実は商会主と会っていた司祭マリオ

 俺がユートピア商会のバックヤードで、指輪に聖属性魔法を付与していると、ユートピア商会の従業員で元商業ギルドの受付嬢ジュリアさんが声をかけてくる。


「悠斗様、聖モンテ教会の司祭、マリオというものが悠斗様との面会を求めております。その方は、当商会の扉を潜ることができないご様子でしたが、いかが致しましょうか?」


 俺が指輪を机に置き、作業の手を止めると、う~っと背伸びをする。

 マスカットさんが危惧していた通り、聖モンテ教会の信徒が動き出したようだ。

 とはいえ、まさかこんな早く聖属性魔法を付与した指輪と、万能薬のレシピの配布に気付くとは……。


 流石は聖モンテ教会、教会の秘中の秘である聖属性魔法と万能薬に対する耳の早さは群を抜いている。


 まだ15個しか売れていないのに……まあ、気付いてしまったからには仕方がない。

 フェロー王国にある聖モンテ教の教区教会の大司教は変わった人だと言うし、聞いたところによると、最近、喜捨の強要や神符押売が増えてきているらしい。


 ポーションの販売が無くなった上、聖属性魔法を付与した魔道具の販売や万能薬のレシピ、万能薬の販売まで邪魔されては堪ったものではない。

 まあそのポーション販売も瓶の形を変え、万能薬として売り出すようにしたので実質的な損害は全くない。なんなら、今まで市価よりもほんの少し安価で売っていたポーションの価格が適正価格に戻り、万能薬として売り出すことで、傷にはポーション、病気には万能薬という住み分けができたほどだ。


 まあ、ポーション兼用の万能薬が1本あれば、傷も病気も全く問題なく治すことができるが、ポーションを作成し販売する者たちのことを考えたら、やはり住み分けは必要だろうということに落ち着いた。


 なにより、聖モンテ教会の信徒の事だ、どうせ聖属性魔法を付与した魔道具を喜捨や、万能薬のレシピの廃棄を求めてくることは想像に難くないし、場合によっては暴力を振るってくるかもしれない。

 それは、聖モンテ教会の信徒が悪意のあるものを弾くユートピア商会の扉を潜ることができなかったことから簡単に推測することができる。


 それに、俺の大切な従業員たちに何かあったら困るしね。

 とりあえず、俺と話合いをしたいならユートピア商会の扉を潜れるようになってもらわないとね。

 扉を潜ることのできない司祭様は俺にとっても従業員たちにとっても、ただの危険人物でしかない。


「わかった。いま行く。俺が対応するから、皆には、そのマリオが帰るまでの間、商会から出ないよう伝えておいて。」


「承知致しました。」


 俺はジュリアにそう伝えると、椅子から立ち上がり司祭マリオの元へ向かうことにした。


 ユートピア商会の扉から外を窺うと、祭服を身に纏った男性の姿が見える。


「あれが聖モント教会の司祭様?」


「はい。あそこで悠斗様のことをお待ちしているのが聖モンテ教会の司祭マリオ様です。」


 うん。とても胡散臭い顔をしている。

 祭服を身に纏っていて、なんとなく神聖なイメージを醸し出しているが、少しでも隙を見せようものならすぐ付け込まれてしまいそうだ。


 なんなら、『この商品を買えば幸運を招く』とか『このまま放置しているともっと悪いことが起きる』などと不安を煽り、相手の弱みに付け込んで法外な値段で壺とかを売ってきそうな、そんな人相をしている。


 まあ、俺の勝手な人相判断だけど……。


 とはいえ、このままアレを放置していても仕事の邪魔だ。

 こういう場合は、会頭はいないとか、話合いは商会内でとか言ってスマートに対処しよう。

 大通りだけあって人目に付くし、なにかあっても俺なら対処できる……はずだ。


「じゃあ、行ってくるね。すぐに戻ってくるから。」


「はい。行ってらっしゃいませ。」


 俺は商会の扉を潜り外に出ると、いまも怪しげな視線を送ってくる聖モンテ教会の司祭マリオに話しかける。


「失礼ですが、聖モンテ教会の司祭マリオ様でしょうか。」


「はい。私は聖モンテ教会の司祭マリオと申します。」


 聖モンテ教会の司祭マリオはが俺に訝しげな視線を向けてくる。


「どうもご丁寧にありがとうございます。私はと申します。会頭よりお言葉を預かってまいりました。大変申し訳ございませんが、会頭は忙しく話をする時間は取れないそうです。」


 すると、その言葉を聞いたマリオは驚愕の表情を浮かべる。


「なっ! 商会主の今後の人生がかかった大切な話をしようと言うのに忙しいですと!?」


 当然である。ユートピア商会の扉は、悪意のある者を弾く扉。

 その扉を通れなかった危険人物と人生がかかった大切な話などできる訳がない。


 今この時、魔道具を作る時間を割いて話かけているだけでもありがたいと思ってほしい。


「はい。その通りです。ただ、商会内で話し合いをする場合、その限りではないと申しております。今後の人生がかかった大切な話とのことですが、そのお話はどうぞそちらの扉を潜り直接会頭へとお話し下さい。商会内に入り従業員に尋ねることですぐに話し合いができるよう手配しておきます故、それでは失礼いたします。」


 何だか物言いたげにワナワナと震えているが知ったこっちゃない。

 門を通ることのできなかった悪意を持った危険人物からはさっさと離れるに限る。


 それにこっちは本当に忙しい。

 聖属性魔法が付与された魔道具の作成に、レシピの書き込みなどやることは色々ある。


 取り合えず、言いたい事だけ言った悠斗は、ペコリと頭を下げると、そのままユートピア商会の扉を潜り、バックヤードで、指輪に聖属性魔法を付与し続けるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る