撤収
「お師匠様……。力及ばず申し訳ございません!」
王城から帰ってきたグレナ・ディーン学園長は、俺の前で全力の土下座を披露する。
「ちょ、ちょっと! 土下座はやめて下さい」
「いえ、そういう訳にはいきません。このままでは、お師匠様の土地が国に接収されてしまうではありませんか! 弟子として不甲斐ないばかりです……」
「わかりました。わかりましたから!」
俺は慌てながらグレナ・ディーン学園長に土下座を止めさせると、ダイニングの椅子に座らせる。
「学園長。驚かないで聞いて下さい。実は俺達、暫くの間、ユートピア商会は休業しようと思っているんです。」
「なっ、なぜですか!」
「流石に王命で土地を接収されてしまうのであれば仕方がありません。王命の対象は商会ではなく土地ですし、そう言われてしまえば商業ギルドは役に立たないでしょう。フェロー王国の担当評議員だったマスカットさんも、先程、フェロー王国の担当評議員から外されてしまい、この国に対する発言権を失っています。それに元々ユートピア商会では、頑張っている従業員の為にどこかで都合を付けて長期休業を取る予定だったんです。土地があれば直ぐにでもユートピア商会の営業をする事が出来ますし、この機会に数ヶ月間、従業員達とゆっくりバカンスを楽しんでこようかなと思っているんですよ」
そう、当初泣き付こうと思っていたマスカットさんはフェロー王国の担当から外れてしまった。
それに王命が商会の接収と言うのであればまだしも、土地の接収と言われてしまえば、商業ギルドに出来る事は少なく、結局、この土地から離れざるを得ない。
商業ギルドに出来る事といえば、精々、国に対する抗議と接収される様な土地を紹介した賠償金の支払い位だろう。
それに商業ギルドに土地を紹介して貰っても、また王命で接収されてしまえば移動して営業を始める意味も無くなってしまう。
だからこそ、敢えてユートピア商会の
元々、従業員達と一緒に長期休養を取る予定だったし、それが長期休業に変わっただけで俺からして見ればただそれだけの話だ。
従業員のみんなには負担をかけるかも知れないけど、従業員達の衣食住はしっかり守るつもりでいる。
むしろ心配なのは王都に住む人々の生活だ。
商業ギルドと対立していた時、王都の大通りに出店している商会は軒並みユートピア商会の傘下においている。
ユートピア商会の土地が接収され物の販売ができなくなればどうなるか……。おそらく、暫くの間、王都への物流が大変な事になるだろう。
しかし、王都の食と物流を担うユートピア商会の土地を接収すると決めたのはこの国の王様だ。経営は慈善事業ではないし、その土地を強制的に接収すると王命を下した国を助ける気もない。
王都に住む人達の生活に不利益がない事を祈るばかりである。
それに、ここまで大っぴらに敵対的な行動を取ってくれると、こちらとしてもやり易い。
なにせ何をやっても良心が痛まなくて済むのだから。
俺はあまり納得していない感じのグレナ・ディーン学園長を何とか帰すと、
王都ストレイモイを迷宮の支配下に置くと決めた時からハッキリ言って勝負は決まった様なものだ。
「それでは悠斗様。王都ストレイモイを迷宮の支配下に置くため、王都全体を覆う様なイメージで迷宮核に魔力を注いで下さい」
俺は
30分ほど魔力を流し続けると、頭がふわふわとした感覚に襲われる。
「悠斗様。本日はこの位にしておきましょう」
流石は王都ストレイモイ。王都を迷宮の支配下に置く為には、もう数日程かかりそうだ。
「王都ストレイモイは広いね。俺の魔力が空になっちゃったよ」
俺は
そしてベッドで横になると、魔力を回復させる為、そのまま眠りに就く。
迷宮核に魔力を注いでは眠る生活を続けること3日。
ようやく王都ストレイモイを迷宮の支配下に置く事ができた。
もはや王都ストレイモイ自体がひとつの迷宮といっても過言ではない。
これでようやく行動に移す事ができる。
俺はユートピア商会で働く従業員達を集めると、王命によりこの土地が接収されてしまう事。明日よりユートピア商会を一時休業する事。そして、土地が接収される日の前日から数ヶ月間みんなで慰安旅行に行く事を伝える。
「みんな仕事中集まってくれてありがとう。まずみんなに謝らないといけない事があります。ユートピア商会のあるこの土地が4日後、王命により接収される事になりました。俺の力が及ばず申し訳ありません。」
俺がみんなに謝ると、従業員の一人が恐る恐る手を挙げる。
「そ、それはユートピア商会が無くなってしまうという事でしょうか?」
「いえ、そうではありません。紛らわしい言い方をしてしまいましたが、ユートピア商会は無くなりません。一時的にこの土地を離れ休業する事と致しました。ユートピア商会が再開するまでの間、皆さんにはちゃんと給与を支払わせて頂きます。勿論、それまでの期間泊まる宿も手配させて頂きます。」
俺がそう口にすると、従業員の心配そうな表情が和ぐ。
「丁度いいので、この休業の機会に皆さんを、少し長めの慰安旅行に招待したいと思うのですがいかがでしょうか? 〔私のグループ〕のアラブ・マスカット会頭には既に話を通してあり、泊まる宿の手配は済んでいます。もちろん強制ではありませんし、ご家族の方を誘って頂いても構いません。この機会に実家に帰省したい方もいるでしょうし、途中からの参加もOKです。出発は土地が接収されてしまう前日を考えています。」
当然、慰安旅行中も月給はちゃんと支払うし、慰安旅行に行くか行かないかは従業員達次第。
この機会に実家に帰省したい人もいるだろうし、慰安旅行は数ヶ月に渡り行う予定だ。途中参加もOKと言う事にしておいた。
マスカットさんに連絡を取る事で、既に慰安旅行先のエストゥロイ領に最高級ランクの部屋を従業員の人数分揃えてある。しかも、どんなに飲み食いしても無料だ。マスカットさんには、以前言質を取っている。
従業員達に国により土地が接収されてしまう旨を話た俺は、ユートピア商会の営業は接収2日前迄とし、商会前には国による土地の接収により休業を余儀なくされた旨の貼り紙を貼り出し、閉店セールのチラシをばら撒く。
そして従業員達と慰安旅行に出発する数刻前、接収される土地に建っている建物を全て迷宮に移動させると更地にした上で土地全体を迷宮壁と同じ素材でコーティングし、従業員達と共にエストゥロイ領へと向かう事にした。
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