第30話「城を出て街へ行こう②」

 俺がこれから生きて行くアルカディア王国を具体的にイメージして貰う為、

 少しだけ補足説明をしよう。

 

 アルカディア王国は約150年前、5代前のバンドラゴン王家当主が北の地から魔物を駆逐し、人間が住まない荒野を切り開いて建国した。

 

 王都と定めたブリタニアは、当初モット・アンド・ベリーという様式で造られた簡素で小さな町であった。

 これは地球の中世西洋でも良く取り入れられた建築方法でもある。


 もう少し詳しく言えば、モットと呼ばれた盛り土部分に城が築かれ、

 領主バンドラゴン家が居住し、その周囲に従士達が粗末な家を建てて生活した。

 そして町をぐるりと木柵で囲み、魔物や敵軍の脅威を防いだのだ。

 

 代を経て……バンドラゴン家の先々代当主つまりアーサーの祖父にあたる人物は中々の傑物で統治能力に優れていた為、地味ながら国は結構栄えた。

 木柵の外部には他領地から脱走した農奴などが住みつくようになり、

 ブリタニアの町も著しく発展して行く。


 木造建築が主だったブリタニアの町も、この異世界全体の発展と技術の進歩に伴い、石造りの『街』へ変わって行った。


 現在のブリタニアは典型的な中世西洋風の街。

 中央に大きな広場があり、放射線状に道が延びており、

 道に仕切られる形で様々な街区に分かれている。


 うん、アーサーから貰った記憶と知識通り。

 あと何回か視察すれば完全に勝手が分かるだろう。


 街の風景を見ながら、俺が頭の中で、歴史の復習をしていたら……

 付き従うエリックが「ぶうぶう」不満を洩らす。

 

 自分の着ている服がボロで気に入らないらしい。

 というか完全に嫌がっている。

 

 俺達は今、目立たぬよう、じみ~な平民風の服を着ていた。

 そして、王都ブリタニアの中央広場を歩いているのだ。


 エリックは手で顔を隠して歩いている。

 知り合いには絶対に顔を見られたくないらしい。

 普通じゃない変なポーズになっているから、逆に目立っていて、

 まるで不審者そのものだ。


 おいおい!

 そんな事したら、却って注目されるだろう。


 俺はついイラっとした。

 しかし、エリックはまだ覚悟を決められない。


「アーサー王子、これではあんまりです。遊び人みたいな格好です。品が無さ過ぎます」


 ああ、うるさい!

 

 だがここで、厳しく怒鳴りつけたらエリックは委縮する。

 まあ信長なら、「たわけ」と罵倒し、いきなり張り飛ばすだろう。

 

 しかし俺は、優しくさとしてやる。


「遊び人? いや俺はそうは思わないぞ」


「で、ですが」


「領主の視察には、目立たず実用的で良い」


「は、はあ……でも」


「あまりぐだぐだ言うと、もう二度と供をさせぬぞ」


「わ、分かりました! も、申し訳ありません」


 と、一旦は了解したものの……

 また大きくため息を吐き、愚痴っている。


「ううう、本当に情けない。こんな薄汚い格好を弟にでも見られたら絶好のからかいネタに……」

 

「いいかげんにしろ! 覚悟を決め、黙って歩け。俺はこの街をじっくりと見極めたい」


「はぁ? 今更どうしてです? ここは王子が生まれた街ですよ! 散々見慣れているでしょうに……あ、待って下さいよぉ」 


 貴重な時間は限られている。

 これ以上、エリックの愚痴に構ってなどいられない。

 

 俺は「すたすた」と歩き出す。

 説得を諦めたエリックが、大きな溜息をついて俺について行こうとした、

 その時。

 

「おお、そこの恰好良いお兄さん達、良い仕事紹介するよっ」

 

 鈴を鳴らすような可愛い声が俺達を呼ぶ。


「ん?」


「誰だ?」


「こっちですよ、こっち!」

 

 声のする方を見ると栗鼠のような顔立ちをした可憐な少女が、

 笑顔で手招きしていた。

 

 ブリタニアの中央広場には、ささやかながら毎日市が立っている。

 風体からすると、少女はどこかの店主らしかった。


「ふむ、結構可愛い子じゃないか? あんな女の子がどのような商売をしているか興味がある。少し見てやろう」 


 俺が乗り気になったのを見て、エリックが驚く。


「えええっ!? 王子、やめておきましょう、凄く怪しいですよ」

 

 俺が構わず歩きかけたので、エリックは両手を広げて制止した。

 まあ、その忠義は一応評価しておこう。

 

 さてさて!

 遠目に見ると少女は柔和な笑顔を浮かべている。

 だが、普通の客引きではなく何か思惑がありそうだ。


「いや、ちょっと面白そうな女子だぞ」


「面白そうな女子って……王子は世間知らずでいらっしゃいますね」


「俺が世間知らず?」


「そうですよ! あんなに可愛い子があのような不自然な笑顔で私達を誘うとは……話がうますぎます。美人局つつもたせか、何かかもしれません」


「エリック、会って話してもいないのに変な先入観を持ってはいけないな。とりあえず、行ってみよう」


 俺は嫌がるエリックを諭すと、少女の店へ向かったのである。

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