルドマスターの身分を証明する偽のギルドカードを渡した事も掴んでいるかもしれない……。いや、確実に掴んでいると見て間違いないだろう。


 そうでなければ、私のいるカジノにピンポイントで乗り込み、たった一日で白金貨100万枚の損害を発生させるなんて事をする筈がない。


 考えを巡らせたトゥルクは身震いする。


 お、恐ろしい。

 軽い気持ちでやった事がとんでもない相手の逆鱗に触れてしまったのかもしれない。


 しかも、賽は既に投げられてしまっている。


「あなた……。至急、佐藤悠斗の情報を集めなさい! 最優先よ!」


 佐藤悠斗の逆鱗に触れてしまった今、このまま時を過ごしては大変な事になる。

 いま必要なのは佐藤悠斗が何を感じ何を求めているのか。


 場合によっては私の運営するカジノすら潰されてしまう。

 そういえば引継ぎの際、マスカットが何かを言っていた様な……。今すぐ確認する必要が出てきた。

 佐藤悠斗の怒りを買い、リマの様な末路を辿るのはご免だ。

 私は早速、マスカットとの面談の予定を入れた。

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