断じて、…?
moes
断じて、…?
「友達になってください」
唐突な言葉に目を丸くする。
例えばこれが「好きです、付き合ってください」だったら、ほどほどに言われたことはあるし、状況次第ではOKしたり、断ったり、と対処できるのだけれど、友達と来られたらどうするべきだ。
「突然、そんなこと言われても。おれ、そっちのこと全然知らないし。誰? って感じなんだけど」
どちらかといえば小柄で、ポニーテールにした髪は真っ黒。
顔も特別かわいいわけでも、だからと言って、残念というほどでもなく、総合して一言でいうと、地味。
めんどくさくなって、言い方が思ったより冷たくなってしまい、しまったとは思ったが出てしまった言葉は戻らない。
泣かれたりすると面倒だ、フォローするかと思ったところで相手が口を開く。
「それもそうだな。九組の
おとなしげな見た目に反して、はきはきと話す。というか、女子にしては男前な口調だ。
「九組ってことは特進かぁ。校舎も別で接点もないのになんで?」
成績上位者の集まる特進クラスと一般クラスとは微妙に溝があって交流が薄い。
「観察の結果、
観察? 友人の作り方? どこまで本気で言ってるんだ?
「……たまにいるんだけどさ。友達にしてくださいって言って、ホントは彼女になりたいっていう子。そういうの、おれはすごく嫌いなんだけど」
それなら端から、そう言ってもらいたい。
「あぁ、それはズルい言い分だな。でも、私は幸いそういうのではない」
「じゃ、ますます不思議なんだけど。もっと身近なクラスメイトに頼めばいいじゃないか」
だいたい、友達とか宣言してなるようなものじゃない、普通は。小学生低学年くらいならそういうこともあるかもしれないが。
「頼めるような友人がいない。どうせ頼むなら、男女ともに友人が多い善村のほうが良いと判断した」
友人はいるが頼めないのか、友人自体がいないのか、どっちなのか気になるが、さすがにそんなこと聞けるはずもない。
「事情は分かったけど、別におれは友人に困ってないし、佐倉さんと友達になる必要性もないんだよな」
佐倉は口元に手を当て、少し考える風情をする。
「友人というのは利害関係なしで成立するものだと思っていたんだが……そうだな、私の場合は押しかけだからメリットなしに善村が引き受けないのも当然だ」
「いや、そこまで直接的に言われると、おれがずいぶんな感じなんだけど」
「といっても、私にできることなど……テストの山張りくらいしか」
こちらの話を聞いていないのか、佐倉は一人で考え込んでいる。
「いいよ。テスト山掛けで十分」
めんどくさくなって来た。
実際のところ特進クラスとおれたち一般クラスじゃテストの内容も範囲も違うから、山を張ってもらっても無意味なんだけど。
どういう返事しても引き下がらなさそうだし。
「良いのか? 善村」
「ゼン、で良い。みんなそう呼ぶ」
「じゃあ、私のことも、サクラで良い。ありがとう、ゼン」
笑った顔がすごく無邪気で、こういうのも悪くないかと少し思った。
「ゼン」
女の子の声。誰の声だったっけと、うっそりと顔を上げる。
「んー、ぁあ、サクラかぁ」
周りを見渡すと、板書を消す委員長の姿と、教室を出ていく生徒たち。そして目の前には友達になったらしい女子。
「委員会、終わったけどまた寝てたのか?」
「みたいだなぁ。っていうか、委員会一緒だったんだな、奇遇」
湧き上がるあくびをかみ殺していると、サクラはあきれたような表情を浮かべる。
「奇遇というか、委員で一緒だからゼンのことを知ったんだが」
なるほど。こんなところに接点があったのか。
「なんか重要な話してた?」
「別に、当番と注意事項くらいだ。配られたプリントに書いてあることばかりだから、聞いてなくてもさほど問題ないと思う」
きっぱりはっきりな言動に、黒板を消し終わった委員長が振り返る。
「こっちだってこんなメンドクサイことやらずに、プリント配布で終わらせたいんだけどね。とりあえず委員会開けっていう教師はどうにかならないかね。そのくせ、委員会に顔出しゃしねぇし。すっかり寝入ってるヤツはいるし。覚えとけよ、
「おとなしく寝てたおれより、サクラのがひどくね?」
かなり身もふたもないこと言ってたぞ。
「私はちゃんと話は聞いていたから悪くない。……悪くないと思う」
言い切った後に、ちょっと不安になったのか言い直す。真面目というか。
「おかしな子だなぁ、佐倉さん。孝之の友達にしては、ちょっと珍しいな」
「私は押しかけだからな。委員長とゼンは仲がいいのか?」
「幼馴染。もう帰ろう、サクラ」
プリントをかばんに突っ込み、サクラの手を引っ張る。
