第32話「口入れ屋藤吉郎トーマス①」

「うん! ウチで扱っている商品は全部素敵よ。但し……」


「但し? 何だ?」


「だけどね、見かけはどんなにボロでも心は錦というじゃない。商品の真の価値を見抜ける人が最後には勝つのよ。私はそう信じている」


 ネネちゃんは俺の顔を見つめながら意味深な事を言う。

 何やら、なぞかけをしているようだ。


「成る程、ボロは着てても心は錦。つまり見かけなどより中身が大事だという意味か?」


「ええ、その通りよ。ちなみに、ここにある商品は全て金貨1枚でいいわ。凄くお買い得でしょう? さあご覧になって! 好きなのをどんどん買ってくださいな」


 ネネちゃんはそう言うと、商品棚を指さした。

 様々な雑多な物が置かれていた。


 ここでストップをかけたのがリックことエリックである。


「こらっ、女! 何を言っている! アーサー王子、い、いやアーロン様は買うなどと、ひと言も仰っていない」


「うふふ、まあまあ、いいじゃない。貴方と違ってアーロン様はとってもお話が分かる御方のようですよ」

 

 エリックの奴、馬鹿!

 折角偽名を名乗ったのに台無し。

 俺の名をまともに呼びやがって……これじゃあバレバレ。 

 

 しかしネネちゃんはリックの『失言』にも驚かず、

 微笑みながらじっと俺を見つめる。

 

 この時ロキから授かった『サトリ』の能力が発動。

 俺はネネちゃんの意図、すなわち本音を理解する事が出来た。

 こうなったら彼女の提案へ乗ってやろう。   


「いいよ、リック。ここにある商品で一番良いものを買おう」


「え、ええっ!? こんな怪しい露店の商品を買うんですか? 金貨1枚の価値も無い物ばっかりですが」


 エリックの言う通りかもしれない。

 俺の目の前の商品棚に並べてある商品といえば……

 ひと目で分かるが、新品ではなく全て中古品。 

 

 それも使い古した傷だらけの兜、地味な真鍮しんちゅうの指輪、

 たくさん錆びの浮いた鉄の短剣等々……はっきり言ってガラクタばかり。

 

 どれもこれも金貨1枚の値付けなんてとんでもない。

 

 しかし俺はネネちゃんの作戦を知っている。 

 逆手を使ってやる事にした。


「ネネ! はっきり言おう。ここにあるのは金貨1枚の価値もないものばかりだ。その分サービスが付くのは当たり前だと思うが……


「サービス?」


「そうだ、ネネ。足りない分はお前が身体を使って、エッチなサービスでもしてくれるのか?」


 俺が居た現代地球の日本なら絶対に許されない発言。

 だが、ここは異世界で俺はこの国の王子。

 悪代官並みのセクハラ攻撃も全然許される。

 

 しかし、このネネちゃんも中々の『つわもの』

 「キャー、エッチ、貴方なんか最低よぉ!」とは絶対に言わない。


「私が身体でエッチなサービスねぇ……うふふ、そうですね、分かりました! 良いですよぉ」


 俺と入れ替わる前のアーサー王子なら絶対に言わない禁句。

 この子は華奢な少女のくせに凄い度胸だ。

 

 逆に堂々たる体躯の逞しい騎士エリックの方がすっごく動揺している。

 

 あは!

 エリック、お前、顔が真っ赤。

 こいつは、みかけによらず『うぶ』なんだ。


「エエエ、エッチなって!? ア、アーロン様! そ、それは相手の弱味につけ込む悪逆非道な要求ですよ!」 


 しかし俺は首を振る。

 

「いや、俺はそうは思わない。この子のいうサービスとはお前の考えているよこしまなものではない」


 すると、ネネちゃん。

 大きく頷いた。


「うふふ、アーロン様! お見通しでしたか?」


「ああ、バレバレだ」


「さすがですね! 私が提供するサービスはエッチなんて安っぽいものではありません。アーロン様の仰る通りですよ」


 ネネちゃんこそ、さすがだ。

 セクハラ発言の裏にある、俺の意図をしっかりと見抜いていた。


 話が見えず、ついていけない展開にエリックは戸惑う。


「ネネとやら! お、お前!?」


「アーロン様! 私がエッチなサービスをする代わりに、私の愛する夫が知恵と勇気で数十倍、いえもっともっとサービス致しますわ」


「な、な、何ぃ!!! わ、私の!? 愛する夫ぉ!?」


 可愛い美少女が既婚であると聞き、エリックは更に驚いてしまった。


 まあベタな展開だ。

 ここまで来ればネネちゃんの愛する夫が誰なのか、はっきり分かる。

 と、俺が思った瞬間。

 

 ネネちゃんが、店の奥へ「お前様!」と叫んだ。


 すると……

 ネネが呼ぶ「お前様」だから、やはりというか……

 天幕の陰から「ひょこっ」と登場したのは、

 小柄で猿のような風貌の、いかにも軽そうな雰囲気の茶髪男である。

 

 年齢は俺アーサーより少し年下といったところ。

 意味もなく「にやにや」愛想笑いしていて、調子が良いっていう、

 ファーストインプレッション。

 

 でも目がやたら鋭く、絶対にただ者ではないと、

 俺は見抜いた。

 

 頭が切れるってオーラがバリバリ出ている。

 もろ若き秀吉が外人化したような男だ。


 そして、早速名乗った。


「へへへっ、私がネネの夫、トーマス・ビーンでっす」


 は?

 トーマス?

 

 いやいや、ベタに「ヒデ」とかありがちな名前じゃないの?

 さすがのロキでも、そこまでやらないというか、凝らない……か。


 俺は普通の名前を名乗るトーマスを見て苦笑した。

 

 かたわらでは、エリックが唖然あぜんとしている。

 

 改めて見やれば、現実が受け入れられない、

 まるで、信じられないという顔をしていた。


 これはトーマスが「怪しい」とか、「平民だから嫌」というわけではない。

 そんな身分云々は置いといて……

  

 可憐な美少女と、片や「にやついた猿顔男」の組み合わせ……

 いわゆる美女と野獣カップルが、

 エリックの中では「ありえね~」という大ショックなのだろう。


 タイミングといい、猿顔といい、いかにもな登場シーン。

 トーマスという男、こいつは絶対に木下藤吉郎、すなわち秀吉に違いない。


 織田信長と、木下藤吉郎こと羽柴(豊臣)秀吉の出会いには諸説ある。

 最初、信長に仕えていた旧友『一若』に紹介され、

 訪ねて行ったという説が有力らしい。

  

 今起こっている出会いのシチュエーションは全く違う。

 だが俺的には、ふたりが清州の町で偶然出会ったというイメージに憧れる。

 

 織田信長と豊臣秀吉……若き天才のふたりの邂逅、

 つまり運命の出会い……

 すっごくわくわくし、良く思いを馳せたものだ。

 

 ……当時、流れ者に近い商人であった藤吉郎と、

 清州で出会って、気に入った信長が取り立てるきっかけになった。

 

 この逸話はいかにも創作っぽい。

 だけど、俺の信長への思い入れが、

 この世界に影響している可能性もある。

 あの、いたずら好きなロキなら、面白がってやりかねない。


 俺は嬉しいというか、なんというか、複雑な気分で苦笑したのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る