6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その13

「さすがに退屈デス……」

 ぼやきながら、ぶらぶら足を振っている夢咲。新幹線の車窓からの景色は、十分と経たず彼女から愛想を尽(つ)かされてしまったようだ。


 スマホから顔を上げて俺は言った。

「なら、目を閉じてればいい。寝てれば目的地まですぐだろ?」

「走ったら目が覚めちゃったんデスヨネー」

「何冊か本持ってきたし、貸してやろうか?」

「んー、本もいいデスケド……。そういえ生流サンはさっきから、何してるんデスカ?」

「これだよ、これ」


 俺はスマホの画面を夢咲に見せてやった。

「麻雀デスカ」

「ああ。『破邪麻雀(はじゃマージャン)』っていうRPG麻雀だ。捨てた牌や鳴き、作った役がコマンド代わりになるんだけど、これがすっごい面白いんだ。例えば萬子(マンズ)っていう漢字の牌を捨てると小バフやヒールができて、索子(ソーズ)だと攻撃、筒子(ピンズ)だと防御ってなってて、他にも字牌(ツーパイ)にも色々効果があって、戦況によって川の色が変わっていくのが――」


「おお、『破邪麻雀』か。我もやってるぞ」

 俺の話の途中にまな子が割って入ってきた。コイズミも「あ、みーもやってるのですよー」と続く。

「へえ。でもこの画面、体力ゲージとか見当たりマセンケド?」

「今やってるのはシンプルモードだから普通の麻雀なんだ。赤アリ、喰いタンアリの半荘(ハンチャン)だ」

「ふうん。麻雀デスカ、面白そうデスネ」

「じゃあ、ここにいる四人で対戦してみないか?」




 かくして俺、夢咲、まな子、コイズミの四人でネット麻雀で対戦することになった。

 起家(チーチャ)は俺。南家(ナンチャ)の夢咲、西家(シャーチャ)のまな子、北家(ペーチャ)のコイズミと順に手番が回っていく。


「麻雀って最近Vトゥーバーの間ですごく流行(はや)ってるみたいだから、興味あったんデスヨネ」

「そうなのか?」

「イエス。主に『さんじよじ』とか、『フォロライブ』っていう事務所系のところの方が『多麻雀(たまじゃん)』っていうゲームでプレイしてマスネ」

「麻雀ってネットだと覚えることが少ないから、とっつきやすいもんな」

「ゲーム性はシンプルだが、それゆえに奥が深い。クククククッ、我がそなた等の展望(・・)を奪い、常闇の世界へ失墜させてやろうぞ」

「……おう」

「あ、今のは麻雀の点棒と見渡すの意の展望をかけてだな……」

「解説しちゃったら、なんだかせっかく作った雰囲気が台無しなのですー」

「そもそもムードすらあまり作れてマセンデシタケドネ……」


 とにもかくにも、対戦がはじまった。




「自摸(ツモ)ッ! 4000オールだ!!」

 麻雀は25000点の持ち点で始まり、基本は早|和了(あが)りか満貫(マンガン)・跳満(ハネマン)あたりを狙っていくことになる。親の満貫は12000点になり、かなり強力な一撃となる。


「え? い、一気に生流サンの点数が37000点になったんデスケド?」

「親だと子の1、5倍の点数がもらえるんだ。つまりここで点数を稼げれば、一気にリードできるってことだな」

「どうやったら生流サンの親が終わるんデスカ?」

「俺以外の誰かが和了ったら終わるぞ」

「なるほどデス……」

 見たところ、夢咲は初心者っぽかった。

 半荘戦だと差がつきすぎてしまうかもしれない。

 その半分で終わる東風戦にすべきだったかと、ちょっと反省していたところ。


「あ、カンって出てきました」

 一本場で、ふいに夢咲が言った。

「おお、カンか。でも和了りに遠い時にやると、逆に相手に点数をやることになるぞ?」

「え? あ、でももう押しちゃいマシタヨ」

 カンをするとドラが乗り、それに対応する牌――手札を持っていると点数が上がる。つまり和了ったヤツが優位になるため、自分の手牌が悪い時は、カンはできるだけしないの方がいい。しかしカンをすればツモ、一枚ドローができることもあり、初心者は意味もなくカンしてしまいがちなのである。

