唖然とする宰相

「そう言えば今日だったか……」


「陛下、それはユートピア商会の土地接収の事でしょうか?」


 フェロー王国の新国王ノルマンは、政務の合間、宰相に話かける。


「ああ、折角だ。王命に従い土地から退去しているか私自ら確認しに行こう」


「陛下。まだまだ陛下のサインが必要な書類が山の様にあります。接収の確認は私共で致しますので、どうか政務に専念下さい」


 そう呟くと宰相は、ノルマン新国王の机にサイン待ちの書類をドサリと置く。


「む。しかしだな……」


「どうしても見に行きたいというのであれば、せめて机に積み上げた書類を片付けてからにして頂けないでしょうか」


 ノルマン新国王は、机に積み上げられた書類に視線を向けると、深いため息を付きながら書類にサインをし続ける。


「仕方がない。では一時間後見に行くぞ」


「畏まりました。護衛の騎士を数名手配しておきます」


「ああ、頼んだぞ」


 宰相は席を立ち、部屋から出るとため息を付く。


「全く。陛下は楽観が過ぎる……。リマ殿はユートピア商会に手を出したが為に滅びの道を辿ったのですぞ。それに、側近の大臣まであのような感じでは……」


 つい先日も、ティンドホルマー魔法学園の理事会から学園への介入は越権行為であるというクレームとエストゥロイ領へ魔法学園を移す用意がある旨を記載した手紙が届いたばかりだ。

 直ぐに謝罪に向かったが、会って貰う事はできなかった。

 陛下の顔色だけを窺って思い付きでそんな事を言うからそんな事になるんだ!


 それに陛下も陛下である。

 前国王であるトースハウン国王陛下であれば、我々の言葉をちゃんと吟味してから答えを出して下さる。周りをイエスマンで囲んだ上、多数決で物事を進める等あってはならない事だ。


 それに何故か、商業ギルドからもクレームの手紙が届いている。

 内容を見て見ると、ギルドに加盟しているユートピア商会の土地を接収するとは何事かとそんな事が書かれていた。


 新ギルドマスターのウエハス殿は何をやっているのか……。


 差出人がアラブ・マスカット会頭となっているので、内々で収める事ができなかったのかもしれないが、流石に疑念を抱かずにはいられない。あの方は、本当に商業ギルドのギルドマスターなのだろうか。


「とはいえ、愚痴ばかりを言っても仕方があるまい」


 そう呟くと、護衛の騎士を手配した後、馬車の手配などユートピア商会跡に向かう準備を始める。


 一時間後、机に会った書類を片付けたノルマン新国王は、座ったままの姿勢で手足を伸ばすと開口一番こう言い放つ。


「さあ面倒な書類も片付けたし、ユートピア商会の土地を見に行こう!」


 政務よりも土地か?

 立ち退いた後の土地を見て何を思う。


 ノルマン新国王は、随分と政務に飽き飽きとしていた様だ。


「畏まりました。既に準備はできております。」


 ノルマン新国王と共に馬車に乗り込むと、ユートピア商会跡地まで向かう。

 ユートピア商会跡地に馬車を付けると、御者が我々に声をかけてきた。


「ほ、本当にこの場所でよろしいのでしょうか?」


 御者へはユートピア商会跡地まで案内する様言ってある。

 本当によろしいのでしょうかもクソもない。


「ああ、ご苦労。」


 御者に適当な返事を返すと、馬車を降りてユートピア商会跡地に視線を向ける。


「…………」


 おかしい。あまりにもおかしな状況に言葉を出そうにも言葉が出てこない……。

 すると、ノルマン新国王が馬車から降りてきて能天気な事を呟く。


「ほう。勤勉だな。もう整地してあるのか」


 ノルマン新国王は事の重大さを理解していない様だ。

 宰相は身体を震わせながら口にする。


「へ、陛下……私共は何もしておりません」


「ん? だが現実に整地してあるではないか」


「そ、そうなのですが……」


 ノルマン新国王はユートピア商会跡地にしか目が向いていない様だ。


「陛下。あちらをご覧下さい」


「ふむ」


 そこにはまるで元から何もなかったかの様に整地された大通りの姿があった。


「宰相よ。あちらとは何を見ればいいのだ? 何もないではないか」


 しかし、それすらノルマン新国王は気付かない。

 王都の大通りにあって然るべきものを……。


「無いのです……」


「だから何が無いというのだ?」


「陛下はこの大通りの風景を見てお気付きになられませんか!?」


 あまりの鈍さについ大声を出してしまう。


「ふむ。まあ閑散としているな……。だからそれがどうしたのだ?」


 トースハウン陛下……完全に育て方を間違えました。


 宰相はこの現状について一から話をする事に決めた。


「陛下。王城へと続くこの大通りには様々な商会が立ち並び、活気に溢れておりました。しかし、今この状況をご覧下さい。まるで整地されたかの様に商会だけが綺麗サッパリ無くなっております! これでは、数日もしない内に大変な事がおきます!」


 イマイチ状況が掴めていないノルマン新国王は呟く。


「確かに土地を取り上げ、商会運営が出来なくなったユートピア商会を建物ごと手に入れる事はできなくなったが、ウエハス殿の要望通り土地を接収する事でユートピア商会を潰す事に成功した。それに何の問題があるというのだ」


「いえ、おそらくユートピア商会は潰れておりません。私は以前から進言してきました。ユートピア商会に手を出してはならないと……。ユートピア商会は、商業ギルドとの対立を経て、王都中の商会を傘下に置くに至った大商会です! そのユートピア商会のあった場所も、傘下に置いていた商会もその全てが王都から無くなってしまいました。王命に従い、傘下の商会ごと王都から撤退したのです!」


「だからそれがどうしたと言うのだ? 商業ギルドに言えば何の問題も無かろう。それにこれを好機と捉えた商会が挙って王都に押し寄せるのではないか?」


 ノルマン新国王は簡単にそう言い放つが、事はそう簡単にはいかない。

 商会を誘致するまで相当な時間が係る上、大通り一帯の商会が無くなってしまえば明日食べる物に困る者も大勢出てくるだろう。

 それだけではない。

 ユートピア商会の土地を接収した事で、王都ストレイモイはいつ王の気紛れで土地を接収されるか分からない。そんな風評被害も流れている。(まあ事実ではあるが……)


 そんな中、王都で商会経営をしてくれる様な商会が集まるか甚だ疑問だ。


「ユートピア商会の土地を接収した事で、風評が立ってしまいました。恐らくしばらくの間、大変な事になるでしょう」


 イマイチ危機感を抱いていないノルマン新国王を馬車に乗せると、王城へと戻る事にした。

 あそこに居てもやれる事は少ない。


 宰相の苦労は積り重なるばかりである。

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