狂信的で盲目的な大司教

「ふう。なんとかなりましたか……。」


【私の商会】フェロー王国王都支部の支店長スタンは、聖モント教会の司教マリオが逃げ去っていくのを見ると、一連のやり取りを見て集まってくれた王国民の方々に会釈する。


「皆さま、危ないところをお助け頂きありがとうございます。皆様のお力添えがなければ、意に沿わぬ喜捨をさせられてしまうところでした。これは、心ばかりの品物ですがどうぞお受け取りください。」


 そう言うと、【私の商会】の従業員が多くの初級万能薬を持ってくる。


「こちらは先ほど聖モント教会の司祭様が喜捨をするよう求めた【聖属性魔法】を付与した魔道具で作成した初級万能薬です。聖モント教会の司祭様は、これを偽物呼ばわりしておりましたが、当然偽物ではございません。効果の程は一度手に取ってお試し下さい。」


 スタンの言葉に合わせ、従業員が次々と初級万能薬を一連のやり取りを見て集まってくれた王国民の方々に次々と初級万能薬を渡していく。


「聖属性魔法が付与された魔道具につきましては、当商会とユートピア商会でお買い求め頂けますので、ご入用の際には、どうぞご利用くださいませ。」


 スタンはペコリと頭を下げると、【私の商会】の中に入っていく。


「聖属性魔法の付与された魔道具の販売、そして万能薬のレシピの存在が教会側に知られれば、喜捨という形で施しを求められるとは思っていましたが、まさかあそこまであからさまに喜捨を求めに来るとは……あれではまるで喜捨の強要ではありませんか……。あの大司教様がこちらに来られてから喜捨の強要や神符の押売りなどが増えていましたからね。」


 フェロー王国の王都に教区教会を置いている聖モント教会に大司教ソテルが赴任してからというものの喜捨の強要や神符の押売りをする門徒が増え困っていた。

 今回、王都民が【私の商会】を助けてくれたのも聖モント教会のやり方に反感を持っていたためである。


「前の大司教様は良いお方だったのですがね。いけません仕事に移らなければ……誰か、会頭に連絡を繋いでください。」


 スタンはしみじみとそう呟くと、マスカット会頭に報告を上げるのだった。



 一方、王都民に石を投げつけられ教会に逃げ帰った司祭マリオは大司教ソテルを前にして震えあがっていた。


「あ、悪魔に! 民衆が悪魔に操られておりました! ソテル様の名でソテル様のお言葉をお伝えしたというのに民衆は私に暴力を振い、石を投げてきたのです。今すぐ、今すぐにでも……。」


「お黙りなさい。あなた……私の名を出したのですか?」


底冷えするかのような声色にマリオはビクつきながら、首を縦に振る。


「彼方にはガッカリです……。司祭マリオ、あなたは聖属性の付与された魔道具と万能薬のレシピの喜捨を断られ、おめおめと逃げ帰ってきたわけですか……あまつさえ私の名をだして……情けない。聖モント教会の司祭とは思えないほどの情けなさです……。あら? あらあら、あなたケガをしているではありませんか。お可哀そうに……。」


「ひっ! も、申し訳ございません。もうしわけございません!」


 笑顔を浮かべた大司教ソテルは怯えるマリオを見下すと、マリオに向かって手のひらを向ける。


「怯える必要はありませんよ。今からあなたにかけるのは聖属性魔法ですから……それを重ね掛けするだけです。」


 すると、マリオの身体がボコボコと膨らみ、泡が弾けるかのようにパチンと割れると身体中から血が吹き出る。


「あ、ぎゃぁぁあっ! ソテル様、ソテル様ぁ……おやめ、おやめください。おやめくださいぃぃ。」


 司祭マリオの絶叫が木霊する。


「しばらくしたら施しをあげましょう。私は慈悲深いですからね……。それにしても、いけません。いけませんね。聖モント教会の喜捨を断るなんてとても悪い商会です。そして王都に住まう信徒の皆さんも……。神に代わり教会が授ける【生活魔法】。これを享受しておきながら喜捨を断るなんて、なんと信仰心のない信徒たちなのでしょうか……。一度、授けたものを返してもらい神が教会を通して与える恩恵の大切さを学ばせなければなりませんね……。ああ、神よ! 私の布教が行き届かないばかりに敬虔なる信徒が育たず申し訳ございません! 今一度あなたのお言葉を彼等に届けてこようと存じます。」


 大司教ソテルが万感の思いを込めて十字架に平伏すると、怒りの形相を顕わにし、司祭マリオに視線を向ける。


「……あなた、いつまで呻いているつもりですか? あなたは聖モンテ教会の司祭なのでしょう。なぜです。なぜです。なぜです。なぜです。なぜですか? あなたの呻き声が煩くて神からお言葉を頂戴することが出来なかったではありませんか! あなたは、あなたは、あなたは、あなたは本当に神を信じているのですか?」


 大司教ソテルの狂ったかのような笑みに、司祭マリオは怯えた表情を浮かべる。


完全治癒パーフェクトヒール


 そう呟くと、司祭マリオの身体は傷ひとつない元通り姿に戻る。


 怯えた表情を浮かべる司祭マリオに、大司教ソテルが微笑みかけると、マリオの頭を撫でながら優しい声で呟いた。


「あなたの献身さは、私がよく存じております。しかし、そんなあなたにも足りないものがあります。」


 散々痛めつけられたマリオに、何が足りないのか聞く余裕はない。

 しかし、そんな事は何のその大司教ソテルは十字架を見つめながらマリオに話しかける。


「あなたに足りないもの。それは狂信的なまでの敬虔さです。狂信的であれば狂信的であるほど、神はお喜びになられます。狂信的に神に仕え、盲目的な信徒を増やし、狂おしいほどに聖モンテ教の教えを説く。さあ、あなたも聖モンテ教会の門徒ならば狂信的に神に祈りましょう。さすれば、神はきっとあなたに微笑みかけてくれます。」


 大司教ソテルがマリオの手を取ると、そっとひとつの魔道具を手渡す。


「その魔道具神具で、神が与えた恩寵【生活魔法】を奪って来なさい。さすれば、信徒たちの態度も少しはマシになるでしょう。」


 そう呟くと、大司教ソテルは高らかに笑い声を上げた。

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