これ以上ここにいると、面白おかしく、ろくでもないことをサクラに吹き込まれかねない。
「気を付けておかえりー。寄り道すんなよー」
小学生に向ける注意だろ、それ。
反応すればするだけ、ろくなことにならなさそうなので黙って教室を出る。
「仲良くていいな」
「そうかぁ?」
一つ年上で、ある意味かわいがってくれているのは確かだが、からかわれて遊ばれていることの方が多い気がする。
「うらやましいな」
ごく普通に素直な言葉で言われると、なんというか面映ゆい。
「おれはサクラの方がうらやましいけど? 特進のトップなんだってな? すごいじゃん」
サクラと一緒にいたのを見かけたらしい友人が教えてくれた。
人嫌いの変人で天才だと。
本人を知ってしまうと人嫌いっていうのは嘘だとわかるけれど。
照れ隠しに変えた話題に、サクラは静かに笑った。
「勉強は一人でもどうにかなるからな。簡単だよ。ゼンのがずっとすごい」
嫌味にも取れる言葉。でも、サクラの表情を見たら本音だと思えた。
「じゃあ、勉強教えてよ」
「……ぁあ、テストも近いしな。約束だし」
そういえば山かけてくれるとか言ってたっけ。こっちは適当に聞き流してたっていうのに、律儀だ。
「じゃあ、明日からな」
校門を出ると、それだけ言い残して、さっさと先に行ってしまう。
なんとなく、言ってみただけだったのだけど、口は災いの元だ。
「しかたない、か」
声にしてみて、なんとなく笑う。
微妙にふりまわされてる。それが少し楽しいような気さえしてきた。
「そういえば、なんで友達作ろうとか考えたんだ? っていうか、今までそう思わなかったのが不思議なんだけど」
教えてもらった問題をとりあえず解き終わり、一息つくために無駄話を振る。
口調はぶっきらぼうなところもあるけれど、別段人嫌いという風でもないし、言葉の選び方に多少難点はあるけれど、友達ができないほどでもない気がする。
「あぁ。うちは転勤族だったからな。転校が多かったし、友人を作っても、すぐに別れることになるのは目に見えていたし」
だから一人で過ごしていたとサクラは軽く答える。
「じゃあ、今は?」
「さすがに高校を転々とするのは大変だしな。今は祖母の家に居候だ。で、友人を作ってもいいんだと気が付いた、今更だが」
サクラははにかんで続ける。
「最初、ゼンと委員長が一緒に話してるのを見て仲良いなと思ったんだ。そこからちょくちょくゼンを見かけるようになって、いつも周りに人がいてみんな楽しそうで、良いなって思った」
これ、かるく告白じゃないか? 本人にそのつもりはないにしても、ちょっと、ヤバい。
教科書に目を落としてはみたものの、なんとなく居心地悪いというか、居たたまれない。
「……実際、大したことなかっただろ」
普段から適当にバカやって、相手に合わせて、その場その場では楽しんでいるけど、そんなのは当たり前で特別じゃない。思い返して、特に残る日々じゃない。
サクラとは、まだくだらない冗談をかわすほど親しくないし、淡々としてつかみどころがないし、生真面目だし、予想外の反応するし、だから。
「いや、楽しい。ゼンで良かった」
だから。
「サクラが良いならいいけどさ。……これ、教えて」
これ以上、しゃべらせるとどんどんドツボにはまりそうだ。
素直なのはいいが、直接的すぎる。たぶん小学生くらい、それも低学年のまっすぐさだ。
最初の「友達になって」発言からも重々わかってたはずなのだけど。
「これは、さっき説明したのとやり方は同じで……」
声を聞き流しながらため息をつく。
「あれ? 密会中?」
ドアが開く音に、どこか面白がったような聞き覚えのある声が続く。
「……なんだ、奈津か。人聞き悪いこと言うなよ。真面目に勉強中だ」
「孝之が勉強! 天変地異の前触れ? カノジョの力は偉大だねぇ」
腕を組んでしたり顔をする奈津に、さっぱりわかっていない風のサクラが首をかしげる。
「カノジョじゃねぇって。友達。サクラ、こっちは」
「孝之の元カノの
そこは友達、という言葉で済ませば良いと思う。付き合う前と別れた後は、普通に友達してるんだし。
「佐倉有実だ。よろしく」
奈津にちょっと気圧されながら、サクラは頭を下げる。
「噂ってあてにならないなぁ。全然まともだし」
「……奈津、何しに来たんだよ」
本人目の前にして、さすがに失礼だろ、その言動。……サクラは気にした様子もないけれど。
「忘れ物、取りにきたんだよ。そんなに邪険にしなくてもいいじゃん。二人きりを邪魔したのは悪いけどさぁ、心の狭い男は愛想つかされるぞー」
そういうのじゃない、とか言ってもムダなんだろう。
好き勝手にまぜかえす。こいつはそういうヤツだ。
黙っているとサクラが口を開く。
