8章 女装ゲーム実況者の俺、24時間配信に挑む その3
「た、食べすぎた……」
「もう、動けぬ……」
俺とまな子は並んで大の字になっていた。
「……生流サンはともかく、まな子サンは健啖家(けんたんか)だったと思うのデスガ?」
「こ、今宵は満月ではないからな。我が血が真価を発揮できぬのだ」
「それ狼人間なのですよー」
「というかフルムーンにしか真価を発揮できないとか、弱すぎじゃないデスカ?」
「ク、ククク。一夜にして世界を亡(ほろ)ぼせばよいということだ」
「いや、ノリで世界を亡ぼそうとするなよ」
夢咲がちょっと残念そうに眉尻を下げる。
「……この後、みんなでお土産(みやげ)見たり、宿にある遊戯室で遊ぼうかと思っていたのデスガ……」
「悪いが我はパスだ。今は魔力の充填(じゅうてん)をしたいからな」
「俺も同じく」
コイズミは夢咲の方をぽんぽんと叩いて言った。
「仕方ないのです。みーとゆめちゃん、二人で行きましょう」
「そうデスネ……」
「あ、その前に蒲団引きましょうか? この部屋の担当はみーということになっているので、今すぐにきれいに四枚並べますですよ」
「……なあ、自分が女の格好をしてたせいですっかり違和感すら忘れてたんだが……。俺も同じ部屋でいいのか?」
「でも部屋がもうここしかないのですよー」
「マジか……」
「み、ミーは別に一緒の部屋でも……構いマセンヨ」
ちょっとどもりながら言う夢咲。風呂上がりだからか赤面している。
「……わ、我も同き……同室しても構わぬぞ」
舌を噛んだのか言い直すまな子。
コイズミは「おやおや?」とニヤニヤしながら二人を交互に見やる。
「いつの間にかフラグをもう一本とは……。たさいさんはなかなかの手練(てだ)れなのですねー」
「なんの話だ?」
「ふふふー。無自覚な所がますます憎(にく)いのですよー」
「……まあ、いい。お前等が気にしないなら、俺はここで寝させてもらうが……」
体を起こして三人を順に見やったが、反対するヤツはいなかった。
「それで、布団はどうしますですか?」
「いや、別にいいよ。寝たくなったら、俺達で勝手に引くから。な、まな子」
「うむ。自(みずか)らの寝床(ねどこ)程度、己(おの)が手でこしらえてみせよう」
「ある意味冥王らしくないデスネ」
「ふふ、ではお布団はそれぞれ皆さんにお任せするのです。では、みーと夢ちゃんは遊びに行ってくるのですよー」
そう言い残して夢咲とコイズミは部屋を出て行った。
室内にはまた俺とまな子が残される。
満腹で動きたくないとはいえ、目は冴えている。となれば襲い来るは睡魔ではなく、退屈である。
「……なあ、何かして遊ばないか?」
「すまんが、我は今はそういう気分ではなく……ふぁああ」
一週間分ぐらい溜めこんだような大きな欠伸(あくび)だった。
「布団敷くか?」
「否、自分でやるがゆえ……くぁああ……」
満腹なうえ、今日一日色々あって疲れているのだろう。まな子の意識はもう夢の世界に片足突っ込んでいるようだった。
気持ちとしては布団を敷いてやりたいが、それで起こすのも悪い。
さて、どうするか?
……しばらく一人にしてやるのがいいかもしれない。
静かな空間でゆっくりしてたら、気持ちよく眠ることができるだろう。
まな子は見た感じ軽そうだし、後で布団敷いてからそこに運ぶこともできるだろう。
「ちょっと外に出てくる」
「……癒しの湯か?」
「いや、温泉ならこの部屋についてるのに入るよ。ちょっと散歩に行きたいだけだ」
「そうか……」
「何か買ってきてほしいものとかあるか?」
「……常闇を溶かした純白のエリクサーを一本……」
「コーヒー牛乳か、わかった。もし寝てたら冷蔵庫に入れておくからそこを見てくれ」
「心得た……」
まな子の瞼はもう半分落ちかけていた。睡魔に意識が飲まれるのも時間の問題だろう。
俺はそっと足音を忍ばせて部屋を横切り、下駄に足をつっかけて部屋を出た。
今の俺は旅館で貸し出している浴衣を着ていた。
冬鞠婆さんに女装趣味があると言ってしまった手前、その言葉に背(そむ)くのも気が引けて女性用の浴衣を着てウィッグをつけている。傍目(はため)から見たら女性客に見えるだろう。
履いた下駄も赤い鼻緒(はなお)のおそらく婦人用のものだったが、特に窮屈だったり歩きにくいということはない。
自分が細身だったり足が小さいのがこんなところで役に立つとは……。
とりあえず夢咲達がいるだろう遊戯室に向かうことにしたが……。
ふと廊下の窓から外を見やった途端、そこにぼうと宙を浮く光を目にした。
「ひっ、人魂……?」
さっと血の気が引いていく。
まさかそんな……。
ごくりと唾を飲みこみ、目を凝(こ)らす。
……光の中に、人影が浮かんでいる……気がする。
幽霊とかそういう類(たぐい)ではないようだ。
恐怖心が治まるなり、代(か)わりに好奇心が掻き立てられる。あんなところで何をしているんだろう、と。
俺の足は遊戯室から、常時開放されている非常口へと向かっていた。
外に出て、光のあった方へと抜き足差し足近づいていく。
……揺れる光はどうやら提灯のようだ。
ぼうと赤く色づいた光が周囲に投げかけられている。
その光の中に、ショートヘアの女性……らしき人物がいた。
白いTシャツにスラッとした脚を包むデニムパンツ。
彼女の前には地面から円(まる)く突き出た平たい円柱状のものがあった。
……井戸、だろうか?
彼女が一体何者で、いかなる目的でそこにいるのか。
想像を巡らせるのも嫌いではないが、一方的にこっちから視線を向けているのはフェアではない。
俺は少し息を吸いこみ、「なあ」と女性に声をかけた。
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【次回予告】
真古都「井戸って聞いて、真っ先に思いつくのってなんや?」
まな子「我は皿を一枚、二枚って数える妖怪だな」
生流「……戦国時代に行われた、城ごもりした相手の井戸に毒を入れるってやつかな」
まな子「なんと卑劣(ひれつ)な……。そなたそれでも血の通(かよ)った人間か!?」
生流「め、冥王がそれ言うか?」
真古都「ふふっ。次回、『8章 女装ゲーム実況者の俺、24時間配信に挑む その4』や」
真古都「……夏といえば井戸のスイカっていうのは、やっぱり今は昔の話なんやなあ」
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