5章 妹の家で一夜過ごします、女装姿で その4
夕食後、愛衣は性懲りもなく風呂に誘ってきた。
「どうしてもダメなのだ?」
「ダメです」
童子切安綱(どうじぎりやすつな)にも劣らぬ切れ味で彼女の期待を断つ。
心底名残惜しそうに彼女は部屋を出て行った。
鬼の目にも涙と言うが、それはこういう場合にこそふさわしいんじゃないだろうか。
だって俺の心が泣いているから。
時間を潰すのと傷心を癒やすため、俺は動画を視(み)ることにした。
スマホでムートゥーブのサイトを開くと、夢咲が出演していたイベントの動画が表示されていた。
どうやら『ザ・ランセ』というタイトルのゲームをプロモーションするために開かれたらしい。
開催時間は午後1時から三時で、すでにイベントは終わっている。つまり録画みたいなもので、最初から最後のどこからでも自由に視聴することができる。
かなり大規模なものらしく、時折カメラが引くとほぼ黒一色に染まった観客席が見えた。
とりあえず夢咲が出るところまでシークバーのポイントを移動させる。
再生すると、女性司会者のよく通る声が聞こえてきた。
『それでは、今日のゲストにご登場していただきましょう。どうぞ!』
舞台袖から二人の少女が現れる。
一人は他所行き用の格好をした夢咲。ただ家にいる時から彼女は常に服や身だしなみを整えているため、大して印象は変わらない。動画内で着ている服装も、少し気合の入った普段着って感じだし。
大勢の観客の前ということもあってか、いつもよりやや表情が硬くなっている。おそらく緊張しているのだろう。
俺の目を引いたのはもう一人の方だった。
「あれ? コイツって……」
普通なら、なんかやたらめったらギラギラしててフリルマシマシのゴシックロリータに関心を引かれることだろう。
しかし俺は、眼帯をつけた顔の方に目が行った。
可愛い。じゃない。
どこかで見たことがある。
思い出した……いや、思い出したくなかった。
『クックックッ。今宵のサバトの会場はここであるか』
『今はお昼デスケドネ』
『我がいるところ、漆黒の闇に覆われ、たちどころに暗夜となるのだ』
……間違いない。コイツ、今日の昼に学校の前で会ったヤツだ。
ってことはこの女、芸能人か、あるいは……。
『じゃあお二人共、まずはお名前を教えてくれますか?』
司会者が訊くと、その女が名前を名乗った。
『我が名を訊くか? ククク、無知な者め』
『……え、ま、まあ』
司会者が戸惑いの表情を浮かべる。
『魔光(まこう)サン、イベントは大体そういう流れデショウ。時間も限られてるんデスシ、早くしてクダサイ』
魔光と呼ばれた少女は、眼帯を押さえて高らかに名乗った。
『フッ、盟友のミルク殿にそう進言されては致し方あるまい。我が名は魔光! 冥界の王に座する闇の支配者である!』
名乗った直後に、観客席からどっと笑い声が上がる。
『いや、どっちなんデスカ。っていうか、この前は魔界じゃありマセンデシタカ?』
『我は支配領域が広いゆえ、どこの領域を占有しているか時々失念してしまうのだ。許せ』
『まあ、いいデスケド……|(どうでも)』
『むっ、何か言ったか?』
『いえ。あ、ミーはメロンミルクチャンネルのミルクデス! ナイストゥミートゥー』
パチパチと雨あられのような拍手。しかし魔光には遠く及ばない。
自分の師匠以上に、あのよくわからん発狂中二病の方が人気がある。なかなか複雑な気分である。
『お二人は普段、どんなことをされているんですか?』
『我は一千万の僕(しもべ)と光の海にて毎夜、雷電の深層意識がもたらす闇の遊戯による宴を饗しているのだ』
『要約すると、ゲーム実況をしているということデスネ。ミーも同じように、ムートゥーブにゲーム実況の動画を投稿してマス』
『……はい、ありがとうございます』
司会者は己の使命の域を守り従事することに決めたようだ。……うわっ、ちょっと中二が感染してきた。
『今日はお二人と共に、『ザ・ランセ』の魅力を皆さんにお伝えしていきたいと思います』
『乱世……。かつて我も魔界の王として天界の天使共と壮絶な死闘を……』
『魔光サン、魔光サン。ここ、イベント会場なんで。そういうのは、自分のチャンネルでやってクダサイネ』
それから『ザ・ランセ』のゲームシステムや魅力の紹介が始まった。
時は戦国、織田信長や豊臣秀吉などの武将が天下布武をうんたらかんたら。
とりあえず世界観は、日本の戦国時代に妖怪が現れて、なんやかんやで殺し合いが始まるという感じらしい。
どうやら『School : Arena』と同じ、MMORPG風のバトルロワイヤルのようだ。
