第五章 王国戦争編

(閑話)苦悩に苦悩を重ねるアゾレスの王

(1話からこれまでの大まかな話の流れ)


 ある日、俺こと、佐藤悠斗が不良アダムとタイガからカツアゲされそうになっていたところ、ここ、ウェークという異世界に飛ばされた。

 転移先はマデイラ王国という隣国と戦争中の場所。俺と不良の二人は戦争のための戦力として、強制的に訓練を受ける羽目になる。

 しかし、ともに飛ばされた不良達が強力なスキルを獲得する中、俺が手に入れたのは『影を操る』というなんとも地味な力だった。

 その能力とステータスの低さを理由に、ついにはマデイラ王国にある迷宮に訓練の一環で潜った際、無能だからという理由で囮として捨てられてしまう。

 しかし、密かに自分の能力を強化していた俺は、その能力――『影魔法』の力で迷宮を脱出し、道中偶然拾った『召喚』スキルで、大天使のカマエルと悪戯好きな神様のロキを仲間にすることに成功した。

 俺が迷宮を攻略したことに気づいたマデイラ国から追手が差し向けられている中、隣国のアゾレスに移り、ポーションを作りつつ、自由気ままな生活を送っていた。

 アゾレス王国で神様の力を借りアンドラ迷宮を踏破したところ、アゾレス王国にそれがバレてしまい捕えられてしまう。ロキの力を借り牢屋から逃げ出した俺は、隣国フェロー王国に向かうことにした。

 フェロー王国へ向かう際、盗賊に襲われている馬車を発見。偶然出会った子供たちを引き取り、育てることに。拠点となる家を手に入れたり、ちょっとしたビジネスを始めたり、引き取った子供達が魔法学園に入学したりと、悠斗は新天地で、慌ただしくも楽しい日々を送っていた。

 しかし子供達が魔法学園に入学して間もなく、悠斗のもとに知らせが届く。それは、留学研修としてアゾレス王国を訪れた弟子達が戦争に巻き込まれ、行方不明になったという内容。その情報を聞いた悠斗はアゾレスへと急ぐ。子供達の救出と戦争の鎮圧の為に、悠斗は仲間の神や天使とともに向かった。

 マデイラ王国とアゾレス王国の戦争終結後、アゾレス王国の王は壁に向かってブツブツと独り言を呟いていた。


「なぜだ、なぜだ……。なぜこうなった……。」


 ここはアゾレス王国の王座の間。

 死屍累々となったマデイラ王国軍は捕え、マデイラ王国は手中に収めた。対外的に見て、正しくアゾレス王国の勝利である。だが、この戦争で得られたものは驚くほどに少ない。


 この戦争で得たものは、疲弊しきったマデイラ王国と、マデイラ王国付近にできた新しい迷宮、そして死屍累々となったマデイラ王国軍の3つだけだ。


 そして、この戦争により失ったもの、特に痛手だったのがアゾレス王国の国防の要たるボスニア迷宮である。ボスニア迷宮が踏破され、迷宮核を抜かれてしまった以上、第40階層のボス部屋に転移させる転移魔法陣も、第50階層のボスモンスター不死の王ノーライフキングを呼び出すことが出来なくなってしまった。

 また、建築物型のアンドラ迷宮と違い、洞窟型のボスニア迷宮はアゾレス王国の真下に50階層にも上る階層を築いている。そのため、近い将来、確実に地盤沈下や崩落が起きる。


 ボスニア迷宮を失い、新しい迷宮を得たところでどうする。

 この戦争で得たマデイラ王国もマデイラ大迷宮が踏破されていることで、地盤沈下や崩落が起きることは間違いない。

 この戦争により、アゾレス王国も実質的に終わりだ。

 ボスニア迷宮を失ったことで、地盤沈下まっしぐら、そしてとんでもない欠陥王国を手に入れてしまった。


「こんなはずではなかった……。それに、あの化け物どもは何だ? まったく余計なことを……。」


 急に景色に亀裂が入ったかと思えば、面妖な赤い仮面を被った巨漢と子供が現れ、信じられないような忠告をして帰っていった。


 マデイラ王と、5,000人を超えるスラム街の住民をアゾレス王国前に残したままで……。

 しかもあの子供は、スラムの人々を幸せに導いてほしいとか訳の分からないことを言っていた。

 しかも、スラム街の住民に酷いことをすると、私の顔が破裂したトマトのような感じになるらしい。


 なんだそれ? いや、ホントなんだそれ?