 だが――


「あ、ツモデス」

「……え?」

 夢咲の手牌がコールと共に倒された。

 画面に高得点の時のエフェクトが表示される。

「りっ、嶺上開花(リンシャンカイホウ)……!?」

「クッ!? 天上の華が……開いたというのかッ……!?」

「ゆめちゃん、すごいのですー」

 三者三様の驚き方をしているところ、夢咲ただ一人はぽかんとした顔をしていた。

「え、これすごいのデスカ?」


 しかも夢咲の作った役は普通に高かった。

 門前清模和(メンゼンツモ)、嶺上開花、三暗刻(サンアンコウ)、三色同刻(サンショクドウコウ)、アカドラ一枚。40符7飜、親の俺へ6200、子の二人へ3200の計12600点の跳満である。


「……普通に三色同刻もすごいよな。これって確か、役満(ヤクマン)ぐらい珍しいんじゃなかったか?」

「出現確率が0、05%。四暗刻が0、049%なのですよ」

「初心者かと思ってたら、とんでもない伏兵(ふくへい)だったというわけだな。さすが我が盟友、相手にとって不足なしというわけであるな」

 三人の闘争心が一斉に夢咲へ向けられる。

 彼女は戸惑い気味に「え、あの、皆サン……?」と半笑いを浮かべていた。




「あ、またカンデス」

 さっきのでカンに対して苦手意識がなくなったのか、無計画にやってしまう夢咲。

 しかも一巡目である。

「おいおい、そんな初っ端(ぱな)からカンなんていいのかよ?」

「え、でも……あ、またカンデス」

 二回目のカン。

 微妙に雲行きの悪さを感じる。


 さすがに三回目はなかった。

 心なしか安心したのも束(つか)の間。

「立直(リーチ)デス!」


「なっ……!?」

 だしぬけな親リー。

 まだ夢咲の川にしか捨て牌が並んでいないのだが……。


 開始早々、俺達の対局は不穏(ふおん)な空気が漂いだしたのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【次回予告という名の一考察】


真古都「言わないんやなあ、『首を傾いでいた』って」

夢咲「どうしたんデスカ、急に」

真古都「いやな、なろうの誤字報告にいつも通り修正箇所が届いてたらしくてな」

夢咲「それがいつも通りって、結構マズくないデスカ? ……あ、修正報告いつもありがとうございマス」

真古都「一人で書いてると気付かん箇所が多くて、助かってるそうやで」


真古都「それでな、ある一文に指摘が入ったんよ。『首を傾いでいた』やのうて、『首を傾げていた』やって」

夢咲「後者の方が自然じゃないデスカ」

真古都「せやけどアワセはん|(作者)は語感としては前者の方が好きなんやって」

夢咲「どうして?」

真古都「“さ行”の涼やかな音の後に“が行”が入ると、単語の主張が強くなってな。せやから、“あ行”で伸ばすことによって余韻を残して、印象をマイルドなものにしたいんやと。首を傾(かたむ)けるだけなのに無駄に|すごみ(・・・)を出す必要はないやろ?」

夢咲「なるほど。アルファベットも濁音の後に濁音が来るのはダブリューぐらいデスカラネ」

真古都「“だ”と“ぶ”で濁音が重なるっちゅうのも、二重の意を含んでるんやろうね」

夢咲「でも、言い切りだと『首を傾ぐ』でどうせ“さ行”の後に“が行”が来マスヨネ?」

真古都「“うの段”やと音程が下がってくれるからええんやって。言う、聞くって動詞、みんな一音目の方が印象に残るやろ? でも言え、聞けになると途端に二音目が強くなる。“あ行”と“か行”ならまだそこまでやないんやけど、“が行”はなあとかアワセはん、頭抱えとったで」

夢咲「……そんなこと、いちいち気にしてるから遅筆なんデスヨ」


真古都「次回、『6章 女装ゲーム実況者の俺、東北へ行く その14』や」


真古都「ちなみに“さ行”と“ざ行”やとさざ波、些事(さじ)、静か、自然って比較的、静のイメージを持つ単語が多いらしいで。“ざ行”が“さ行”の音を立ててるからやって」

夢咲「静寂(しじま)、鈴……。でもさざめくって言葉もありマスヨ?」

真古都「でも普通は騒ぐ、って言葉を使うやろ?」

夢咲「なるほど。やっぱりが行の方がインパクトが出るんデスネ」

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