しかしこちらは近接戦主体で、スキルツリーなど自キャラのパワーアップ方法のバリエーションが多いとか。
もちろんキャラごとにも性能が違い、パワー型、スピード型、防御型などが存在するとのこと。
『とっても面白そうですね』
『冥府へ戦士を誘う死神として鮮血に濡れた刃を振り回すわけか。ククク、我が冥王としての血が滾ってきたぞ』
『近接戦主体ということは、格ゲー要素も含まれているということデスネ』
夢咲が質問すると、ずっと黙り込んでいたプロデューサーが口を開いた。名前は忘れたがどうやら中華系出身の人らしい。
『ハイ。ソコラ辺ハ、スゴクスゴク、コダワリマシタ。プロゲーマーノ方ニモアドバイスシテイタダイテ、トッテモ頑張リマシタ』
イントネーションはぎこちないが、文法的には過不足ない日本語だった。少なくともニーハオの意味すら曖昧な俺の中国語レベルと比べたら天地の差があるだろう。
『……そうデスカ、プロゲーマーの方が』
なぜか青汁を二リットルぐらい飲まされたような顔になる夢咲。しかし一瞬後には元のにこやかな笑みに戻っていた。……プロゲーマーに対して何かイヤな印象でも抱いているのだろうか? まさか、俺が原因じゃないだろうな……。
内心不安な思いを抱いていると、司会者が次のコーナーへと進めていた。
『では、そろそろお二人に実際に『ザ・ランセ』を遊んでいただきたいと思います』
『おおっ、ついに我の真の姿を見せる時が来たようだな!』
魔光の真の姿と聞くと、どうしても学校前の発狂した様を思い出してしまう。
……まあ、日本のバラエティーはエロには厳しいが、なぜか勝(まさ)るとも劣らず教育に悪そうなブチギレには寛容だし、別に発狂したところで暴力沙汰さえ起こさなければ問題ないのだろう。多分。
大画面に戦場をバックに『ザ・ランセ』の文字が映され、火の粉が舞う。なかなかカッコイイタイトル画面である。
『今回はお二人にはデュオ、チームを組んで遊んでいただきます。敵は全員NPCです』
『心を失いし――』
『ハイ、やっていきマショウ』
すぱっと切って進めていく夢咲。
俺を拾ってくれたことといい、この我(が)が強い魔光を御せていることといい、コイツ実はすごく面倒見がいいのかもしれない。
今まで割にぞんざいに接してきたが、今後はもうちょっと優しくしてやった方がいいのだろうか……うん、きっとそうだろう。
心を改めるという言葉はどちらかと言えば嫌いだが、今回ばかりは夢咲に対してそのマインドを持つことにした。
まあ、一晩寝て覚めれば、明日には忘れているかもしれないが。
会場のスクリーンは少し目を話している内にキャラクター選択に切り替わっていた。
『ミーはとりあえず主人公っぽい、織田信長にシマス。魔光サンは?』
『うーむ……、伊達政宗か、明智光秀か……』
『伊達政宗でいいんじゃないデスカ? 眼帯一緒デスシ、独眼竜とか中二っぽくて好きそうじゃないデスカ』
『中二病言うな!』
あ、一応自覚はあったのか。
ちょっと意外でビックリした。
『ええいっ、我は明智光秀で行くぞ! 本能寺を地獄の業火で焼き払ってくれるわ!!』
『相変わらず天邪鬼デスネー』
動画を視ている内に、俺は少しずつ気付き始めていた。
この魔光というヤツのすごさに。
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【次回予告!】
夢咲「一昔前にフラグって流行(はや)ったじゃないデスカ」
生流「あー、あったな。エロゲがきっかけで広まったんだっけ」
夢咲「お約束って意味なんデショウケド、それを旗に例えるのって面白いデスヨネ」
生流「いやまあ、元はコンピューター用語なんだよ」
夢咲「そうなんデスカ?」
生流「ああ。プログラマーとライターが一緒に働いてる現場だからこそ生まれたある種の造語なんだけど、でもやっぱりユニークだよな」
生流「ゲーム実況でもないのか、そういうの?」
夢咲「エンコとか、サムネとかありマスケド、フラグほどインパクトがあるものは……あっ!」
生流「ん、何か思いついたか?」
夢咲「炎上(えんじょう)とかどうデショウ!?」
生流「…………いや、それは」
夢咲「あは、あはは……、ちょっと違いマスヨネ」
生流「次回、『妹の家で一夜過ごします、女装姿で その5』」
夢咲「今回のネタは作者サン結構気に入ったみたいなので、本編でまんま同じ会話が出てくるかもデスネ」
生流「使い回しだなあ……」
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