「別に、私は邪魔ではないが」
「じゃ、私も一緒に教えてもらってもいい?」
サクラの言葉に、奈津はうれしそうに尋ねる。
「ゼンが良ければ、私の方は問題ない。こんな時間だし、明日以降になるが」
時計を見て、サクラは広げていた教科書類を片付けはじめる。
「ありがとー。良いよね? 孝之。あと、ちょっと話があるんだけど、良いかな?」
一応伺いを立ててるようにみえて、奈津の中では決定事項だ。拒否権などないのは経験上よくわかっている。
「じゃあ、おさきに」
こういうことは無駄に察しのいいサクラはさっさと行ってしまう。
「どういうつもりだよ、奈津」
こう見えて、奈津は成績が良い。一般クラスの中ではいつも上位にいるから、勉強を教えてもらう必要などないはずだ。
「密会邪魔されたからって、怒らないでよ」
空いた机に腰かけ、奈津は肩をすくめる。
「密会じゃねーし。友達だ。それも自他ともに認める押しかけだ」
「それにしては楽しそうにしてたじゃない」
経緯を説明してやると、奈津はどこか意味ありげに笑う。
「思ったより、面白いヤツだったからな」
「好きなんじゃないの?」
「ないだろ。サクラに恋愛感情ってあるのか? って感じだ。その辺、小学生以下なイメージ」
最初にカノジョになりたいわけじゃないときっぱり言ってたし、あれは嘘じゃないだろう。
「いや、そうじゃなくて、孝之の話なんだけど。あんたが、サクラちゃんを好きなんじゃないのかって聞いたんだよ」
「…………は?」
あまりに意外すぎる指摘に、意味をつかむのに時間がかかった。
「ごまかしてるのか、本気で気付いてないのか、どっちなんだか」
深々とため息をつく。
「えぇと、奈津さん? つまりおれがサクラに恋愛感情を抱いているのではないかとおっしゃるわけで?」
「そ。無自覚なんだ。処置なしだねぇ」
あきれたように首を左右に振る。
「何を根拠に」
「んー。なんていうか、元カノの勘? ま、無自覚なら無自覚でいいよ。それも面白そうだし」
「何が」
奈津はにんまりと笑う。
「自覚した孝之があわあわする様子を眺めること、とか?」
悪趣味。っていうか。
「そんなんじや、ないっての。友達。それ以上でも以下でもない」
「ま、そういうことにしておいてあげる。じゃ、明日からよろしくね」
人の話、少しは聞いてくれよ。
「サクラちゃん、ホントに邪魔じゃなかった?」
「まったく」
ノートを閉じながら、奈津が尋ねるとサクラはあっさりと答え、続ける。
「というか、邪魔なのは私の方じゃないのか? 相馬さんが不快なら、一緒にいるの止める」
「それこそ全く問題ないよぉ。今はもう、かけらも恋愛感情ないから、孝之に」
「こっちのセリフだ」
けらけらと笑う奈津に、深々とため息をついて返す。
「そうなのか?」
「元カノ。中学の時の話だよ、それも。今は普通に友達」
大体、奈津には今、彼氏がいるはずだ。
「ゼンのこと、下の名前で呼んでたから。友達はみんなゼンって呼ぶって」
奈津は噴き出し、声もなく笑いだす。
「委員長も下の名前で呼んでただろーが」
「だって、委員長は幼馴染だろ? それだったら苗字がらみより下の名前で呼ぶ方が自然じゃないか」
兄弟がいるから、確かにゼンでは区別つかなくなるけれども、そこに気付くなら、他にもう少し気にするべきところがあるはずだ。
「そんなにおかしいか?」
しつこく笑い続ける奈津に、サクラは不思議そうな顔をする。
「あれは笑い上戸なんだよ」
おかしいことは、おかしいけどな。
「……いや、サクラちゃん。ステキ。かわいい。いいわぁ。……あ、馬鹿にしてるんじゃないからね。褒め言葉。嫌じゃなかったら、私とも仲良くしてよ」
「私でいいのか?」
笑いを収めた奈津にサクラは恐る恐る尋ねる。
「私、こんなだからサクラちゃんが良ければ是非」
その言葉にサクラははにかみ、小さくうなずく。
「やだ。ホントにちょっと孝之にはもったいないわ」
「ちがうよっ。ゼンのおかげだ。相馬さんと仲良くしてもらえるのも」
あわてたように、こちらを見るサクラの顔はすごくうれしそうで。
「ありがとう、ゼン」
だから、こっちまでつられてうれしくなる。
「その顔で、まだ否定する?」
サクラに聞こえないよう小声でささやく奈津をにらむ。
やかましいわ。ばぁか。
恋じゃない。断じて。
「往生際、悪ーい。サクラちゃん、帰ろっ」
手をつなぎ、奈津はサクラを引く。
「……ゼンも」
引っ張られながらも、サクラは振り返り呼ぶ。
楽しそうな表情。
「今いく」
かろうじて。まだ。
【終】
断じて、…? moes @moes
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