やまみち

黒紗くろしゃけた硝子ガラスのように

空は不気味にわた

雪も降らない風もない

珍しく月が出ていて

路もほどよい加減かげん

丁度ちょうど帰るに良い時機じき

ひとり、支度したくを始めたが

かわいた雪の夜道には

悪い狸がでるからと

酔った仲間が用心棒

凍った雪を割りながら

おくりおくられ山の路


おれは二回も化かされた

半里も歩いたこの辺が

ちょうど野郎の出るところ

仲間はブルッとひと震え

いやだいやだと言いながら

角をまがってふとみると

白い視界のただなかに

茶色のコートが高鼾たかいびき

こんな所で眠っていたら

あと半時でオシャカだと

仲間はしかと抱き起こす

なんだ誰かと思ったら

「おれ」じゃないかと仰天し

俺がみつけてやらなけりゃ

明日は「おれ」の葬式だぜと

仲間は安堵の顔をする

それじゃ途中でわるいけど

「自分」を送って帰るから

あとは独りで帰ってくれよ

仲間は「自分」と肩を組み

二人、千鳥ちどりでもどったが

後ろ姿の片方かたっぽにゃ

でっかい尻尾がついていた


前の半里はタヌキ路

後の半里はキツネ路

今度はあいつの出番だと

自然、歩きは速くなる

出るな出るなと念じていると

案に反して出るもので

しかも、こいつが極めつけ

山の狐の古株ふるかぶ

尻尾しっぽの九本もあろうってぇ奴が顔を出し

ニコッと笑って

コーンと、ひとなき

とにかく寒いもんだから

右の雪やら左の雪に

コーン、コーンとね返り

凍りかたまり飛びまわり

顔にぶつかり手足をかすり

痛い痛いと言うひまに

バラバラと夜道に散らばった

きつねのやろう

前脚でうしろあたまをきながらやって来て

ごめんごめんと謝りながら

自分の声を拾い出し、大層たいそう皮巾着かわきんちゃくに入れるから

こいつはきっと金めの物と

手伝うふりしてき集め

ひとけら、こっそりふところ

ふところは、ぞくっと冷える


凍った唾液つばみ込んで

帰路かえり苦労なんぎもひと呼吸

タヌキもキツネも出番は終わり

あとはせいぜい雪女

こいつは月夜にゃ似合わぬし

色男にしか縁がなく

おまけに当世とうせい流行はやらぬと

鼻歌まじりに歩いていけば

ウサギが一羽いちわぎりしま

ちらっと此方こちらに目をながす

おまえずいぶんいろっぽいねと

じっと見ながら通り過ぎ

なんとか家までたどりつく


無事の帰宅を祝いつつ

囲炉裏いろりの前に落ち着くと

ふところから、コンコンと

やけに湿った音がする

ああ、これこれ、と憶い出し

例のものを取り出して

囲炉裏の中に投げ込めば

じわっと融けざま


コーン、と

ひと響き


辺りの空気が、一瞬

きつね色に染まる

ああもっとゆっくり融かせばよかったと

家族一同大いに後悔をする

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