捕えられたウエハス

 私の名はウエハス。当然偽名だ。

 それに商業ギルドのギルドマスターでも何でもない。今は冒険者ギルドの一職員として働いている祖国オーランド王国の工作員である。


 フェロー王国の王都ストレイモイに潜入して約10年。オーランド王国の工作員といっても、大体の工作員は祖国から何の指示もなく人生が終わる事の方が多いらしい。


 しかし、一度祖国から指示があれば動かなければならないのが辛い所だ。潜入して10年も経つと、この土地に愛着の一つも湧いてくる。


 そして先日、10年間連絡のなかった祖国オーランド王国から密命が下ってしまった。

 偽のギルドカードを使って、商業ギルドのギルドマスターに成りすまし、王都ストレイモイからユートピア商会を廃業へと追い込むか、オーランド王国に誘致しろとの事だ。

 その際、王都にも経済的なダメージを与える事ができると尚好ましいと書いてある。


 ちなみに何故ユートピア商会を廃業に追い込むのかについては書かれていない。まあ命令書なんてこんな物だろう。


 私は誰にも見られない様に、命令書を燃やすとふぅーっと溜息をついた。


 まさか私に密命が下るとは思っても見なかった。

 

 そしてこの密命。行動を起こすにはリスクが高く、特に商業ギルドのギルドマスターに成りすます事が非常に難しい。

 それだけではない。

 あの飛ぶ鳥を落とす勢いのユートピア商会をどうやって廃業、又はオーランド王国に誘致すれば良いと言うのだ。


 こんな無謀な命令書も珍しい。

 もしかしたらオーランド王国の上層部には頭のおかしい奴しかいないのかもしれない。


 しかし、そんな私にもチャンスが巡ってくる。

 なんとフェロー王国を担当していた評議員の一人、リマが罪を犯し、それに伴い商業ギルドが一新されるという噂が立ったのだ。それだけではない。

 なんとこの国の王であるトースハウン国王までもが亡くなってしまったらしい。


 これはチャンスだ。

 私は早速、商業ギルドの前に張り込んだ。


 このタイミングであれば、ギルドマスターに成り代わったとしても、そこまで不審に思われる事はないだろう。


 張り込みを始めて数日後、商業ギルドに向かって王室の紋章が描かれた馬車がやってくる。


 基本的に王室の馬車が商業ギルドにやってくる事はない。

 唯一の例外は、商業ギルドのギルドマスターや商人連合国アキンドの評議員を王城に召還する時位だろうか……。私は早速行動に移る事にした。


 商業ギルドの目の前で馬車が止まると、中から遣いの者が現れる。


 私は早速、祖国が用意した偽のギルドカードを遣いの者に提示しながら声をかけた。


「お待ちしておりました。私、先日、前ギルドマスターであるミクロに代わり新しく商業ギルドのギルドマスターに就任したウエハスと申します。」


「新ギルドマスター? なぜ、その様な方が外に……。いや、まあいい。陛下より商業ギルドのギルドマスターをお連れするよう命令があった。申し訳ないが、ご同行頂けないだろうか?」

 

 詳しい話を聞いてみるとなんでも新国王がギルドマスターを呼べと騒いでいるらしい。私は二つ返事で「わかりました」と呟くと、そのまま馬車に乗り込んだ。

 そしてそのまま王城へと連れていかれると、そこにはとても偉そうな方が待ち構えている。恐らく、この国の大臣なのだろう。


「お初にお目にかかります。私、先日、前ギルドマスターであるミクロに代わり新しく商業ギルドのギルドマスターに就任したウエハスと申します。どうぞお見知りおきを……」


 大臣は一瞬私に疑いの視線を向けるも、偽のギルドカードを凝視するとすんなり信じてくれた。


 流石は祖国の用意したギルドカード。大臣を欺く程の精巧さだ。


 大臣は私を背に首を城に向けると、着いてこいと言わんばかりに歩き出す。


 王城なんて初めて入った。とても豪華な造りだ。

 廊下にズラリと並んでいる置物一つ一つが私の年収位の代物なのだろう。ただ廊下を通るだけなのに緊張する。

 そして大臣が扉の前で止まると、ドアをノックし会議室へと入っていく。私もそれに続いて会議室へと入る事にした。


 ここからが私にとっての戦いだ。

 手八丁口八丁で手玉に取ってやる。


 そこから先は早かった。

 と言うより、こんな奴らにこの国を任せて大丈夫か? と思ってしまう程、頭の回転が悪い奴らばかりだった。特に新国王様の愚かさ加減が天元突破している。祖国を持つ者として、この国の国民に同情してしまう程に……。


 そして今、祖国の為、商業ギルドで情報収集をしていると、ノルマン新国王が商業ギルドに乗り込んできた。どうやら私を探しているらしい。

 私は帽子を深く被ると誰にも見えない様に付け髭を着けて、ノルマン新国王の方に視線を向ける。


 様子を見るに完全にバレてしまった様だ。


「あーあっ、もうバレてしまいましたか……。ユートピア商会を潰す事も出来ましたし、王都にも経済的ダメージを与える事ができた。万々歳といった所でしょうか?」


 ユートピア商会をオーランド王国に誘致する事には失敗してしまったが、潰す事には成功した。

 後はバレない様にこの国を離れるだけでミッションコンプリートだ。


 席を立つと商業ギルドの出入り口へと向かう。

 すると、背後から声がかかった。


「初めまして、ウエハス様。私、悠斗様に仕えております屋敷神ウチガミと申します。今のお話、聞かせて頂きました。ぜひ我が主人の前でそのお話を聞かせて頂ければと存じます」


 背後から声をかけられた瞬間、商業ギルドの空間が歪み、私を地面へと引き込んでいく。

 そして、地面に沈んでから数秒後、大きな空洞のある空間に放り出された。


 尻餅を突くと、私を攫った者へと声を上げる。


「なっ! お、お前は一体何なんだッ!」


 私がそう言うと、まるで執事の様な恰好をした老人が困ったかの様な視線を向けてくる。


「おや? 先ほど自己紹介をさせて頂いたと思っていたのですが……、仕方がありませんね。私は屋敷神ウチガミ。悠斗様に仕えさせて頂いている執事でございます。どうぞお見知りおきを……」


「う、屋敷神ウチガミ!?」


 一体何が起こっているのかは分からない。

 しかし、いま私の命が危険に晒されていることだけは理解できる。

 今の私にできる事は息を飲み、屋敷神ウチガミが言葉を話すのを待つ事だけだった。

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