悪夢のプロ
灰原士紋
第1話
物心つく頃から、ずっと悪夢ばかり見ている。
夢を見る時は必ず悪夢で、悪夢以外の夢を私は知らない。
小さな救いは、夢を見るのは毎晩というわけではない、ということだった。
医者が言うには、悪夢の原因はストレスだという。
曖昧すぎて話にならない。どんな種類の、そしてどんな強さのストレスが原因だというのか。
たとえば種類であれば、不安や心配事の有無、あるいは罪悪感や焦燥感がその原因だとも聞く。またストレスの強弱は、本人の感受性によって異なるとも聞く。
神経の図太い人間と小心者では、同じ刺激を受けてもストレスと感じたり感じなかったりするということなんだろう。
だが小学生だった頃の自分を振り返ってみても、その原因となりそうなことにまったく心当たりがない。
敢えて挙げるとすれば、十代の頃は眠るのが怖かった。また悪夢を見てしまうのではないかと、眠ること自体が不安であり心配事だった。そんな感じで十代の頃は過ぎていった。
悪夢と言っても、他愛のないものだ。醜いゾンビや恐ろしい化け物が襲ってきたり、それから隠れようとしたり、ひたすら走って逃げたりして、もうダメだ! というところで目が覚める。
そして上がりきった心拍数がゆっくり下がっていくのを感じながら、今度はより深い睡魔に飲まれていく。
二十代になると、悪夢を見ることにも少し慣れ、悪夢を楽しむ余裕が出てきた。
目が覚めた時に、ハラハラドキドキのホラー映画やサスペンス映画をタダで観ることができたような、少し得した気分になれた。
とはいえ悪夢を見ている最中にはもちろんそんな余裕はなく、悪夢であることに違いはなかった。
三十代になると、悪夢を見ている最中にこれは夢だと気づくようになった。
夢の終わり、眠りが浅くなるにつれ意識が覚醒し始め、自分は今、夢を見ているのだと認識し始めるのとはまた違う。
夢を見始めてすぐの段階から、これは夢だと気づけるようになったのだ。
しかし、これは夢だと気づけても身体は思うように動かせず、もたもたするばかりだった。
四十代ではついに悪夢の中で自由に動けるようになった。いわば悪夢のプロと言っても差し支えなかろう。
最初から夢とわかっていて、身体も思うように自由に動かせるのなら、最早悪夢とは言えないような気もするが。
とにかく私は襲いくる化け物や敵たちを返り討ちにすることができるようになったのだ。
手にはだいたい、どこから出てきたのかよくわからないナイフや包丁が握られていた。鉄パイプや角材の時もあった。
で、ザクザク、スパスパ、時にはボコボコ、ガスガスとやってやった。そりゃもう積年の恨みを晴らす勢いで、無慈悲に次々と。
そして今、悪夢の原因はストレスだと、ついさっき教えてくれた医者が目の前にいる。椅子に腰かけたまま、その医者は続けて言う。
私は夢を見る夜ごと、街に繰り出してはふらふらと徘徊していたらしい。そして、多くの人たちを殺害してきたのだという。今は警察に捕らえられ、こうして精神鑑定を受けている、と。
しばらく考えて、私はすぐに気づいた。悪夢のやつめ、趣向を変えて新しいパターンで来やがったな、と。
しかし無駄だ。私は悪夢のプロだ。この程度の相手、いつも通り簡単に蹴散らしてやる。
悪夢のプロ 灰原士紋 @haibarasimon
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