 ボスニア迷宮の迷宮核を抜かれ、崩落まっしぐらのこの国に一体何を求めているんだろうか。


 アゾレス王は、ソファーにドサッともたれ掛ると、宙を仰ぎ溜息をつく。


「そして、悠斗様か……。なんだ、悠斗様って?」


 あの子供は言っていた。

 悠斗様に危害を加えようとするな。

 悠斗様の大切なものに触れるな。

 悠斗様のことを調べて回るな。


 そもそも、その悠斗様のことを知らねば、何が大切なのか、危害を与えてはいけない対象である悠斗様が誰なのか分からないではないか。


 そして、その悠斗様とやらに危害を加える又は、大切なものに触れた場合、国が亡ぶだと?


「いったいどうすればいいんだ……。」


 あの子供には悪いが、悠斗様とやらについて調べないことには何も始まらない。

 この件は、宰相のギニアに任せるとしよう。


 最近のあいつは奇行が目立つ。

 少しばかり不安を感じるが仕方がない。


 アゾレス王はテーブルに置かれたベルを取ると、チリンチリン♪ と音を鳴らす。

 ベルを鳴らすと、トントンっと扉を叩く音が聞こえる。


「入れ。」


「失礼します。陛下、お呼びでしょうか。」


「うむ。話したいことがある。至急、ギニア宰相を呼んでくるのだ。」


「はっ!」


 そう言うと、騎士は扉を閉めギニア宰相を呼びに行く。

 そして十数分後、王座の間にギニア宰相が入ってきた。


「お呼びでしょうか、陛下。」


「うむ。ギニアに頼みたいことがあってな。至急、悠斗様と呼ばれる者について調べてほしいのだ。ただし、内々的にな……調べたことが露見してこの国を滅ぼすわけにはいかん。」


 ギニア宰相は、悠斗様という名を聞き、手を顎につけると首を傾ける。


 悠斗……悠斗様、悠斗様、悠斗様……うん? どこかで聞いたことがあるような……。


「ギニアよ。どうした? なにか心当たりがあるのか?」


 アゾレス王は、何やら考え込んでいるギニア宰相に声をかける。


 悠斗様、悠斗様、佐藤悠斗、佐藤悠斗!?

 ま、まさかッ!?


 ギニア宰相は慌てた表情を浮かべる。


「へ、陛下! 陛下がお探しの悠斗様という者ですが、もしかしたらマデイラ王国が異世界人召喚の儀で呼び出した転移者かもしれません! 名を佐藤悠斗と言い、数ヶ月前地下牢に捕え、その後、死体の姿で見つかった者です。悠斗様という聞きなれない名前からして可能性は高いかと……。」


「マデイラ王国が異世界人召喚の儀で呼び出した佐藤悠斗……なるほど……。」


 おそらくそいつで間違いないだろう。

 しかし、佐藤悠斗という転移者は死んだはず……実は生きていたとでも言うのだろうか?


「あの死体は偽物……偽物を地下牢に置いて逃げ出した。そう考えれば辻褄が合う。なるほど、そ奴が悠斗様か……。それにしても面倒な相手を敵に回してしまったものだ。いや、しかしあの子供は忠告と言っていた。ならば、こちらが行動に移さねば何もしてくることはない……か?」


「佐藤悠斗が生きている!? あ奴はアンドラ迷宮と、名もなき迷宮を踏破し、迷宮核抜いた疑いがかけられております! それに佐藤悠斗を捕えることが出来れば、此度の件もすべてが解決するではありませんか。」


 ギニア宰相の言うことはもっともだが、奴に手を出したらあの化け物どもが許しはしないだろう。

 それに、天使についても述べていた。敵対するのはあまりに危険だ。


「ならん。佐藤悠斗について調べること、捕えることを禁じる。絶対に奴と敵対してはならんぞ。ボスニア迷宮が踏破された時点でこの国の未来は確定している。今後10年の内にマデイラ王国にある新しい迷宮付近に新しい国を築くことを念頭に行動に移すのだ。」


 十数年後、マデイラ王国跡の近くに大きなひとつの国ができる。

 その国の名はカナリア王国。

 元マデイラ王国民とアゾレス王国民の多くが住むこの国は、戦争により壊滅的な打撃を受けたアゾレス王国が、マデイラ王国で新しく見つかった迷宮、サハラ迷宮で採れる資源を元に急速に復興し、大きな発展を遂げていく。

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